第4話 あるのに

 空腹で気絶という珍しい体験の後、最高に美味い骨付き肉セット(パンとスープ付き)を頂いた俺は、猛烈な眠気に襲われながらも薪の皮を剥いでいた。

 上手に叩けば良い火種になるそうだ。


 「じゃあ御主人様の事も覚えちゃいねぇのか」


 「失敗作で捨てられたのかしら」


 「これだけ動いて失敗ってこたぁねえだろ。ちょっとしゃべりかたとか気持ち悪いけど」


 なんかもうこの父娘の中では、俺はキメラとやらで確定しちゃったらしい。


 「キメラって何なんですか」


 「キメラは人工的に作られた生命物って聞いたな。だからエーテルが回流してなくて、だから気配がねえ」


 狩りの道具の手入れをしながらの親父の言葉に、うつらうつらしていた俺の眠気が吹き飛ぶ。


 「エーテル!?もしかして魔法の元ですか!回流って!?」


 「説明するほど詳しくはねえが、エーテルってのは肉体と霊体をつなぐエネルギーでな幽体って呼ぶやつらも居るな。霊体から滲み出て肉体に貯まり、溢れた分が回流にのって世界を巡る。普通肉体が動く前にエーテルに流れがあるから、それを気配として感じるって訳だ」


 「魔法は!?魔法は!?」


 「魔法……法って法術の事か?精霊術の事か?」


 「……あるんだ……」


 作業の手を止めた俺は、最高にキラキラした顔をしていたに違いない。自信がある。


 肉体的に特段優れた様子は無い。ステータスも鑑定も無い。だが魔法があるならワンチャンどころか大逆転ありだ。

 現代科学に裏打ちされた明瞭明確なイメージでやっちまった魔法を連発して、偉大なる魔法使いとしてこの世界に名を刻むのだ。


 迷子だったオレツエーがついに帰ってきた!


 親父が右手の3本の指を立体的に立てて、俺に向ける。


 「法は幽・技は事象・名は種火・授け給え」


 言葉が終わると同時に、3本指の中心から小さな火が宙を飛び、俺が持つ木の皮に小さな種火が生まれた。


 「おおおおおおおおお!」


 テンションマックスの俺を尻目に、今度は少女が……。

 小さな石を打ち合わせ火花を散らしながら、喉の奥を震わせて小さく呟く。


 「ケン・アンスール・ケン」


 ボッ!


 かまどに突っ込んであった薪から火が生まれる。


 「うおおおおおおお!どうやるの!?どうやるの!?教えて!教えやがれ下さいましーん!」


 興奮しすぎて少し言葉が変になったせいか、父娘は俺を変な目で見る。いや勿体ぶらずに教えろよ。


 「「……」」


 いや早う。


 「だからキメラからは気配を感じないと」


 それは聞いた。はよ。


 「気配の正体はエーテルの動きだと」


 それも聞いた。はよう!


 「……恐らくキメラにはエーテルが無い」


 分かったからはよ……な……ん……だ……と……?


 「法術も精霊術もエーテルを使う術だ……から……な?」


 チョモランマの頂きからマリアナ海溝にまで落ちた俺のテンション。それを気遣うように、俺の顔を覗き込む親父と少女。


 「そんなぁ……強スキルも無くて勇者でも無くて怪力も無くて魔法まで使えないなんて……。この世界には魔法があるのに……。あるのに……」


 俺は握られた薪の皮から立ち上る小さい炎を見つめながら、ポタポタと涙をこぼした。


 「俺は何の為……この……に……」


 少女が俺の頭に手を置いて優しくなで、親父が俺をそっと抱きしめる。


 「うぅっ……せめて逆でぇ……うぅ」


 「何いってんのよ。キメラ、焦げるわよ。手」


 「あっつ!!」


 落とした火種を足で踏み消しながら、親父は俺を抱きしめ続けた。

 泣き笑いしていたはずの俺は、ハグの意外な程の心地よさに、波のように押し寄せる睡魔に抗う事を放棄した。



 まる一日程寝たらしい俺は、倦怠感や頭痛ともおさらばし、体の不調は取れたようだった。

 そして心は……。


 「おはよう少女!いやリズちゃんだったな!ちゃんと耳ざとく覚えてるぞ。親父さんもおはようございます」


 夜の間に森に罠を仕掛けて歩き、さっき帰ってきた親父と、食事を作ってこれから罠の見回りと採取に出かける少女ことリズは、意外なほど元気な俺を気持ち悪そうに見つめた。


 「やっぱり壊れてるのかしら……」


 失敬な。あれもこれも無い無いと嘆いていても事態は良くならない。

 怪力無双ダメ。ステータス看破ダメ。やらかし魔法使いダメ……。ふふふ、だが俺にはまだ知識チートが残されているじゃあないか!


 今朝顔を洗う時、水面に映る自分の顔を初めて見た。

 茶色の髪と目、大きな頭に短い手足。ガチで5才児だった。

 あれもこれも無い5才児が、この世界でのし上がるには、知識チートしかねえ!


 家の中や昨日の罠を見た限り、時代はラノベ定番の中世ヨーローッパ風と見た。

 そうこれからは知識で金を生む時代!そうそれはまさに異世界から来たる伝説の錬金術師!


 「はーはっはっは」


 ぽん。

 親父が俺の肩を叩く。


 「そうかそうか元気になってなりよりだ。ところでこの山小屋じゃ働かねえ奴に食わせる物はねえ」


 え?


 「おめえ向きの仕事がある」


 そう言って親父は”にちゃぁ”っと含む所満載の笑いを浮かべた。


 え?ここで”にちゃぁ”なの?

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