第19話 穏やかな旅路

 教会の前に幌馬車が停まっている。

 見るからに頑丈そうな荷台には、すでに水や食料などが積み込まれ、毛づやの良い立派な体躯をした馬が繋がれている。

 馬車の側では、四人の男たちが地図を囲んで打ち合わせに余念がない。

 そこへやって来たナズナとメグに気付き、一人の男が声を掛けた。


「初めまして、お嬢さんがた。今回、護衛の依頼を受けさせて頂いた【銀のさかずき】のリーダー、セビージャです。向こうの三人がニコ、シャキリ、マイコラス。全員、銀等級の傭兵です。旅の安全を保障しますよ」


 四人とも三十代半ばくらいの男で、紹介されたメンバーが順に目礼をした。

 にこやかな表情を浮かべ、いかにもベテランといった雰囲気を醸し出している。


「ナズナです。みなさん、よろしくお願いします」


 学院が長期休暇に入り、今日はナズナが待ちに待った出発の日であった。

 ビヨルドが送迎用にと馬車まで手配し、しかも、護衛全員が銀等級の傭兵という頼もしさ。銀等級はギルドで定められた傭兵の階級であり、王国の精鋭兵にも引けを取らないと言われている。

 流石はビヨルドといった所か。

 

 すでに来ていたリーバスとライアルは談笑している。

 ナズナが旅の話をした際、本格的な野営が経験出来ると、二人は喜んで参加を表明した。

 その喜んだ理由が本当かどうかは別として、デブルイネの街からエスタークまでは馬車で五日は掛かる。ベテランの傭兵に付いてもらえる今回は、確かにまたと無い機会といえた。



 

「――なのよ。その時におかぁあ!? なっ……ありえん」


「えっ、何? 何が? メグ?」


 ナズナと会話に花を咲かせていたメグが、いきなり話をぶった切り、驚きを露わに呟いた。

 その突飛な反応に驚いて困惑しているナズナへと、後ろから鈴の音のような声が掛けられる。


「おはようございます。今日は、暑くなりそうですね」


 ナズナが肩越しにかえりみると、お淑やかな雰囲気の女性が微笑んでいた。


「あ、おはようございます。そうですねぇ……」


 裾にフリルをあしらった、可愛らしい白のワンピース。お揃いの白い帽子には、黄色い花のアクセント。

 風になびいた金髪プラチナブロンドが、陽射しできらきらと輝いていた。

 

 ナズナはぺこりとお辞儀をし、メグへと向き直る。

 この辺りには似付かわしくない、良いとこのお嬢様だなぁ――などと考えつつ、同じくらい奇麗な髪をした友人を思い浮かべた。


「あとはシシリアだけか。もしかして、今日も鎧を着てきたりして……ふっ」


 長期休暇に特訓をすると、真顔で言っていたシシリア。

 彼女なら、もしかしたらもしかするかも――などと考えてしまった時点でもう遅い。ナズナは、こらえ切れずに吹き出してしまっていた。


「さすがに、今日はそんなもの着て来ませんよ!」


「へっ!?」


 良いとこのお嬢様が頬をふくらませ、分かり易くご立腹のご様子でナズナを見つめていた。

 

「あれ? シシリア?」


「別のどなたかにでも見えていますか?」


「ぇえ!? その恰好……いや、すごく可愛いんだけども、それに喋り方もいつもと何かこう……」


「あれはその、ああいった物を身に付けていると何と言いますか。実は、着ている物に性格を合わせてしまうクセが、ちょっとありまして……」


 シシリアは、どうにも恥ずかしそうに俯いて、頬を紅く染めている。

 そしてその新鮮な反応に、ナズナがまたもや驚いていた。


「お嬢、おはようございます」


「おはようございます、ライアルさん」


 シシリアに気付いたライアルが声を掛けに来た。どうやら、シシリアお嬢様の時は呼び方が異なるらしい。芸の細かい男である。

 少し離れた所では、シシリアに目礼されたリーバスが目を丸くして、こくんと頷いていた。

 

 ☆


 エスタークへの旅は、何事もなく順調に進んでいた。

 護衛するセビージャたちは、武勇伝を聞きたがるリーバスやライアルとすぐに打ち解け、野営はとても賑やかであった。

 似たような簡素な食事でも、学院の野営訓練時ほどの不満を感じないのは、そんな雰囲気のおかげだろう。


 リーバスとライアルは、休憩時間にセビージャたちから簡単な稽古をつけてもらっていた。

 筋が良いと褒められ、ナズナから送られた拍手に鼻を高くするリーバス。

 それを見て、対抗心を焚きつけられたメグも参戦した。


 一方で、我関せずといった様子で、食後のお茶をたしなむのはシシリア。

 どう見ても、深窓しんそうの令嬢にしか見えない。

 ギンタを抱いたナズナが、そんな彼女の隣に座った。

 二人は、学院での生活や休日の過ごし方についてのお喋りに興じている。


 ふと、ナズナが目を向けると、リーバスとメグの魔法合戦はまだ続いていた。

 何がそこまで彼と彼女を駆り立てるのだろう――ナズナは不思議に思う。

 

 しかし限界が訪れたのか、二人揃って、崩れ落ちるようにして両手両膝を地面についた。

 こうべを垂れ、地面にポタポタと染みを作る汗を睨みながら、全身で荒い呼吸を繰り返している。

 申し合わせたかのように二人は顔を上げると、互いの健闘を称えてか、良い笑みを浮かべ合った。


 その二人が唐突に――なのに同時に、怖いくらいの勢いでナズナの方へと顔を向けた。

 ナズナは、小さく手を振ってみせる。

 彼女の肩に頭を乗せ、スヤスヤと規則正しい寝息をたてる、シシリアを起こさぬように。


 リーバスとメグのあごが落ち、今度こそ力尽きたかのように二人は地面につぶれ伏した。

 ナズナの腕の中では、ギンタが眠そうに大きな欠伸をしている。


 そんな平穏な旅路を経て、ナズナたちはエスタークの街へと到着した。

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