ボクの召喚獣が「お前を喰ったら本気出す」なんて言ってますが

草木しょぼー

時は来たれり

第1話 開演の烽火【ほうか】と祝福と

 あの程度で勇者だと? あくびしか出んわ。

 せめて一撃くらいは浴びせて欲しいものよ。

 

 ん? これは時空魔法――召喚か!?

 馬鹿なっ、たった今、神々の寄こした勇者すら消滅させたオレ様だぞ?

 そのオレ様を?

 

 しかもこれは……それこそありえん話だが、やむを得ん。

 この屈辱、必ずその身で償わせてやる。

 


 ☆



 ベルン大陸でも有数の国力を誇るスターリング王国。

 その街の一つ、デブルイネにある王立第二学院の校庭では、本年度の昇格試験が行われていた。


「ナズナのやつ、召喚魔法なんて成功した事あるのかよ?」


「かと言って他の魔法じゃ、やる前から結果は見えてるしなぁ」


「あいつの場合、ここに入れた事が奇跡のようなもんだろ」


「ナズナちゃんは十分に頑張ったよ。もういいんじゃないかな?」


 周囲の生徒から、同情とあざけりの混じった声がとぶ。

 その先ではナズナと呼ばれた少女が、地表で青白い光を放つ魔法陣に向かって、必死に魔力を注いでいた。


(他の魔法じゃダメ。そんな事は、ボクが一番わかってる。でもこれなら、これなら何とかなりそうな気がするの。お願い、ボクに力を貸して、ボクにはキミの力が必要なの)


 髪色と揃いの黒い瞳は、周囲の雑音に陰らされる事なく強い光を灯している。

 じわりと滲んだ汗が、玉となって頬を伝い、顎先からポタリと落ちていった。




 騎士と魔法師を育成する、ここ王立第二学院の生徒には、候補生と本院生といった階級が存在する。

 十五歳を迎えた候補生は昇格試験として課題にのぞみ、合格した者だけが本院生へと昇格する事が出来た。

 本院生となれば、王国騎士団や魔法師団への将来の足掛かりとなるだけでなく、傭兵ギルドに所属する際にも様々な恩恵を受けられる。

 従って試験の合否は、その者の将来を大きく左右した。




 ちらちらと教師たちが顔を見合わせ始めた。どの顔も今日の空模様を写したかのようにどんよりと雲っている。

 

 ナズナの勤勉さや直向ひたむきな姿勢は、彼らの誰もが認める所である。

 ただ彼女の才能だけが、今もこうして認めないのだ。

 教師達はやるせない思いで、その視線を壮年の男へと集約させた。

 

 じっとナズナを見つめていたその男は、ふと両手の手の平を見る。爪痕がくっきりと刻まれている。

 彼がこの時ほど自分の立場を恨めしく思う事はない。

 短く息を吐き出すと、重い足を踏み出した。

 役目を果たす為に、それでも少しでも猶予を与えようと、一歩、一歩、ゆっくりとナズナへと近付いていく。


 次第に外野の声は小さくなり、主張しているのは男の足音とナズナの荒い呼吸音だけとなっていた。


 そんな周囲の変調も、近付いてくる足音も、今のナズナには届かない。

 流れ落ちる汗にも構わず、一心不乱に魔力と想いを振り絞っている。

 だが体力と魔力はとうに限界を迎え、途切れそうになる意識をギリギリ繋ぎ止めている状態であった。

 

 ついに、魔法陣の光が明滅し始める。


(まだ、まだ消えちゃ……ダメ、ボクには弟や妹を……)


「ナズナくん、残念だが」


 後ろから歩み寄った男がナズナの肩に触れたその時、少女の心臓がドクンッと跳ねた。

 熱いものが全身を一瞬で駆け巡る。

 それこそ頭のてっぺんから手足の一本一本の指先に至るまで、体中が内側から熱くなる――そんな感覚をナズナは覚えた。


 !!!!!!!


 一瞬、魔法陣の青白い光が立ち消えたかと思うと白銀色の光がほとばしり、まるで意思を持った獣の如く、唸りをあげて天へと駆け昇る。

 そのまま雲を喰い破ると、長い光の尾は吸い込まれるようにして見えなくなった。

 

 ぽっかりと、曇天に空いた穴から陽射しが地上に注がれる。


 圧倒的な光景に目を奪われ、天を仰いでいた一同が陽射しにつられて視線を戻すと、一匹の召喚獣がそこにいた。

 それは先程の光が命を吹き込まれたかのような、白銀色の召喚獣であった。


「でっ、出来たぁ」


 言いながら、ナズナはその場にへたり込む。両足の間にペタンとお尻を落とし、息を弾まさせながらも、爛々らんらんとした瞳で白銀の召喚獣を見つめている。

 呆気にとられていた生徒達が我に返って喝采を送りだす――が、次第に拍手する手は止まり、代わりに誰もが小首をかしげていった。


「なんか、凄かったけど……でもあれって何だろう?」


「びっくりしたな。うーん、とかげ……ぽい?」


火蜥蜴サラマンダーじゃないよね?」


「違うだろ。羽毛に覆われてるからバード系だよな?」


「白銀色の鳥? でも、翼……無いよね?」


 答えを求めて生徒達が視線を向けたその先で、驚いた事には教師陣も一様に困惑の面持ちで話し合っていた。

 召喚獣の方も、細長い耳をせわしなく動かしながら、周りの様子をうかがっているようだ。

 

 一見すると爬虫類といった顔つきだが、猛禽類の持つ鉤型かぎがたに曲がったくちばしをもち、目つきは鋭い。

 凶暴、邪悪といったたぐいではなく、何となくだが、性格が悪そうな印象を受ける赤い瞳。


 俊敏そうな二本の後ろ脚で立ち、それと比べると前脚は小さい。

 途中から二つに別れている長いしっぽが、ゆらゆらと揺れている。

 黄色い嘴を除くと、全身白銀の羽毛で覆われており、しっぽを除いた体長はおよそ五十センチと猫くらいの大きさである。


 その正体は、フェザードラゴン――の幼生体なのだが、誰もそれを見た事がないので判明する筈がなかった。

 

 キョロキョロとしていた召喚獣が不意に動きを止め、眠たそうな目つきに変わると体を揺らし出した。

 それを見た壮年の男が慌てて叫ぶ。


「ナズナくん、契約を! 魔力切れで還されてしまうぞっ!」

 

「えっ!?」


 ナズナは召喚獣の前に膝をつくと、急いで雑嚢ざつのうから針を取り出した。

 自分の左手の人差し指に針を軽く刺すと、指先からと血がプクッふくれ出た。


「ナズナの名において、えっとー、えーっとぉ……健やかなる時も、病める時も? 死が二人を分かつまで、愛し、慈しみ、貞操を……貞操って、まぁいいやっ、それを守ることをここに誓いますっ」


 焦り過ぎて、おかしな宣誓をするナズナ。

 周りの教師や生徒達が、ぽかんとした表情で固まっている。

 ナズナは召喚獣の口に指を差し入れ、血を舐めさせる。

 すると、今にも閉じられようとしていた召喚獣の目が見開かれた。


「ぅんめぇえええ――――――――――――!」

 

 召喚獣の耳をつんざく鳴き声が響き渡り、一時的に場が静まり返る。


「ヤギ?」


「ぷっ、何だよ、今の鳴き声」


「ははっ、召喚に成功したと思ったらこれかよ」


「ナズナのやつ、出来損ないの珍獣を召喚しやがった」


 誰かがこぼした一言、二言を皮切りに、生徒達に笑いの渦が広がった。

 その中央で的となっているナズナは、召喚獣を庇うように抱き寄せる。


「せんせーっ、変異種なら処分した方が良いのでは?」


「確かに、まれに召喚されるという変異種は凶暴で召喚者を殺める事もある、と言われていますが」


「そんなっ! 契約は済んだし、ボクとの魔力通路パスも繋がってるから大丈夫だよっ!」


 教師の言葉に恐れを抱いた様子もなく訴えたナズナは「大丈夫。キミはボクが守るからね」と召喚獣をさらに強く抱きしめた。


「ぐぅぇえええ」


 思いが通じたのか、感極まった鳴き声で応えた召喚獣が、小さな前脚でナズナの体をポンポンと叩いているのが微笑ましい。

 その様子を見ていた壮年の男が、優しげな笑みを浮かべて告げた。


「見たところ早急な危険性は感じませんし、とりあえず様子を見てみましょうか。合格です」


「先生、ありがとー!」


 パッと笑顔の花を咲かせたナズナは同じ目線まで召喚獣を抱えあげ、にらめっこでもしていたかと思うと満足そうに頷いた。


「これからよろしくね! ギンタ」


「ぐえっ」


 この出会いが偶然ではなく必然である事を、どちらもまだ知るよしもない。

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