幕間 リーバスとメグ
動かなくなったライアルたち。
呆然と眺めていた俺は、心臓の音が妙に生々しく感じたのを覚えている。
そんな中、ヤツが振り返る。
こっちを見て、楽し気に顔を歪めやがった。
マルコムの死に顔が鮮明に浮かび、あの時は、とにかくそいつを掻き消したかったんだと思う。
訳も分からず叫んでいた。
その後に長々と魔法の詠唱を始めちまったのは、さらにいただけない。素人丸出し、早死にする魔法師の典型じゃないか。
だから、次が自分の番だったのは当然の結果だろう。
落下時に頭でも打ったのか、そこで視界が暗転した。
後でナズナに聞いたが、シシリアさんに間一髪で命を助けられたらしい。
まったく、何やってんだ俺は……使えねぇ。
普通は男が女を助け、護るもんだろ。
あいつを初めて見たのは、教会が運営する孤児院の前。
簡単に折れてしまいそうな細い手足に不健康そうな白い肌。その青白い肌と対照的な、真っ黒な髪が印象的なやつだった。
顎が外れるんじゃないかと心配なくらい、大きな口を開けて笑っていた。
近所のガキ大将とケンカしているのを見た時には驚かされた。
見かけによらず根性がありそうな奴だ、と感心したのを覚えている。
俺はあいつに加勢してやった。根性のあるやつは好きだからな。
二人ともボロボロになったその日、俺たちは戦友となった。
それからは
偶にというのは、あいつには孤児院での役割というものがあったからだ。
年下の子の世話を焼いたり、シスターにお使いを頼まれる事もある。
身寄りのない子供たちが暮らす孤児院にあって、すでに兄的な立場なのだろう。
その時はそう思っていた。俺よりも小さいくせに。
まだまだ親に甘えていた当時の俺は、同情しつつも、少しだけ羨ましくもあった。
そして、王立第二学院、候補生の入校式――そこにあいつがいた。
相変わらずの大きな瞳で、これから通う学び舎を見つめて――女子生徒の制服を身に付けたナズナがいた。
本院生に上がる前くらいから、ナズナは髪を伸ばし始めた。髪の長さに比例する様に、何というか色々と女っぽくなっていった。
今のあいつしか知らない奴らに、俺がナズナを男だと思っていた、なんて言っても笑い飛ばされるだけだろう。
当たり前だが、ナズナには絶対に言えない。
次があったら、絶対に俺が護ってやる。ナズナは女だからな。
みっともない姿は二度と見せない。
その為には、ハイ・オークでも余裕で倒せるくらいに強くなってやる。
目の前にいるナズナを見ながら俺は決意を胸に刻む。
む、胸に……。
「どうしたのリーバス? 何だか知らないけど顔、怖いよ」
「何でもない」
「こらっ、ギンタ。きみは何で威嚇してるのかな?」
ナズナの胸に挟まれた、いや抱かれた召喚獣が俺を威嚇している。
羨ましい……じゃないっ、この目つきの悪い召喚獣は、もしかして自分がナズナを護ると主張しているのか? 魔力探知しか出来ないくせに? そうか――。
「ふっ。おまえも男、なんだな」
「えっ? 何?」
「いや、何でもない」
俺は男の決意を胸に秘める。
次こそは必ず、と。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「メグ? 眠くなったの?」
「少しね」
昼休憩。食後の時間をまったりと過ごす。
ナズナと二人きりじゃないのが残念。
女の子同士の特権で腕を絡め、ナズナの肩に頭を乗せる。
薄く片目を開けると、リーバスの羨ましそうな顔。
知り合ったのはリーバスの方が先らしいが、そんなものは関係ない。
ナズナと運命的な邂逅を果たしたのは、学院の候補生入校式。
前の日からご飯が喉を通らない程の緊張の中、私はその日を迎えていた。
最悪だった。
周囲のヒソヒソ話が、さざ波の様に拡がっていく。
私はそれ以上鳴かせない為に、息を止めて、お腹に力を込めるのに必死になった。
「すみません」
突然、隣の席に座っていた女の子が、そう言って席を立った。
「どうしました?」
「申し訳ありません、先生。緊張で昨夜は眠れなくて、今朝もご飯を食べてこなかったからか、気分が悪くなってしまいました」
「いけませんね、医務室に行って休んでいなさい。誰か、付き添ってあげて」
「お願い出来ますか?」
その女の子が、申し訳なさそうに私を見つめていた。
医務室のベッドで、私は横になっていた。付き添いのはずの私がだ。
「ごめんなさい。ありがとう」
やっとの思いでお礼を述べると、彼女は優しい手つきで、私の頭を撫でてくれた。
「気になさらずに。でも、ご飯はしっかりと食べてきて下さいね」
悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女。
私は、
学院生活が始まったが、ナズナとは挨拶を交わす程度でしかなかった。
学院内では家柄など出自に関係無く、一人の生徒として扱われるが、そうは言っても本人たちは子供だ。
跡取りとなれない三男や、それ以下の者でさえも、集まれば貴族の出というだけで立ち位置を気にする。しがらみもある。
私も、そんな子供の一人だった。
特にナズナは孤児院出身というだけでも、子供の優越感を満たすには格好の相手だ。さらに、落ちこぼれという烙印を捺すことでそれに拍車が掛かる。
それでも、彼女は誰よりも勤勉で、真剣に取り組んでいた。正直、こちらが呆れてしまう程に。
他者を見下し、優越感に浸って
自分の境遇に向き合える強さを持った人間。
どちらが付き合うに足るかなんて、簡単な話でしかない。
そもそも、私にとってナズナは天使なので、彼女を護るのは私の使命だと思っている。
同じ事を考えていそうな男が、目の前に座っている。
この間の失態を見る限り、リーバスには荷が重いでしょうに。
まぁ、私も助けられてしまったんだけど……リーバスには絶対にっ、ナズナを渡さない!
気になるのはシシリアさんだ。ナズナに何かを言いたそうにしていた。
もしかして、惚れてしまったんじゃ?
ありえない事じゃない、だってナズナは天使なんだから。
もう一つ、先程から気になっている事がある。
ナズナ、最近また胸が大きくなった?
この腕に当たる感触が何とも……この柔らかさ、くぅーっ! まさに天使の抱擁。
――危ない、危ない。昂りすぎて身震いしてしまった。
ナズナの胸に抱かれた召喚獣のギンタが、リーバスを威嚇している。
いいぞっ、その調子だ!
そして神様、どうか私を、ギンタにして下さい。
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