第21話 きゅ?

 「またかぁ」


 俺は早朝の森の中、一人ぼやく。

 新しく、この森の素材で作り直した罠で再戦するも、今日もまた餌だけ持っていかれてしまった。


 座り込む俺の前。罠は無言でそこにあり、まるで肩をすくめて「俺にどうしろと?」と訴えているようだった。


 ててっ。


 頭上の枝から足音がする。足音は俺の真上で一旦止まると……意を決したように俺の前に飛び降りてきた。


 しゅた。


 体長約40センチ、黒っぽい体毛に、長く豊かな毛を持つ尻尾、手足は5本指。


 イタチ? いや、テンか。


 ハクビシンって名前が格好良くてイタチ科を調べた事がある。ハクビシンは鼻から額に真っ直ぐに白い線がある。イタチは鼻回りが黒っぽく、口回りが白い。テンは夏冬で色が違うが、顔全体は同色だ。


 この世界の生き物に前の世界の分類を当てはめても意味はないが、顔の毛色の違いから俺にはテンに見えた。


 そのテンが直立して両手を胸前で組み、小首をかしげる。


 「きゅ?」


 あああああんて可愛いんだ!! あざとい!あざとすぎるぞ異世界生物!!


 おちゅつけ俺!不用意に手を伸ばして怖がられたら二度と出てきてくれないかも知れない。とにかく落ち着くんだ。


 こうして向こうから出てきたんだ。もう少し向こうの動きを待とう。


 「…………」

 「…………」


 待つ間俺はコイツに名前を付けようと考えた。テンにしては少し小さいから”ナイン”ってどうだ。いや全体黒っぽいから”ノイン”がいいか。

 嗚呼、なんでドイツ語って無駄にカッコいいんだ。


 俺が勝手に脳内命名していると、ノインは目の前の罠に近付き、餌を仕掛ける部分のすぐそばの地面を”タシタシ”と叩いた。


 ? なんだ?


 タシタシ。とノインはもう一度地面を叩き、両手を胸前と口元とを往復させ、俺を見て小首を傾げる。


 ……まさか餌の要求か!?


 そうひらめいた瞬間。このノインこそがここ数日間、罠から餌だけをクスねていた犯人だと直感する。


 「ノイン、お前か」


 ノインは俺の声に少しだけ驚き、罠の中心から飛び退いた。


 待ってろよ。俺は心で呟いて、ポーチからりんごに似た果物を取り出し、一口だけかじる。

 罠の作動を防ぐセーフティをチャキっと丁番部分に掛けて、餌針にかじった果物を刺して、セーフティを解除する。


 これで餌針が動けば罠は作動しする。トラバサミ型の仕掛けが作動すれば、袋状になった網が閉じられてノインを捕える筈である。


 手を引いて見守る前で、ノインが罠の捕獲範囲に入る。そして……。


 チャキ。


 ノインはその小さな手で罠のセーフティを動かし、罠を作動不能にしてから餌針から果物の欠片を引き抜き、両手で抱えて美味しそうに頬張った。


 て……天才かよ。


 食べ終わったノインは、空いた手で再びセーフティを動かし、作動可能状態にしてからまた地面を”タシタシ”と叩いたのだった。


 ノイン……。これ罠だから。餌皿じゃないからね。

 それにしても、お替り要求するのになぜセーフティ戻したし。


 次の餌で満足したのか、ノインは直立姿勢で右手を上げ”きゅ”と言うと、森の中へと姿を消した。


 「ノイン!」


 俺はノインの消えた方向に向かって呼ぶ。


 たたっと幼木を登って、幹に掴まりながら振り返り、右手を上げるノイン。


 「きゅ」


 そしてノインは、今度こそ森へと消えた。


 ああぁぁ可愛い。ノインは自分の名前がノインだって理解出来てる。ああめっちゃ頭良い。

 これは運命の出会いをしてしまった。運命だ。


 俺は薪拾いを忘れ、しばしノインの可愛さを思い出して身悶えるのだった。



 「戻ったかナシナシ。それを寄越せ」


 住処に戻ると外で”見下し犬”こと、エイラムが待ち構えていた。チームソフィアの面々を見下し、人族を露骨に差別するこいつを俺は嫌いだった。


 背格好もたいして違わない、周囲に気配りも出来ない子犬に、なんで見下されなきゃらならいのか。

 エイラムは威嚇気味に俺の鼻っ面に迫るが、俺は無視を決め込んだ。


 「無視してんじゃねえよ! ナシナシが生意気に」


 エイラムはそう言うと、強引に俺の背負う薪籠を引き剥がす。子供でも犬族と言うべきか、意外な腕力に俺はたたらを踏んだ。


 どん。


 籠を奪ったエイラムは、俺に軽く蹴りを入れて転ばせると、背を向けて入り口へと歩いていく。


 「おい!」


 エイラムが何をするつもりか計りかねた俺は、立ち上がってその場でエイラムの背中を睨む。


 「薪、拾ってきたぜ。ここでいいんだろ?」


 エイラムは俺から奪った薪籠を、さも自分で薪拾いをしてきたかのような顔で入り口近くに下ろし。わざとらしく伸びをした。


 『あ……の野郎!』


 「なあ、仕事はしてるから、副団長のソフィアに会わせてくれよ」


 入り口付近に居る誰かに、ソフィアさんへの直談判を頼んでいるようだ。しかし舐めた口効いてんなあ。人から盗んだ薪でアピってんじゃねえよ。

 早足で近くまで来た俺の耳に、エイラムの相手の声が聞こえる。


 「……エイラム。この薪……ルーのだろう?」


 「え?」

 『え?』


 エイラムが話す相手の姿は見えない。だがこの声は犬族のデイブさんだ。

 あまり親しく話した事は無いが、猫族のシャロンさんとよくいる無口な人だと思う。


 「な、何を……オイラじゃなく、あんなナシナシを信用するのか? オイラ達同族だろ?」


 ついさっきまで、見下す態度だったエイラムが、理解できないとばかりに狼狽える。


 「籠に詰める時点で……選別してるのは、……ルーだけだ」


 苛立つエイラムは、近くまで来た俺に気付き険しい視線を向ける。

 そのエイラムにデイブさんの言葉が追い打ちを掛ける。


 「人の成果を盗むのは……罰則対象だ」


 「くっ、覚えてろよナシナシ!!」


 エイラムは捨て台詞を吐いてその場から走り去った。


 雑魚の捨て台詞は異世界共通か……。


 お礼を言おうとデイブさんを見ると、デイブさんは無言で右拳を突き出していた。


 ゴツン。


 二人の拳は軽く打ち合わされたのだった。

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