第3話 出会い

 幾分歩きやすい獣道を、竜治はハイキング気分で歩いていた。

 危険との距離の遠い平和で安全な、あの世界のあの国の感覚のままで。


 「うわ!」


 そろそろ休憩しようかと思っていた竜治は、少し先に横たわる動物を見つけた。

 茶色い短い毛のその動物は動かない。

 恐る恐る動物に近づいた竜治は、それが罠に掛かって死んだ動物だと気が付いた。


 後ろ足に深々と食い込んだトラバサミ。食い散らされた内蔵。何かを訴えかける真っ黒な瞳。


 「捕まったせいで喰われたのか……。こんなので繋がれて……」


 死してなお肉体を拘束するトラバサミ。ごく自然に動物をかわいそうと思った竜治は、どうにかしてトラバサミだけでも外してやれないかと、罠の様子を探る。


 その時。


 「わっ!お前!獲物を盗む気か!」


 「わっ!え?え?泥棒じゃありません!」


 驚いて誰何する声と、驚いて弁明する声が森に響く。


 両手を上げてゆっくりと振り向いた竜治の目に映ったのは、弓を構える7~8才位の女の子だった。

 全身を毛皮と草で覆い、見えるのは少し焼けた頬と長いまつ毛に囲まれた緑の瞳だけだった。


 「なんだよ脅かすなよ。子供じゃないか」


 緊張を一気に緩めて両手を下ろす竜治の股近くに……。


 トス!!


 矢が突き刺さる。


 「子供はお前だろうが、子供だろうと獲物泥棒は許さんがな」


 既に次の矢がつがえてある弓を見て、竜治はさっきよりもピーンと垂直に両手を上げるのだった。



 「……で、お前は一体なんだ」


 少女は得体の知れない物でも見るような目で、竜治の背中に視線を突き刺す。


 「いや、なんだって……しいて言えば迷子……かな?」


 二人は丈夫な枯れ枝に茶色い毛の獲物を吊り下げ、担いで森を移動していた。竜治が前、少女が後ろである。


 「妙に大人くさい話し方だな。気配もまるでしなかったし、カラクリの類か?その藪の切れ目を右だ」


 「取り敢えず良かったよ射られなくて。俺は木村竜治だ。お嬢ちゃんは?」


 担いだ枝が急に進まなくなって、考志は後ろから引っ張られたようにバランスを崩す。


 「キメラだと?そうか……見るのは初めてだが、なるほど。だから気配が無いのだな」


 「いやキムラだっ……て」


 やはり急に動き出した枝に、今度は小突かれたような格好でよろめく竜治。少女は名乗りもせず道だけを指図し、二人はやがて小さな池のほとりに立つ小さな家をその視界に収めたのだった。


 少女は解体用と思われる小屋に獲物を下ろさせた後、竜治を外に待たせて母屋へと軽やかに走る。


 「父さん!蛮鹿の他にキメラ拾ったよ!」


 少女は勢い良くドアを開けて家の中へと消えていった。


 「キムラですよー」



 気配が無いだの、キメラだの、良く分からない方向にオレツエー伝説は流れているようだ。


 そもそも勇者でも召喚でも無さそうな現状で、身体的にも少女と大差なく、魔法も使えるか分からず、ステータスやレベルの見方も鑑定の方法も不明だ。長いチュートリアルかな?。


 迷子なのが俺なのかオレツエーなのか、疑問に思えてきた。


 右だ左だと後ろから指図されながら、重い体で獲物を担ぎ、やっと運んで来た獲物の黒い瞳を見て、空腹と食欲は同一じゃないと初めて知った。


 ガチャ。


 家のドアが開き、中からゴツい親父が出てきた。

 頭にターバンを巻き顎髭を蓄え、眠そうに目を擦りながら、少女に手を引かれて俺の方へとやってくる。


 親父は少し離れた所で歩みを止め、まじまじと俺を見始めた。観察……というより品定めされてる気分だ。”にちゃぁ”っと笑ったら逃げよう。宛も無いし森も危険だろうが、掘られるよりマシだ。てか娘がいるんだから”にちゃぁ”は無しの方向で頼む。


 「これがキメラかぁ。なるほど確かにまるで気配がねえな」


 「でしょ?あたしも驚いたの!見えるまで気付かなくて」


 「いや、だからキムラなんだが」


 父娘が顔を見合わせる。


 「ね」


 「ホントだ。妙に大人びた喋り方だな。5才位のガキが大人みたく喋って、しかも気配がねえ。なかなかに気持ちわりいが……ご主人とははぐれちまったのか?」


 俺って5才位だったのか……。

 どうしよう。今から演技いれるか?いやかえって気持ち悪い可能性があるな。既に気持ち悪いって面と向かって言われてる状況でこれ以上関係構築のハードル上げるのは得策じゃない。


 「あの、キメラについて教えて下さいませんか?」


 「「……」」


 父娘共々悪寒を鎮めるように自分の体を抱き、顔を見合わせる。


 「「うわぁ、更に気持ち悪い」」


 「リズ、拾った所に捨ててきな」


 「……うん……」


 「ちょっ!ちょっと待って!俺……僕、目が覚めたら森の中に居たんです!記憶も曖昧で捨てられたら死んじゃいます!たぶん!」


 大慌てで不法投棄を回避すべく言葉を連ねる俺。

 命を懸けると書いて懸命。正にコレ。


 「食事や寝床もどうすれば……あ、あと火の起こし方も知りません!」


 俺は何をキリッと言っているんだと自分で思いながら、とにかく放り出されないように頑張る。……と。


 ぎゅるるる~。


 盛大に腹が鳴った。


 あっけに取られた後、思い出したかのように笑い出す父娘。親父の方がひとしきり笑った後で、そこまで腹が減っても襲って来ねえならバケモンでも無さそうだと言って家に入れてくれた。


 「ところでよ……」


 と、親父。座らされたテーブルには水すら出ていない。

 まずここは飯が先だろうと思っていた俺は、まだまだあまちゃんだったらしい。

 勇者様って呼ばれながら、美女はべらせて酒池肉林の幻が見えるぜ……。


 ぽて。


 「「あ……」」


 「早えけど飯にするか」


 遠ざかる意識の中、夢の中でマンガ肉を頬張る俺が居た。

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