第47話 明日への帰還
ナズナの膝の上では、召喚獣のギンタが丸くなって眠り、さらにその羽毛をベッド代わりに、妖精のロリスが寝息をたてる。
ナダルの森での一件を終えたナズナは、デブルイネの街へと向かう馬車に揺られていた。
ガタゴトと、車輪が刻む音色に耳を傾けながら、遠ざかる地に思いを馳せていた。
色々とあったけど、良い出会いに恵まれた。
ゴリアス叔父様。
見た目はちょっと怖いけど、実は優しくて、凄く暖かい人だった。そして何より、頼りになる。
別れ際には、卒業したら絶対に会いに来い、とまで言ってくれた。
もう一人、一緒に森に入ったフリードさんは、そこで挨拶したきりになってしまった。事後処理で忙しそうだったから仕方がない。
ウインクらしきものも、なんとなく見分けられるようになった気がした。
「フリード……なんで……」
ちょうど頭に思い描いていた人物の名前が聞こえた。
ボクの肩に寄り掛かって眠るシシリアの寝言らしい。
その目じりには涙が滲んでいる。服の袖を、そっと押し当てるようにして拭ってあげた。
「んん、あれ? 私……眠ってました?」
「うん、良い陽気だしね。おかげで、シシリアお嬢様の寝顔をたっぷりと、堪能させて頂きました」
「もうっ」
頬を膨らませるシシリアの可愛い事。
これはこれで「御馳走さまです」と、心の中で呟いておく。
見ていた夢の内容には触れない方が良さそうだ。別の話題を口にする。
「ゴリアス叔父様も大変だね。森から戻って次の日には、王都に向けて出立されたものね」
「報告すべき事が、事ですから」
ナダルの森が、大麻草の栽培に麻薬の精製といった、犯罪組織の一拠点となっていたのは事実だ。管理責任を問われるのは避けられないだろう――とは、ゴリアス叔父様の言葉だ。
「やはりなんらかの処罰はあるでしょうが、今回でその処理を出来る目処も立ちました。そして何より、もう一つの懸念事項が――」
言いながらシシリアは、ボクの膝で眠るギンタとロリスを見て微笑むと、
「ギンタさんの取りなしで、一触即発となっていた妖精族と協定を結ぶ段取りが整いました。ロリスさんは、友好大使としての任も与えられていますからね」
大使に任命されたロリスは、はしゃぎ過ぎて、疲れて眠ってしまっている。ロリスが大使って、大丈夫だろうか。
任命したダルメシアさんも、気が気でないんじゃないだろうか。
「叔父様も、ギンタさんには危ない所を助けられた、と感謝していましたよ。ただ、あいつはもうちょっと人の心の機微をよめ、と仰ってもいましたが。なんの事でしょう? ナズナ、わかります?」
「ああ、うん、ほらっ、ギンタはオレ様、だからね。もうちょっと、周りに気を使えって事じゃないかな。特に、ボクにさ」
「そうですか? 私から見ると、ナズナの事を凄く気に掛けていらっしゃると思いますけど?」
「いやいや、ぜんっぜん、そんな事ないっ……事も、ないか……」
なんだかんだで、今回も助けてもらったな。実際、ボクが無理出来るのも、結局はギンタを頼りにしちゃっているような所もある訳だし――
口ごもっていたら「そうですよ」と、シシリアがボクを見て、可笑しそうに微笑んだ。
それから正面に向き直ると、
「しかし、色々ありましたね」
そう言って、胸に秘めたわだかまりを吐き出すように吐息した。シシリアの顔は、晴れない。
シシリアとゴリアス叔父様が、生存していた【明けの明星】ミリアさんの許に向かうと、ベッケンさんの姿が消えていたそうだ。
捜索した所、脱出用の抜け穴が発見され、そこから出た二人は、変わり果てたベッケンさんの姿を見つける。
無残に食い散らかされていたが、遺留品などから見て間違いなさそうとの事だった。逃げ出した途端に、運悪く魔物に遭遇したのだろうとも。
ベッケンさんがすぐに動ける状態ではないと、
また悪い事に、ファブレガスという人は、命に別状はなかったが、廃人と言える状態になってしまったそうだ。
叔父様との一戦で使用したという麻薬が強過ぎたのか、それとも他の要因か。
何を聞かれても怯えてうずくまり、言葉にならない喚き声を上げるその様は、金等級冒険者としてならしていた頃の面影は、全く見られないとの事だった。
そんな訳で、組織の拠点の一つを潰せたのだが、それ以上の手がかりが途絶えてしまった。
叔父様からも気にするなと言われていたけれど、シシリアの性格だとそれも難しいのだろう。だから今、隣の少女は浮かない顔をしているのだ。
掛ける言葉が見つからない。
代わりに、シシリアの肩にそっと頭を乗せる。
「本当に色々あったね。帰ったら、暫くは平穏に過ごしたいな」
「そうですね。それにしてもナズナ、随分と叔父様に気に入られていましたね。その内、養女にでもされるんじゃないですか?」
「えぇっ!?」
返ってきたのは、余りにも想定外の内容だった。
思わず
シシリアは、悪戯をしかけた子供のように、明らかに反応を面白がる顔をしている。
「はははっ、それはない……よね?」
「さて、どうでしょう? もしかしたら養女どころか……嫁、もあるかもですね」
「嫁っ!?」
絶句したボクの隣で、真剣な顔つきのシシリアが、うんうんと一人納得して頷いていた。
ギンタの耳が、ぴくぴくと動いている。
「あの、ゴリアス叔父様って、おいくつなのかな?」
「今年で四十に成られたと思いますけど……ふふっ、ふふふっ。まぁ、嫁は冗談ですよ、たぶん」
シシリアが、堪えきれないといった様子で笑みを漏らした。冗談だったみたいだけど、最後の一言にまだ多少の不安を覚える。
「たぶん、なんだ」
「ええ。だって私なら、ナズナを嫁に貰いたいですからね」
満面の笑みを咲かせたシシリアに、自然とボクも破顔する。
「帰ったら、とりあえずのんびりしたいなぁ」
「ですね」
互いに頭を寄せ合い、目を瞑る。
一定のリズムで響く車輪の音が、心地よく刻まれていた。
―― 第一部 了 ――
ボクの召喚獣が「お前を喰ったら本気出す」なんて言ってますが 草木しょぼー @kakukaku6151
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