第8話 嵐の前の胸騒ぎ
背中に掛かる黒髪がすくい上げられ、ほっそりとした首筋と、そこから続く白いうなじを覗かせる。
後頭部でしっぽのようにまとめられた髪が黄色い紐でキュッと結ばれ、引き締まった表情のナズナが顔を上げた。
その所作に見入っていた男子生徒たちが針で突かれたように我に返り、視線を逸らせてそそくさと散っていく。
鈍感なナズナは気付かない。その代わりに警戒感を高める者が一匹。
周りのオスどもがガキを盗み見ている。
まあ、奴らの気持ちもわからないでもない。
近頃のこいつは肉付きも幾分マシになった。これなら多少は食べごたえも望めるだろう。
だが、こいつはオレ様のものだ。
こいつが死んだら一片残さずオレ様が喰うと決めている。他の奴らには血の一滴すらくれてやるつもりは無い!
微妙に勘違いをしているギンタが、ナズナの様子を
「なーにやってるのかな? キミは」
そんな声と共にギンタはひょいと持ち上げられた。
理由はあれだが、護ろうとしてくれていたとは思いもよらないナズナだ。
黒目の目立つ猫のような瞳を細め、ギンタの顔を覗き込む。
それに対してギンタは、真似をするように目を細めると顔を背けた。
ナズナは溜息を吐きつつ、ギンタを胸に抱き抱えた。
「今日の実戦訓練は魔物が相手だからね。キミも気持ちが高ぶっているかもだけど、だれかれ構わず威嚇しないの」
身動きの取れなくなったギンタは憮然としている。
ちっ、このオレ様が
なんだこのガキ、ぷよぷよの胸筋しやがって、鍛錬を怠けすぎだろ。
頭で押したら埋もれてしまうではないか。まったく、けしからんぷよぷよ具合だ。
極上の
これは喰う時までに、オレ様好みの肉質に仕立て上げねばならんな。
――っ!? 殺気? 周りのオスどもか。
面白い、このオレ様に向かって人間如きが、ひねり潰してくれるわっ
「だから威嚇するのやめなさいって」
「ぐえぇえええ」
ナズナの胸の
☆
本院生となって一年。
いよいよ、魔物を相手取った実戦訓練が行われようとしていた。
人間を
パーティーメンバーは魔法師、騎士ともに三名ずつ。
普段はクラス別に専門的な知識や技術を学んでいるが、混合パーティーによる模擬戦はこれまでに何度も執り行われてきた。
ナズナ以外の魔法師は、もちろんリーバスとメグの二人。
騎士の三人は男性二人に女性が一人、模擬戦で何度か組んだ面子である。
遠征先の森の前で、今は最後の打ち合わせを行っていた。
「隊列は索敵するギンタが先頭で、前衛に騎士さん二人、中衛にボク、後衛にメグとリーバス、最後尾に騎士さんの並びでお願いします」
「了解した。ナズナさんの召喚獣の索敵能力は先生方のお墨付きだ。パーティーメンバーとしてこれほど心強い事はない」
ギンタはその有用性の高い感知能力によって、今や召喚獣としての評価を確固たるものとしている。
一方、ナズナは豊富な知識と状況判断力を見込まれ、パーティーの指揮を任されていた。
「そう言ってもらえるのはありがたいですけど、ギンタは戦闘になると役立たずだし、ボクの回復魔法も本当に気休め程度の効果しかないので」
「戦闘は任せてくれたまえ。あなたの美しい肌に掠り傷一つ付けさせない事を誓おう。騎士の誇りにかけて、ね。前衛は我々、男性陣が努めさせてもらうよ。それからナズナさん、あなたの回復魔法は心に染みる。慈愛に満ちた温もりが、戦闘で擦り減った精神を癒してくれるのです」
「はぁ、そう……なんですか? えっと、では、よろしくお願いしますね、ライアルさん」
騎士の、と言ってもまだ学生なので卵なのだが、ライアルがナズナの手を取りキザったらしく宣言してみせた。
もう一人の男性騎士もおおげさに頷いている。
この一年で女性としての魅力が増したナズナは、そういう年頃になった男子生徒から露骨にアピールされる事が増えていた。
残念ながらナズナ本人にその自覚がまるで無い為、アピールが空振りに終わるのもいつもの事であった。
それでも、ナズナの何気ない言葉を受けてライアルたちは小鼻を膨らませ、気炎を揚げている。
さらにその姿を横目に舌打ちしたリーバスとメグが「俺が」とか「私が」と、こちらはこちらで対抗心を燃やしていたりする。
そんな中、最後尾を務めることになった女性騎士だけが興味無さげに佇んでいた。
通常、このような魔物狩りはギルドを通して傭兵が請け負うのだが、今回は実戦訓練の場として学生に提供されていた。
その為、ギルドが事前に調査隊を派遣し、得られた情報を生徒達にも伝えている。
訓練開始の時刻となり、各パーティーが振り分けられた地点から探索を開始した。ナズナたちもギンタの索敵を頼りに森へと入っていく。
程なくして、魔物を見つけたらしきギンタから尻尾を振って合図が送られた。
緊張感を紛らわせる為に森の外では軽口を叩いていたメンバーも、今は張り詰めた表情で頷き合い、息を潜めてギンタの後について行く。
この先で、ギンタの身に降りかかる惨状を知る筈もなく。
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