第9話 晴れのち曇り 魔獣狩り

 いきなり標的に突貫したギンタが一噛み、胴体なかばから容赦なく喰いちぎった。 

 ギンタはギロリと目をくと、その行為を見せつけるかのようにゆっくりと咀嚼する。くちばしから滴る緑色の液体が、見る者に生々しさを植え付けた。


 目の前で繰り広げられている想定外の光景に、パーティーメンバーは絶句していた。

 中でもナズナは、信じられないといった表情で立ち尽くしていたが、理性の許容範囲を超える感情によって、次第に体の震えを抑えられなくなっていった。


 ナズナの異変に気付いたメンバーであったが、どう声を掛けていいかわからず、だれもかれも顔を見合わせて戸惑うばかり。

 静寂に包まれた森の中、パーティー内に異様な空気が漂うのを尻目に、ギンタの咆哮が響き渡った。

 

ぐぅええぇええまずい!

 

 ナズナは涙ぐんでいる。

 白い肌を耳の先まで真っ赤に染めて、わなわなと打ち震えていた。

 その両手は制服の生地を巻き込み、食い破らんばかりに握り込まれている。

 

「ギィ、ギンタぁぁあああ……」


 ギンタは頬張っていた魔力草を、恐怖というスパイスと共にごくりっと飲み込んだ。




 気を取り直して探索を再開したパーティーは、危なげなく魔物の初討伐に成功した。

 ギンタが索敵し、準備万端で先制攻撃をしかけられるのだから当然の結果ともいえる。

 

 幾度か戦闘をこなし、気持ちに余裕の出てきたメンバーにあって、一人、ナズナの眼光はギンタを射抜くように鋭い。

 そんなナズナの雰囲気を和らげようとしてか、それとも単にアピールしたいだけなのか、移動中にライアルが話しかけた。


「ナズナさん、そこまで気を張り詰める必要はありませんよ。我々の力は十分に通用しています。それに万が一危険が迫った時には、私が体を張ってあなたを護ってみせます。と言っても、実際に防ぐのはこいつなんですけどね」


 ライアルは背負っているタワーシールドを籠手でこつんと小突くと、ナズナに顔を向けてウインクをしてみせた。

 ナズナはそれに反応する事なく、ギンタを見据えて無言で歩いている。

 

「えーと……そうそう、先生から私は筋が良いとお褒めの言葉を頂きまして。いや、決して自慢するつもりではないのですが、クラスでも一、二を争う腕前でして――」


「はぁ、そうなんですね」


 めげずにアピールを続けるライアルに対し、ナズナは愛想笑いを浮かべるのも忘れて完全に聞き流していた。

 そのナズナが不意に足を止めた。


「みんな止まって。一旦森の外に戻った方がいいと思う」


「どうかしたのか? ナズナ」


「リーバス、魔物の数が多いんだ。聞いていた話よりも明らかに多すぎるよ」


「大丈夫ですよ、ナズナさん。我々にとって大した問題になりません」


 神妙な面持ちのナズナやリーバス、メグとは対照的に、余裕ぶった態度を見せるライアルに緊張感はない。


「そうですね。それにいざとなったら、ボクたちは戦闘を回避する事も可能です。ただ、他のパーティー全てがそうじゃありません。ここは一旦戻って、先生に報告するべきだと思います」


「そうね。確かに、想定していたよりも戦闘頻度が高いと思うわ。ここはナズナの言う通り、一度戻るべきだと私も思う」


「俺もナズナとメグの意見に賛成だ」


 リーバスが二人に賛同し、騎士の三人を見回した。

 女性騎士はこくりと頷き、ライアルはもう一人の男性騎士と顔を見合わせ、不承不承といった様子で頷いた。


「決まりですね。ギンタ、最初に森に入った場所までなるべく真っすぐ戻るとして、その進路周辺に魔物の反応は?」


 メンバーが相談している間、退屈そうにあくびをしていたギンタが、二股のしっぽで同じ方向を三度指し示した。


「いるみたいですね。背後から襲撃されないよう、念の為にその魔物を討伐してから戻りましょう」


 森の外へと向かって移動を開始したパーティーは思わぬ場面に遭遇する。今は木の陰に身を隠し、遠目に様子を窺っていた。


「あれ、何やってんだ? メグ」


「縄張り争いでもしてるんじゃないの?」


「そんな感じか。ナズナ、これなら無視して先に進んでも良いんじゃねーか?」


「そうだね、下手に関わる必要はないかな。だけど、グリズリーがこんな平地まで下りてきて?」


 メグが言った通り縄張り争いが激しい場所なのか、へし折られて朽ちた倒木が多く、周囲を見渡せば、まだ生々しい傷跡を残す木々もちらほらと散見される。

 森の中にぽっかりと開けたその空間は、暴力でしつらえられた闘技場の様相を呈していた。


 そんな場所で、念の為にと狩りにきた魔物が異種族同士で今も争っているのだ。

 立ち上がり腕を大きく広げて威嚇する、体長二メートル級の熊の魔物グリズリーを、大型犬を一回りほど大きくしたマッドウルフと呼ばれる魔物二体が吠え立てている。


「待ちたまえ、グリズリーの足元のあれ……人、じゃないのか?」


 その場を離れようと後退あとずさりを始めた矢先、ライアルの声で指し示された先へと全員の意識が集中する。

 グリズリーの後ろ、すぐ足元に転がっているのは、倒されたマッドウルフかと思いきや人間であった。 


「ナズナっ、助けるわよ!」


「メグ、落ち着いて。その為の作戦を伝えるから」


 ナズナが手短に作戦を説明し、互いの役目を確認したメンバーはただちに行動を開始した。

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