第38話 危機一発
嬉々として戦いに身を投じる叔父の背を、溜息混じりに見つめるシシリア。
一方その頃、ワームに飲み込まれたナズナとギンタは危機に瀕していた。
主にナズナは心臓破裂の、ギンタは頭蓋骨粉砕の危機に。
「ちょっ、ちょっとギンタっ!? 大丈夫?」
「待てっ!! 止まれぇっ、ナズ――」
もがき苦しむギンタの元へと走り寄った時、ナズナはゴリアスの叫び声を聞いた気がした。
「気がした」というのは、地面が揺れたかと思うと足下が崩落し、その上、突如現れた暗幕によって視界と共にその声も遮断されてしまったからだ。
一瞬の出来事に思考が追い付かないが、一つはっきりしているのは、今現在、落っこちている真っ最中だという事。
「きゃぁあああ、きゃぁぁあああああ――あ?」
思わず悲鳴を上げてしまったが、すぐに誰かに抱き留められた。
こんな事、何だか以前にもあったような……。
瞑っていた目をこわごわ開けると、真っ暗でよくわからないけど、どうやらゆっくりと下降しているらしい。
しばらくすると地面に着いたようで、その誰かさんが優しく下に降ろしてくれた。
軽く腰が抜けてしまったのか、座り込んだままボーっとしていると頭上に仄かな明かりが灯り、緩やかに明るさを増して周囲を照らした。
何気なく地面についた手が沈み込み、柔らかなその感触に驚く。
覚束ない足取りでどうにか立ち上がると、周囲に視線を巡らせた。
一見、洞窟のようだが、ヌメヌメとした光沢のある土肌。
「魔物の体内に取り込まれたようだ。耐性強化の魔法をかけたから消化される心配はない――が、お前は捕らわれるのが本当に好きな奴だな。あれか? 何と言ったか、そう、性癖ってやつか?」
今は同じ目線となったギンタが、心底呆れた眼差しを向けてくる。
何やら片方の耳に手を当て、しかめっ面で「あー、あー」と発声している。耳の調子でも悪いのだろうか。
「性癖!? バカっ、そんな訳ないでしょ! そもそも今回のはギンタがっ、あれ? 体の方は大丈夫なの? あんなに苦しそうだったのに」
「問題ない、ちょっと喉に詰まらせていただけだ。人化したら余裕で飲み込めた」
「へ? それだけ?」
「ああ、あの状態だと口が大きいわりに喉が細いからな。結構詰まりやすくて、不便でかなわん」
「そんな理由……だったんだ」
体の奥底から、どろどろとした溶岩のような怒りが湧き上がってきた。
爪が食い込むほどに握り込んだ手は、小刻みに震えている。
「そんな理由って、何言ってんだ。実際、死ぬかと思ったぞ」
ギンタが呆れた調子で言い放った一言が駄目を押す。
人の気も知らないで――ナズナが噴火した。
「ギぃンタぁあ、お座り!」
「な、なんだ?」
「お、す、わ、りっ! お座りっ!!」
「!!!!!」
ちょこんと正座し、不服そうな目つきで見上げるギンタに言い聞かせる。
ギンタの勝手な行動でシシリアたちと
それから食事はゆっくりと、よく噛んで食べる事を。
どれだけ心配したのかを。
なんだこれ、孤児院のチビたちにするのと全く同じ事を注意しているじゃないか、頭を抱えたくなってしまう。
それにしても、シシリアたちはどうしているだろうか?
そんな事を考えていたら、ギンタが急に顔の向きを変えた。
「あっちか」
そう呟くと立ち上がり、ぐいぐいと近づいて来る。
「なっ、なになに? ちょっとギンタ? どうしたの?」
真顔で近付いてくるギンタから逃れるように
間髪をいれず、ギンタの両腕がどんっ! と背後の壁に打ち付けられた。
「ギ、ギンタ?」
「動くな、じっとしていろ」
言われなくとも、顔の左右にそびえるギンタの腕で行き場は失われている。
息遣いが感じ取れそうな程に顔が近い。いつになく真剣な面持ちで真っ直ぐに前を見つめる眼差し。
黙ったまま佇むギンタを前に、視線のやり場に困り、俯いてしまった。
胸の鼓動が駆け足になり、その音が妙に大きく聞こえてくる。まるで、心臓が鼓膜を直接叩いているみたいだ。
そんなナズナの脳裏に、いつの日だったか、メグの言っていた言葉が不意に浮かんだ。
「ドキドキと恋心を勘違いさせて落とすのは、軟派男の常套手段よ」
確か、そんな風に言っていた気がする。
それってつまり――これはギンタが、ボクを口説こうとしているって事?
いやいやいやいやっ、それはないでしょ。うん、違う違う。
ちらっと上目遣いでギンタの様子を窺うと、ばちっと視線が交わった。
さらに鼓動が加速した。
「いくぞ、目を瞑ってろ」
「へっ!?」
いくぞって、なに? 目を瞑ったら、どうなっちゃうの!?
「口を開けんな、舌を噛む」
鼓動は最高潮に達し、もう体がまるまる心臓になってしまったかのよう。
頭の中は何が何やらで、とにかく顔が熱い。
言われるままにぎゅっと目を瞑っていたら、なんだか世界がぐわんぐわんと回り出した。
仕舞いにはふらつき、そのまま倒れ込んでしまった。
でも、さほど痛みは感じず。
「重い」
聞き覚えのある、そのぶっきらぼうな言い方。
案の定、ギンタの上に覆い被さっていた。
「ごめん」
いそいそと上体を起こして謝ると、やっぱりぶっきらぼうにギンタは言った。
「構わん、どうせまたなる」
「どういう事?」
「さっき魔法をかけた。今、こいつに移動をさせている」
「あ、ああ、さっきのあれ……あれはその為だったんだ」
「なんだ? それ以外に何があるんだ?」
「い、いや、何もない、何もないよ!」
ギンタが怪訝そうにこっちを見ている。
それにしても、なんと的外れな勘違いをしていた事か。
恥ずかしすぎる、穴があったら入りたい。
いや、絶賛地中に潜り中らしいんだけどさ。
「む、ちょっと寄り道するぞ」そう言うやギンタが魔法を放った。
着弾すると魔物が身を
急激な方向転換に、上体を起こしていた体勢が崩れてしまい、
「何度もごめん」
「構わん。それより上に出るぞ」
もう一度放たれた魔法で、魔物が上昇を始める。程なくして動きが止まった。
地上に出たのだろうか。
すると、周囲の壁がせり上がるようにして空間が狭まってきた。
「こいつ、異物を吐き出そうとしているな」
「なるほど、言われてみればそんな感じだね」
相槌を打ったら、またもや呆れ顔をされてしまった。
「呑気な奴だな。納得するのは良いが、吐き出されたらどこに飛ばされるかわからんぞ?」
「わっ、それよりどんどん狭くなってきてるよ」
今やすっかり狭まった空間で、二人は抱き合うような状態で密着している。
ギンタが両腕を突き立て――その腕は随分と壁にめり込んでしまってはいるが――なんとかお互いの顔周りのスペースだけは確保されていた。
「うぅぅ、なんかごめんね」
「別にお前のせいじゃない」
「そうなんだけどさ」
「まぁ、無駄な肉が付いてるせいで、圧迫されているのは事実だがな」
「……ぬぁ!!!!!!」
視線で誘導された先へと目を向けると。
ギンタに押し付ける形で潰れた胸が、あられもない姿を晒していた。
「み、みっ……」
「なんだ? 耳? 耳がどうかしたのか?」
「見るなぁぁぁあああああ!!!!!」
絶叫とともにゴンッと響いた鈍い音。
手も足も動かせない中、ギンタの額に頭突きをお見舞いしていた。
後で聞いたら、ギンタは一瞬昇天しかけたそうだ。
そう言った時の恨めしげな顔といったら。
その後、頭突きのダメージから持ち直したギンタが魔物の半身を吹き飛ばし、ようやく脱出する運びとなった。
魔物の口から出る際、胸がつかえてあたふたしてしまったのを、ギンタは何やら言いたげな顔で見ていた。
けど何も言わなかった所を見ると、どうやら学習したらしい。
そう感心したのも束の間、やはりというか、呆気なく裏切られる事となる。
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