第17話 朝の日課
「よっと」
俺は背負った籠に薪を放り込み、罠を仕掛けた場所を目指して朝霧に煙るの森を移動する。
俺が盗賊団に納品されてからおよそ一ヶ月。盗賊団の事がだいたい分かってきた。
まず名前は”黒ミミ団”。旗の図柄は、白地に黒い三角を2つ並べただけの手抜きのデザインだ。
総勢60名程。半数が仕事に出掛け、半数が住処を守る交代制で、常駐の料理長と管財長が居る。
今残っているチームソフィアは能力的には二軍らしく、団長のゴーグール率いる一軍の大仕事の間を縫って仕事をこなす事が多いらしい。チームゴーグールは戦闘力に、チームソフィアは移動力に秀でてると言っていたのは誰だったか。
最初建物だと思っていた住処は、洞窟の中に作られた居住空間で、洞窟の入り口は全て屈折し中の光はどんな角度からでも漏れない造りになっている。中に居ると木造建築の家に居ると勘違いする程に、手入れされ住みやすく整えられている。
チームソフィアのメンバーは23名。皆良い人……とは行かないが、盗賊団という割にトラブルを起こす者は意外に少ない。ハミ出し者の集まりなりのルールがあり、ルールを破った者への制裁は厳しい。
仕事の成果のちょろまかしや刃物沙汰の喧嘩、命令違反やサボりなど、禁止事項は結構細かく決めれており、違反の度合いに応じた罰が課せられる。
藪に近づき聞き耳を立てるが、罠に獲物が掛かっている感じは無い。
藪をそっと除けて罠を確認する。
「賢いヤツだなぁ」
この3日、罠に仕掛けた餌だけを上手く持って行かれている。罠の周りにはまるでじっくりと罠を観察したかのような足跡がたくさん残っている。場所を変えたり葉を被せたり餌を変えたりしているが、ここ3日の戦績は0勝3敗だ。
俺は罠を一旦回収し、薪籠にしまうと再び薪を求めて朝霧の森を歩き始めた。
黒ミミ盗賊団に友達も出来た。
まず先日から一緒に戦闘訓練してくれている人族のヨゼフ。ひょろメガネのこの人は感情を表に出さないけど、コツコツ頑張る努力家だ。今は亡き小国の歴史学者だったらしく、この大陸の歴史を時々教えてくれる。
この世界の基礎知識に乏しい俺にはありがたい歴史教師だ。
次はドンゴさん。四本腕の猿族の彼は、その強面とは裏腹にとても優しく、チームソフィアの医療班に属していた。
こないだ鉄砲水の流木に当たって怪我をした人を手当しているのを見たが、四本腕を活かして洗浄・止血・縫合・包帯巻きと素晴らしい速さで手当していた。
問題もある。犬族猫族の顔の違いに自信が無い。毛色や姿勢、足音や言葉使いで区別を付けているが、雨でびっしょりになって黙られるともう誰か分からん。間違えてもそんなに嫌な顔をされる訳でも無いが、何か申し訳ない。
あと、友達になりたいのに上手く行かない相手も居る。
料理長のダンバさんだ。ドンゴさんと同じ猿族の四本腕で、その腕を駆使して素早く最高に美味い食事を提供している。
何度もコンタクトを試みているのだが、無視とそっけない返事以外の反応を引き出せた試しが無い。
あの不思議で最高な料理の秘密を色々知りたいのに! ダンバさんがデレでくれる日は果たして来るのだろうか。
滝壺のある河原まで抜けると、頭上に空が広がる。まだ朝焼けの赤みの残る空は、森に横たわるモヤをゆっくりと温めている。
ドボン。
「ぷはっ」
俺は薪籠と衣服を岩の隙間に隠して裸になると、河に飛び込んだ。
洗浄術とか清めの術とか呼ばれている体をキレイにする法術は実に素晴らしい。夕食前に毎日全員が使い、住処も住人も非常に清潔だ。
だが気分の問題というか、なんとなく水浴びもしたくて行水したら、水中の感覚が気持ちよくて癖になってしまった。
今では毎朝の日課の一部になっている。
澄んだ水底を見ざめたばかりの魚が泳いで行く。あまり水をかき混ぜないように静かに泳いで近づくと、手を触れられる距離まで接近できる。
色とりどりの魚、藻や海藻、見たこともない甲殻類、そして水辺の虫たち。
水浴びにハマった理由は勿論水中にある別世界に目を奪われたからだが、最大の理由が別にあった。
ゴボン……ジャワジャワ……チョロチョロ……チャポン……。
水中は空気中より音の伝搬が4~5倍早く、距離減衰も少ない。
騒がしくは無いのに、どこで何が起こっているのか素早く分かる。そして実際には水の抵抗があるため、事が俺に迫るのは地上よりも遅い。
ほんの少し先の未来を知る事が出来るような、この水の中の世界を俺はとても気に入っていた。
水が激しく水面に落ちる音が近くなり、それは次第に他の音を覆い尽くす程に大きくなる。
ズズ……。
おっと、と俺は流された体の向きを変えて滝壺から遠ざかる。
滝壺に落ちる水が作る大量の気泡で見えないが、滝壺の奥には洞窟があり、その奥にはこの滝壺のヌシが居る。
姿を見たことは無い。水底を擦る音からすると全長は5メートル以上と思われる。非常に用心深く、縄張りのラインに近づかない限り、警戒して穴からは出てこない。
今日もやはり俺が境界線から遠ざかると、安心したのか穴の奥へと身を潜めたようだった。
俺は水草の茂る水中から先ず耳だけだして周囲を探り、ついで目で安全を確認する。陸に上がると体を拭いて装備を装着、薪が落ちない形に籠に押し込み、よいしょと背負う。
ここから住処までの帰り道は走りだ。深呼吸をして息を整え、ヨーイドンで駆け出す。
通り道に可能な限り痕跡を残さないよう、強く踏ん張る場所に気を付けて、時には大岩、時には枝の上を渡って森の中を疾走する。枝に当たって葉を落とすようなドジはしない。痕跡を追う立場になってこそ分かる事もある。
額に汗が浮き、息も大分上がってきた。でももう少し。住処に着くまで頑張って走りきろう。隣を走るリズの姿を想像して”負けないぞ”とスパートをかける。
今日の朝飯はなんだろうなあ!楽しみだなあ!
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