ステレオな異世界なんて無かった ~それでも少年は異世界に夢を見る~

クバ

第1話 チカラ(いきなりですが一方その頃)

 月に照らされた、陶器で作られたかのような、美しい建物が立ち並ぶ街。


 静寂と共に世界を照らす月とは対象的に、人の住むその街の広場は喧騒にあふれていた。


 「位置報告!続報まだか!」


 「騎士団は東西両門へ!」


 「付与師の揃った隊から順次出発!場所はまだか!!」


 「……来ました。南三区から更に南下中!」


 「順次しゅっぱーーつ!」


 王都のほぼ中心。王城前広場から指示を受けた部隊が次々と出て行き、それを騎士団一行が馬で追い越してゆく。

 南門封鎖の為に門へと直行する騎馬の一団。三区はあの辺りかと視線を送る先、爆音と火が舞上がる。


 爆炎の下、軽装兵15人と剣を交えるのは黒装束の男一人だった。


 たった一人。


 この一人の為に王国軍は待機中のほぼ全軍に出動を命じた。


 黒装束が素早く地面を蹴る度に包囲の輪は歪み、黒装束が湾刀を振るう度に王国兵は地に倒れた。

 それでも彼我戦力差は増大し続ける。


 「そこを開けろ!」


 鋭い声と共に広い場所に進み出たのは、3メートルにも届こうという長い円陣杖を持った付与師だ。

 短い言葉を綴ると付与師は円陣杖にエーテルを漲らせ、杖を倒してレリーフの掘られた車輪が如き杖の先を地面に付けると、その場でくるりと回り、自分を中心とした方陣円を一気に書き上げた。


 「「我に力を!」」


 口々にそう唱えて、付与師の部隊の兵が方陣円を踏まぬように円の中に入る。


 円陣杖の石突きで地面を叩き、杖を垂直に立てる付与師。


 「法は肉、技は付与、名は俊敏、授け給え!」


 「「我に力を!」」


 付与師の声に呼応して円陣杖の先端を天井に、地面の円陣を堺に光がドーム状に発生し、兵士達の顔に生気が漲る。

 俊敏の付与を得た兵士達は素早く展開して黒装束を取り囲み、同様の付与を得た他の部隊の兵が次々に合流して、大通りはたった一人には過剰とも思える戦力で満たされた。


 周囲の建物に暮らす市民の反応は様々で、戸板まで閉じて身を守る者もいれば、酒瓶を持って窓辺で歓声を上げる者もいる。上層階の者程楽観的に事態を捕らえ、窓を開けて観戦する率が高いようだ。


 大通りでは、先遣隊の軽装兵が下がり、付与を得た兵の組織的な攻撃が始まっていた。


 俊敏を得た者が、3方向から同時に急接近して切りつけ黒装束の足を止めると、剛力を得た者が長大なハルバートをしならせて黒装束の頭上へと振り下ろす。


 ……が。


 黒装束は必殺の一撃を紙一重で交わすとニヤリと笑った。


 「これが天賦……」


 これだけの王国兵に囲まれながら、まるでそよ風に舞う花びらを避けたような涼しい顔の黒装束。


 ゾクリと冷や汗を流したハルバート兵の脇を、俊敏を得た兵が駆け抜け、再び3方向から黒装束へと同時に迫る。


 「……この万能感……」


 黒装束は同時攻撃が成る前に突出して、迫る一人を切り倒すと、地面を蹴って大きく跳躍。建物3階部の開かれたままの窓に手を掛けて壁に取り付くと、眼下の王国兵を見下ろす。


 「……こんなモノを独占して……」


 「逃げるぞ!包囲を広げろ!」


 「包囲を広げろ!」


 壁面の黒装束を見上げる兵達は周囲の建物や道に目を走らせ、黒装束の逃走経路を想定する。


 「……法は幽、技は事象、名は火波……焼き尽くせ」


 3階窓辺から放たれた法術は炎へと変化し、放射状に広がりながら路上の兵を焼き尽くすべく降り注ぐ。


 「法は幽!技は事象!名は障壁!防ぎ給え!」


 円陣杖を持つ付与師が円陣を描き、その中に駆け込んだ兵をドーム状の障壁が守る。


 生死を分けたのは判断という細い線。


 とっさに障壁を張ることの出来た付与師。その付与師を信じて、描かれるであろう円陣目指して駆け寄った兵士。俊敏を信じて自ら建物の影を目指した者。そして……。


 「「「ぎゃあぁぁああ」」」


 降り注ぐ炎の波に飲まれ、その身を焼かれる兵士。


 炎に包まれて地べたを転がりまわる兵士を見下ろして、黒装束が舌なめずりする。


 「そんな単純障壁で次も保つかよ……法は幽、技は……」


 「法は幽、技は氷界事象、氷塊を生み出しその端で貫き給え、氷錐!」


 黒装束の詠唱に被せるように素早い詠唱が発せられ、上空に雪結晶の渦が巻く。

 結晶の渦は中心に四角錐の氷の先端を生み出し、巨大な本体が作り出される。


 「くっ!技は事象、名は火波、焼き尽くせ!」


 上空の巨大な氷塊に向け、火波の法術を放とうと右手を上に向ける黒装束。


 ドッ。


 短い翼を持つ投擲用の長槍が、黒装束の胸を貫いて建物の壁へとその体を縫い付ける。


 黒装束は虚ろな目で自らの身体を貫く長槍を見、そしてその長槍を放ったであろう人物を見、上空で霧散する途中解除された法術を見た。


 「……バ……バケモン……が」


 四肢から力が抜け、ピンで止められた標本のように動かなくなった黒装束。


 壁に突き刺さった長槍の柄の先には、緑の瞳に侮蔑の意を浮かべた青年が立っていた。蒼く長いマントの留め金は”立ち上がる獅子”この国の国旗の意匠である。


 「殿下!!」


 「「殿下だ!」」


 「「「殿下ーー!!」」」


 生き残った兵士達は青いマントの青年に歓声を贈り、青年はその瞳に侮蔑の色を溜めたまま片手を上げて歓声に応えるのだった。




 ……物語はまもなく始まる。

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