第19話 居場所
音を立てずに椅子とテーブルの間からすり出たダーツは、隣に座るソフィアにすら聞こえない声で、一人何かを囁いた。
話を続けるシャロンも、テーブルに着く面々もダーツに視線を送る。
ダーツは皆に向かって指を鳴らす動作をした。
・・・・・。
だが目に見えた動作に反して、パチンという音は聞こえない。
親指を立てる一同に、小さく頷いたダーツは、完全に無音でドアの前まで移動してノブに手をかけ、腰の大型ナイフを抜く。
……そして。
ガチャ!
勢いよくドアを開けると、廊下に潜む影にナイフを突き出す。
もうふりをしなくて良くなった室内の一同は、次々に武器を抜き放って廊下へと飛び出してきた。
「こ……こんばんは……」
ダーツにナイフを突きつけられ、廊下に立っていたのは、マグカップを大事そうに持った少年だった。
「「「ルー????」」」
ダーツは目だけをキョロキョロしているルーに向かって、険しい顔でパクパクと口を動かし、あーしまったと額を抑え、次いで周囲を警戒した後、ルーを抱えて室内へと戻った。
他の者もダーツに習い、周囲を警戒して室内へ戻る。
「ここで何してるんだい? こんな時間に?」
ソフィアが、ソファーに座らせたルーに問いただす。
「寝る前にミルクが欲しくなりまして、いつでも貰いに来いと言って頂いたので……」
皆の視線を集めたルーは緊張し、いつも以上に丁寧な言葉使いになる。
ダーツが、音も無く書いたメモをルーの眼前に突き出す。
『立ち聞きしたな』
「すいません。ノックしようとしたら深刻そうな話をしていたので、待つか出直すか迷っていたら……ってダーツさんなんで話さないんですか?」
すらすらすら、ピロッ。
『精霊術だ。詳しくは教えられない。時間で戻る』
ダーツはそう書いたメモを見せた。
凄い速さで書いている割に、見やすい字を見て、使いこなされた術なんだなとルーは感じた。
「ゴーグールの手下……って事は無いよねぇ」
そう言われたルーは露骨に嫌な顔をした。マズイ物を吐き出すような顔だ。
「俺はあの人、嫌いです。仲間を道具みたいに見るじゃないですか」
その言葉を聞いた一同は、同時にニヤリと口角を上げる。
「正にその通りニャ」
「わかるかー」
「そこなんだよな」
すらすらすら。
『嘘付いても分かる法術もあるぞ』
「構いませんよ。あの人に好かれたいとは思いませんので、接点を持たないようにコソコソ隠れてますし」
そこでソフィアが思い出す。
「所でルーに気付いたのはダーツだけかい?」
皆が顔を見合わせ、気付かなかったと首を振る。
「気配隠すの上手いのかしら。これは珍しい才能よね?」
ルーは気配という言葉に一瞬だけ反応して、表情を消す。
すらすらすら。
『ルーを俺の付き人にする』
ダーツのメモに皆が呆れ顔で笑う。
「どの程度になるかお楽しみだねぇ」
「頑張るニャ」
「無理すんなよ」
そんな言葉がルーに掛けられ、付き人の提案は承認された。
その後の話にルーは参加させて貰えなかったが、ルーのマグカップはミルクで満たされ、今日の事を内緒にする約束をした後、ルーは部屋へと送り届けられた。
◇
「なんでオイラがナシナシなんかと一緒なんだよ!」
翌日の昼前。談話室。
騒がしい声に俺を含めた数名が、声の方向を見る。
そこには俺とさほど体格の変わらない犬族の子供がいて周囲の大人を困らせていた。
「団長の指示だ。従え。ちゃんと役に立つ所を見せればまたチームゴーグールに戻れるさ」
「あんな女の命令なんかオイラは聞かない!ゴーグール様にもう一回……」
「そういう我を通す所を、団長は評価しないだろうな。エイラム、成長して実績を積むんだ。ナシナシとは違うんだろうが?」
そう言われてエイラムと呼ばれた犬族の子供は口を噤んだ。
暫く鼻息の荒かったエイラムだが、そわそわしだしたかと思うと人族以外の種族に声を掛け始める。
「おい。オイラは誰の下に付けばいいんだ!」
「ふん」
「おい!オイラは誰の部下なんだよ!」
「けっ」
話しかけるが相手にされない。
俺はダーツさんと同じテーブルに着き、付き人という仕事について教わっている最中だったが、エイラムのそわそわぶりが気になってダーツさんに尋ねる。
「アイツ、急にそわそわしだしたように見えるんですけど、なにかあるんですか?」
「ああ、アレか」
ダーツさんは犬族の習性について教えてくれた。
犬族は集団生活をする種族で、序列が明確に決まっている事に安心感を覚えるそうだ。
今のエイラムの状態は、今までの群れから追い出され、新しい群れでの自分の序列も決まらない不安定な状態なのだと。
「まして新しい群れのボスをあんな女なんて呼んじまったら、誰も相手にしてくれないだろうな」
「……おいナシナシ!オイラをソフィアの……副団長の所へ連れて行け。話がある」
「……」
ヨゼフはエイラムを無視した。
俺は再びダーツさんに質問する。
「ナシナシって差別的な呼び方ですよね?」
「馬鹿なガキだ。種族だけで偉いと思ってやがる。これからが見ものだな」
そう言いながらもダーツさんは、どこか面白そうにエイラムを見、次いで俺を見た。
……え? なに?
「……って事で、昼までは今まで通りでいい。昼からオレの所に来なさい。仕事内容は誰にも言わないように」
そう言ってダーツさんが立ち去ると、俺と目があったエイラムが、俺を指差して何かを言いながら近づいて来る。
すん。
俺は魂の抜けた銅像と化して、エイラムが諦めるまで、完全に無視してやった。
ヨゼフをナシナシと差別し、ソフィアさんをも見下すようなヤツと口なぞ利かん。べーだ。
◇
翌日、強引な引き抜きに関して、ソフィアからの度重なる申し立てを煩わしく思ったゴーグールは、休養もそこそこに仕事へと出発したのだった。
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