誰の描いたシナリオか
第18話 誘い誘われ 揺り揺られ
随分と、陽射しが強く感じられるようになってきた。じわりと滲んだ汗で、服が肌にまとわりつく。
それでも、木陰を進む森の中は、まだマシといえた。
そうは言っても、それは軽装の人間の話であり、鎧を着込んだ者からしてみれば、焼け石に水とまではいかなくとも、暑い事に変わりはない。その風通しの悪さを考えれば、蒸し焼きといった所か。
その上、重量もあるのだから、疲労感は比べるまでもない。
「そろそろ休憩を取りましょうか」
ナズナが、前衛を務める二人に声を掛けた。
ある程度の見晴らしが利く開けた場所を探し、見張りを立てて順に休憩を取る事にした。
今日は戦闘訓練ではない。パーティーは、調査訓練という名目で近郊の森に入っていた。
その実の所は、初の実戦訓練で過大な負荷を負った、精神面の状態確認である。
魔法で外傷は癒せても、心に擦りこまれた傷までは拭い去れない。
事実、パーティーは一人減り、五人と一匹で構成されていた。
「
どこか違和感を覚える、ライアルとシシリアのやり取りが聞こえてきた。
それはともかく、レディーファーストという事で、女性陣が先に休むようだ。
木にもたれ掛かるようにして腰を下ろしたシシリアが、兜を外し、軽くなった頭を振った。
奇麗な
ふぅーっと大きく息を吐き出したシシリアは、やはり相当暑そうだ。
額には、玉のような汗が浮かんでいる。
「あの、良かったらこれ使って下さい」
「あぁ、ありがと……う」
ナズナが差し出したハンカチを受け取ろうとして、シシリアは装備したままの籠手に気付く。
休憩中、しかも見張りを立てているとはいえ、今は訓練中だ。
シシリアは常在戦場の心構えから、籠手まで外すことを
「あ、ボクが」
「すまないな、助かる」
それを察したナズナが、汗を押さえるようにして拭きとってやる。
「これくらい気にしないで下さい――はい、どうですか?」
「ああ、すっきりした。ありがとう」
目を開けたシシリアが、にこりと微笑んだ。
その瞳を――橙と緑が織りなす、鮮やかな色彩の瞳を間近で見たナズナは、一瞬、目と心を奪われた。
「ナズナぁああ、私、ちょっとぉ、お花を摘んでくるね」
「えっ、あぁ、うん。気を付けてね、メグ。ギンタ、周りを警戒してあげて」
「ぐぅえ」
メグは暑さにやられたのか、少しふらふらとした足取りで歩いていく。
その後を、やる気が全く感じられない返事をしたギンタが、てててててっと付いていった。
「ハンカチは洗って返すよ」
「いいですよ。本当に気にしないで下さい」
「そうか、すまないな」
ナズナも同じ木に背を預けて座り込むと、気になっていたライアルとのやり取りについて聞いてみた。
ライアル曰く、あの魔獣の暴走時にシシリアが見せた、
以来、尊敬の念を込めて、
「ふっ……漢気溢れる女って、どうなんだ?」
自嘲するように呟いたシシリアが、遠い目をしている。
確かに、ライアルたち男性陣が
シシリアが男だったら、惚れてしまっていたかもしれない。
励ましたつもりのその言葉は、シシリアに追い打ちをかけていたのだが、ナズナは別のある事を思い浮かべていた。
『将来有望な本院生さんたちと
以前、教会の前でビヨルドの語った言葉であった。
将来――いくら本院生であっても、いきなり王国騎士団や魔法師団に入れる者などいやしない。
最初は下部組織で経験と実績を積み、段階を踏んでそういった場所を目指すのだ。
ただ、ナズナはそこまでの目標を立てている訳ではない。さらに包み隠さず言ってしまえば、名誉よりもお金の方が重要だった。
自分は慎ましくとも日々の生活がおくれれば良い。それよりも、孤児院の弟や妹たちが、今よりも不自由なく生活出来るようにしてあげたい。それが、ナズナの想いであった。
そういった意味では、依頼ごとに報酬額の決まっているギルドに所属する方が魅力的だ。依頼を多くこなせば、それだけ収入は増える。
ただし、報酬額の高い依頼はパーティー必須な案件が多く、当然、難易度も高い。
そんな訳で、特に固定パーティーを組めるまでは、可能な限り多くの人たちと繋がっておく必要があった。
ここは、誘うしかない――ナズナは決断した。
考え込んでしまっていたナズナを、シシリアが不思議そうに見ていた。
「あの、シシリアさん」
「どうした?」
「今度の長期休暇はどうされるんですか? ご実家の方へ帰郷されるんですか?」
「特訓だな」
「へっ!?」
「この前のような想いは、二度としたくない」
そう言った、前を見据えるシシリアの瞳からは、強い決意が見てとれる。
シシリアさん、漢だなぁ……いや、綺麗な女性なんだけど――さすがのナズナも口には出さず、胸の内に留めおく。
「そ、そうなんですかぁ」
「きみは……ナズナ、と呼んでもいいかな?」
「はい! もちろんです」
「では、私の事もシシリアで。ナズナは、どうするんだい?」
「ボクは、孤児院出身なので」
「そうだったな……すまない」
「いえ。でもそのおかげで、エスタークの街に招待されているんですよ!」
何も気にする必要はないと顔を振り、身を乗り出して返したナズナの言葉に、シシリアが過敏とも思える反応を示した。
「なにっ? エスターク、だと?」
「え、あっ、はい。えっと、宿泊施設を経営している方が、泊まりで遊びにおいでって」
「孤児院、エスターク……もしかして、その知り合いっていうのは、豪商のビヨルドか?」
「そう! そうです! やっぱり、ビヨルドさんは有名なんですねー」
「まぁ、色々と名は聞こえてくるな」
「色々? そうなんですかぁ。それで、ですね……」
続きを待ってくれているシシリアを見て、ナズナは本題を切り出した。
「ビヨルドさんが、友達も連れてきても良いって。将来有望な学院の生徒と、伝手を持っておきたいって話なんですけど……」
「なるほど、そういう事か」
「あの、シシリア……」
意を決して、ナズナは告げる。
「付き合ってもらえませんか?」
「私なんかで良いのかい?」
「もちろんです! あの時に一目惚れ、しちゃいましたから」
「それはもう勘弁してくれ。だがその申し出は、ありがたく受けさせてもらおう」
「ありがとう! 良かったぁ……えへへ」
苦笑して、それから、微笑んだシシリア。
ナズナは照れくさそうに笑っている。
「ナズナぁぁあああ」
木の陰から二人の様子を窺っていたメグが、白目を剥いて倒れた。何か盛大に勘違いをしていそうだ。
その顔を覗き込んだギンタが、一瞬、ビクッと体を仰け反らせる。
ギンタは尻尾を使い、恐る恐る、そっとメグの白目を閉じてやるのだった。
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