第18話 団長

 薪拾いから帰ってみると、住処周辺はやけに騒々しかった。秘密の入り口の外にも人が溢れている。


 「そこのガキ動くな!」


 厳しく呼び止められ、内心むっとする、誰だろう。


 「ああ、そいつはダイジョブ。新入りのルーニャ」


 猫族のシャロンさんが俺の身元を保証してくれる。

 俺を呼び止めた大柄な虎族は、あからさまに俺を見下してこう言った。


 「ふん! ナシナシが。使いもんになるかってんだよ」


 虎族が背を向けると、無造作に振られた筈の尻尾が、悪意を持って俺の顔に迫る。


 パシッ。


 「よすニャ、ソフィアの姉御が連れてきた子ニャ」


 シャロンさんは腕で、振られた尻尾から俺を守り、虎野郎を睨んでいる。


 「チッ、シャロン。飯が済んだらゴーグールさんの所へ来い。分かったな」


 虎野郎はそう言うと人と荷物でごった返す住処入り口へと去っていった。


 盗賊団の団長であるゴーグールさんの名が出たという事は、仕事に出ていたチームが帰ってきたという事か。


 にしても……と俺は荷を下ろす帰還チームを見やる。

 怪我人が多く、顔には疲労の色が濃い者も多い。かと思えばさっきの虎野郎のように一部の者だけが、妙に元気で威張り散らしている。


 「いつもこうなんですか?」


 俺は隣で顎をさするシャロンさんに聞いてみる。


 「いニャ、ニャにかあったニャ。怪我人の数が多すぎるニャ」


 やはりそうなのか、住処の中からチームソフィアの医療班が出てきて、症状の重い者を中に運ぶ。


 それともう一つ。


 「ナシナシってなんですか?」


 シャロンさんはフーっと息を吹いて、頭をガシガシ掻きながら苛立ち紛れに言った。


 「ニャシニャシはお前ら人族をバカにした言葉ニャ。牙もニャシ、爪もニャシ、翼もニャシ、ヒレもニャシ」


 腕力に劣り、俊敏さでも負け、体毛が無いせいで服を着なければ枝に触れただけで傷つく。そういった劣った部分を全て引っくるめて”ナシナシ”と侮辱するのだそうだ。


 「すまんニャ」


 シャロンさんは目を合わせずに謝罪した。

 シャロンさん悪くない。


 「モーズのヤツ……ウチのチームに随分と呼び出しを掛けてるニャ……こりゃ大量に引き抜く気ニャ。ルー、目立なニャイようにソフィアの姉御ん所行って、引き抜きを知らせて来るニャ」


 シャロンさんはそう言って俺を別の入口へと向かわせ、自分はチームゴーグールの荷降ろしを手伝いに向かうのだった。



 大声で笑う者、怪我で辛そうな声を漏らす者、居心地悪そうに俯くもの。


 朝食の出された食堂は、良い雰囲気とは言えなかった。


 チームゴーグールの中に明らかな温度差があり、チームソフィアは事の成り行きを伺っている。そう感じている者も少なからず居ただろう。


 ソフィアら四人の座る奥側のテーブルは、怖いほどに静かだった。巨漢の熊族が、実に行儀悪く食い散らかしている。黒ミミ盗賊団団長ゴーグールである。


 「今回は連戦でわしのチームが出るからな。兵力と食料を補給して明後日には出発する」


 ゴーグールがくちゃくちゃと口に物を入れながらソフィアに話しかける。


 「ふざけるな。そんなしょっちゅう仕事を飛ばされたら、あたいのチームが稼げないだろうが」


 ソフィアは、彼の汚い食事作法に眉をひそめながら、鋭い目でゴーグールを睨む。


 そのタイミングでソフィアに同席する副長のダーツにメモが渡り、ダーツからソフィアに何事かが耳打ちされる。


 「それとあたいを通さずに引き抜きとは、どういう了見だ」


 ソフィアはそう言って、実際に声を掛けられた5人の名を、指を折りながら呼ぶ。


 「チッ、相変わらず鼻だけは効くな。後から言う気だったわい。そもそもわしの団だ。あまり反抗的だとわしも示しをつけにゃならんが?」


 そう言ってゴーグールは高圧的に口角を上げ、ソフィアはそれを無視して食事を続けるのだった。



 その夜、ソフィアの執務室にこっそりと集まった7つの影。


 ソフィアと副長のダーツ、それにシャロンら引き抜かれる5名である。


 「大体の事は分かりました」


 人族の副長ダーツが小声で話し始める。


 「ゴーグールの仕事は前にも増して、雑で強引で力任せになっているようです。今回も無駄に殺しをし、復讐者に追跡され被害を出したようです」


 ダーツはそこで一旦言葉を切り、入口のドアを少しだけ見つめると話を続けた。


 「それと証拠はまだですが、ゴーグールと副長ロイズ、モーズの3名は仕事の上がりをちょろまかして懐に入れてるようです」


 「甘い汁吸えてニャいヤツがボヤいてたニャ」


 「副長がロイズになってから歯止めが効かなくなってるな」


 「誰かさんの時は、どうにか抑えてくれてたんだがな」


 「外されましたがね」


 副長ダーツは肩をすくめる。


 ダーツはかつて盗賊団の序列2位としてゴーグールの副長をしていた。

 規律にうるさいダーツをゴーグールは疎ましく思っていたが、部下の信頼と実力を兼ねるダーツをどうこうするという発想は持てなかった。


 だがある日、隣の地区に縄張りを持つ盗賊団を吸収する事になり、状況は変わった。


 人員の増加に伴う2チーム制への以降にかこつけて、ゴーグールは疎ましいダーツを新たなチーム長への監視役として異動させた。組織の再編もありダーツの序列は一気に6位にまで下げられ、その影響力も弱められたのである。


 ドアを気にするダーツ。


 「シャロン。チームゴーグールから外されてきた奴らの話をしてくれ」


 そう言ってダーツは、懐から取り出した紙に何かを書き始めた。


 「外されたのは、殆ど人族ニャ。ゴーグールは前から人族を弱いと毛嫌ニャイしてたんニャが、戦闘班だけニャニャく運搬班の人族も怪我と一緒に交換して行く気ニャ」


 『そのまま続けろ』


 そう書いたメモを見せて、ダーツはゆっくりと腰を上げた。

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