第5話 獲物

 キャーギャー!!


 悲鳴を思わせる小動物の鳴き声で、俺は驚いて目を覚ました。

 俺のビクッとした動きで、俺の体やそばの枝に止まっていた鳥が、驚いて一斉に飛び去る。


 「うわぁ……肩に鳥のフンがいっぱい……」


 鳥のフンを拭き取ろうかと葉っぱに手を伸ばした所で、まだ薄暗い朝もやの中、自分の居場所とその理由を思い出す。

 そうあれは、親父の”にちゃぁ”後の事だった。



 「いいかキメラ、お前は気配がねえ。狩人の俺らが気付かねえんだから、ねえ」


 含む所満載の笑顔が眼前に迫り、両肩を押さえられた俺に逃げ場は無い。だがこれだけは正しておきたい。


 「木村竜治です。キムラ・リュウジ」


 「キメラルージ?」


 名前まで間違えるとかワザとなのか?


 「き・む・ら」


 「キ・ヌ・ラ」


 「りゅ・う・じ」


 「ル・ゥ・ジィ」


 親父……顔おおまじめじゃねえか。これはあれか?発音しにくい系とかゆうやつか?”LR”の発音とか、小さい”ッ”がそもそも無いとか系の。


 額を突き合わせて一向に正解に辿り着かない”リッスントゥミー”を見ていたリズが、二人の肩を押し広げて距離をとらせる。


 「お父さん。思ったけどもしかしてキメラって呼ばない方が良いかも」


 「ん?なんでだ?」


 リズが言うのはこうだった。


 まずキメラは無から生命物を作り出す術だから、当然軍事利用前提で研究されている。遺棄された失敗作でもこの完成度なら、さらっていじくり回す研究者は居るだろうとの事。


 次に神を奉じている集団からは、神の奇跡を辱める研究としてキメラは非難されている事。この場合問答無用で破壊される可能性が高いとの事。


 「キメラってバレたら、所有してたあたし達も詮索されるかも」


 「気配で気付くヤツもそう滅多にいねえと思うが……」


 いじくり回すとか破壊とか物騒感しか無い。


 「ありうるな……。よし、お前はルージィと呼ぶ」


 「だから、りゅ・う・じ」


 「だからルージィだろ?」


 嗚呼……、同じ落とし穴に二度落ちた気分だ。


 「ねえお父さん、それでルージィ向きの仕事って?」


 リズ……お前もか……。


 俺の落胆をよそに、親父は説明を始めた。


 親父の話によれば、最近中型の獲物が網を破って逃げてるらしい。

 きちんと口の閉じた網が裂かれているのが頻発しており、逃げられる分には仕方がないのだが、都度網を裂かれては生活に関わるとか。

 そこで……。


 「木の上から罠を見張れ!?」


 ”うむ”と大仰に頷く親父と”なるほど”とばかりにポンと手を打つリズ。


 「いやいや、動物に襲われたらどうすれば……」


 「木の枝に登って、タカヨラズの葉に包まってれば大丈夫だ」


 タカヨラズのマントを手に入れた。


 「いやいや、木登りとかしたことないから……」


 「ロープをこう……輪になるように幹に掛けて踏ん張る、二歩登ったらロープを上げて……そうそう出来るじゃねぇか」


 木登りを覚えた。


 「いやいや!罠のそばに居たら獲物なんて掛かる訳ないでしょ!」


 「だからルージィ。お前なんだ」


 「ルージィは気配が無いもんね。動物だって気付かないよきっと」


 ナルホド。


 俺はリズの真似をして、ポンと手を打ち合わせたのだった。



 日暮れ前に枝に登り、毛皮の上にタカヨラズのマントを羽織って、俺は張り込みを開始した。


 「そんな簡単に獲物が掛かるって訳でも無いそうだし、役割を与えてくれたんだろうな」


 そんな事を呟いて、俺は来たるべき知識チート俺カネモチ無双の為に、実現可能そうな便利グッズを思い浮かべて時間を過ごしていたが、どうやらいつの間にか寝ていたらしい。


 奇声を上げる獲物の鳴き声に目覚めた俺は枝から降り、教わった通りに慎重に網に近づいてナイフを取り出した。


 頭を踏んで首を3回突く。

 それがリズから教わった止めの刺し方だった。


 罠に掛かったばかりの獲物は激しく暴れ、網はそれ自体に意思があるかのようにのたうった。


 「うわ……なんだコレ。グロ……」


 網の中で暴れまくるのは、ネズミのような狸のような中型の動物だったが、片方の手だけ骨がむき出しになっており、その先は折りたたみナイフのように、鋭利な骨がたたまれていた。


 「殺すってのもアレだよな……」


 命を奪うことへの忌避感と、奇妙な生き物に触れる事への抵抗が、俺の中で言い訳を探し始める。


 「罠さえ破られなきゃ良いんだろ」


 俺は視線を巡らせて太い枯れ枝を拾い上げ、目を瞑って獲物に振り下ろす。


 ゴツっとした手応えは更に激しい鳴き声を呼び、驚いた俺は鳴き声が収まるまで更に何度かの、更に力を込めた振り下ろしを必要とした。


 「はぁはぁ……」


 網の中の生き物は、頭部の体毛を血糊で濡らし、動かなくなった。


 「……殺しちゃった……」


 酷く気持ちが悪かった。動物とはいえ命を、この手で直接奪った事に悪寒を覚える。気絶させられれば良かっただけなのに。


 ……いや……。


 頭を振って考えを振り落とす。


 今までだって色んな肉や魚を食べたじゃないか、野菜だってタネを残して種を繋ぐ事を考えれば生命だ。家畜が良くて野生動物がダメだなんて人間が勝手に引いた”線”でしか無い。

 命を繋ぐ為に命が……俺が今まで命を奪う立場になかっただけの……。


 吹き抜けた風が木の葉を揺らし、その音が思考に囚われた意識を引き戻す。

 どの位考えに沈んでいただろうか。


 カサリ。


 枝の上に戻ろうとした俺の耳に、不安を掻き立てる音が入り込む。


 ぎぎぎぎ……。


 俺は壊れた人形のようにぎこちなく、背後を振り向くのだった。

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