第20話 七夕ショートストーリー
街を囲む壁の向こう。
黒かった空が徐々に明るくなり、赤みを帯びる頃、小鳥達はさえずりを始め、ここボロスの街もまた目を覚ます。
ゆっくりとした動作で通りに出ては、大きく欠伸をして戸板を外す。店の前を掃除し、ガラスを拭く。どこにでもある朝の風景。
だが、ここボロスにも眠らない場所がある。
ギルドである。
深夜番の職員が最後の申し送りをして席を離れ、早番の者が席に着く。
食堂の料理人が酒のツマミを得意とする者から、忙しく朝食をこなす者へと交代する。
そして受付もまた。
浅黒い肌、クレオパトラカットの銀髪、四角い眼鏡の奥の碧眼。
受付の席に着いた彼女は、頬にかかった銀髪をその細い指で耳に掛けると、ギルド入り口を真っ直ぐに見据えた。
ばん。
「おはようポメラ!今日もキレイだねぇ」
「おはようございます。ハゲりん」
「ハゲりんって呼ぶんじゃねえよ!あの日からずっとハゲりん呼びやがって!」
そう答えたスキンヘッドの男は、腕組みをして壁の求人を眺めるふりをして、眼鏡美人のポメラを盗み見るのだった。
「「おはようございます。おさきします」」
すれ違う退勤する若いギルド職員に「おう」と答えて、スキンヘッドは慌てて求人へと視線を向ける。
通り過ぎたギルド職員が小声で離す。
「ラフィさんの評価見たけど凄いのね」
「今回だって10日の仕事を7日で終えて2日分のボーナス貰って星は5つだってよ」
「今回って倉庫建設よね?あの人ほんと何でもするのね」
「しかも仕事が早くて大体が早期ボーナス貰ってる」
「なんでそれで直接雇われないのよ」
「そりゃ……」
んーゴホン。
咳払いが聞こえて、二人の職員は行く手に3名の人物が立っている事に気付く。
犬族、猫族、人族のポピュラーな組み合わせだ。
「あ、おはようございます」
「ギルドの機密保持も程度が下がったにゃぁ」
「ダメだぞ。噂でも登録者の情報もらしちゃ」
「「は、はい。失礼します!」」
3名の脇をすり抜けるようにして、ドアから退出する二人の職員。
行儀の悪い若い職員をたしなめた格好になった3名ではあったが、相変わらず求人前で腕組みしながらポメラを盗み見するラフィを見て、自然と苦笑いがうまれてしまう。
「ま、誰が見ても分かる情報だけどな」
「健気なこって」
「毛はにゃいにゃ」
3名は壁際のラフィと挨拶を交わすと、朝食を取るために奥の食堂へと流れて行った。
キョロキョロと周りを見渡すラフィ。
壁の求人を向きながら、カニ歩きで受付カウンターに近づき、再度周囲を伺う。そして一歩踏み出してポメラに話掛けよとして……。
ばん。
「いやぁ今回の護衛は参ったっす」
「夜通し歩くとかねえって。なぁ」
「まずは報告して、飯だ」
「「おっすラフィさん」」
「おう」
ギルドに入ってきた3名は、何事も無かったかの様に求人を眺めるラフィと挨拶を交わすと、一人は依頼終了の報告の為に受付へ。二人は食堂へと移動していった。
「完了報告でーす。ポメラさん今日も美しいっすね」
「……はい。更新完了です。お疲れ様でした」
ポメラは只ひらすらにクールに手続きをこなし、報告に来た若造に追撃の隙を与えない。
「……えーっと。また宜しくっす」
若造は名残惜しそうにその場を後にし、食堂へとむかった。
その後姿に向けて「しっしっ」と手を振るラフィは、もう一度カニ歩きで受付に近づくと今度は実にさり気なくポメラの前に立った。
「昨日細工屋の前通ったらよ、オメエにしか似合わないだろうって腕飾りを見つけてよ」
そう言ってラフィは小さな袋を懐から出してカウンターに置くと、ポメラの前に押し出した。
顔色一つ変えず袋を開け、中の腕飾りを見る。
糸のように細い金と銀の細工は、白い石を巻き込んで2本の輪の間を行き来した、躍動感ある繊細さを感じさせる美しい腕輪だった。
「ギルド職員へ贈り物をしても、何の利益供与も得られないのだけれど……」
「利益供与なんているかよ。ただオメエに似合うと思ったから買っただけだ。別にそんな高えもんじゃねえし、気に入らなきゃ捨ててくれ」
「そう」
ポメラは一瞬の躊躇もなく袋をゴミ箱へ捨てた。
「な……」
「それで求人番号は?」
ラフィは番号を告げて求人の申し込みをして、不機嫌そうにカウンターに頬杖を付いた。
「今回の護衛は10日ですね。護衛だとさすがに早期ボーナスは無理ですね」
「いいや、早く終わらせてオメエに早く逢いに来る。じゃいい子でなポメラ」
「無理ですよハゲりん」
「ハゲりん呼ぶんじゃねえよ!求婚すっぞマジで!」
ラフィはポメラを指差して怒鳴ると、ギルドをあとにした。
ギルドは朝食を求める人で徐々に賑やかさを増し、朝日が差し込む頃、早朝の求人は一段落した。
書類にサインをするポメラ。
その頬に一房の髪が落ち掛かり、ポメラは右手でその銀髪を耳に掛ける。
その手首には、白い石を巻き込んだ金と銀の繊細な細工が施された腕輪が、朝日を受けて輝いていた。
「気を付けてね。ハゲりん」
ギルト入り口を真っ直ぐに見据えたポメラは小さくささやくのだった。
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