第39話 決断と分断

 時間は少し遡る。ゴリアスとフリード、そしてシシリアの三人は森の深層へと足を踏み入れていた。


 ここまで来ると魔物同士の争いは見られない。

 だが三人の緊張感は、中層までのそれとは一線を画すものとなっていた。

 魔物の群れを難無くほふったゴリアスでさえ、戦闘行為を避ける為に気を抑え込んでいる。


 森の奥深くに生息する魔物はその脅威度が跳ね上がる。

 大きさや力の強さといった単純なものだけではない。

 麻痺や猛毒、或いは石化といった状態異常を起こさせ、魔法を使う知性を備えている。

 深層は、十分な装備と道具を揃えてなお油断ならない魔物の住処すみかだ。

 体力や道具類の消耗を抑えるのは必須であった――が。


「ちっ、こんな時に……まさか……いや……」


 苛立ちと疑念に駆られるゴリアスの視界には、三体の巨人が行く手を遮るように睨みを利かせていた。

   

森の守護者バクスター


 記憶に新しい歪な容姿に、シシリアの口からその名が零れ落ちていた。

 この場限りならまだしも、その先の道程まで考えれば、まともに相手をするのは得策ではない。

 ゴリアスの決断は迅速であった。


「フリード、右の二体に重点的に弾幕を張ったら、シシリアを連れて離脱しろ。儂が時間を稼ぐ」


「承知しました」


「叔父様っ」


 シシリアは出かかった言葉を飲み込んだ。

 ゴリアスの判断は最善であり、それ以上の代案を示す事が出来ない。であれば、感情に従って口にする事は、その決断を侮辱する行為に他ならないのではないか。


「――ご武運を」

 

 だからせめてもの祈りを言葉に込めて、そう思って告げたのに、浮かべた笑みにうれいが滲んでしまっているのを自覚出来てしまう。

 そんなシシリアに、頷いたゴリアスは「案ずるな」そう言っているかのように優しく微笑んだ。




「行きます、【石礫】」


 フリードが空中に展開した七つの魔法陣から、おびただしい数の弾丸が撃ち込まれた。

 濛々もうもうと立ち込める土埃の煙幕から一体の巨人が飛び出し、間合いを詰めるゴリアスへと襲い掛かった。

 

 ゴリアスを杭に見立て、地面に打ち込もうとでもいうのか、巨人は拳を小槌のように振り下ろす。

 それを急制動をかけてやり過ごしたゴリアスは、同時に、眼前に降って来た巨人の拳をハルバードで力任せに薙ぎ払った。

 想定外の横方向へのベクトルを加えられ、重心がブレた巨人の体が泳ぐ。

 その隙を逃さず、先に放った一撃から一回転して繋げたゴリアスの追撃の一打が、巨人を転倒させた。

 その頃になって、遅れて姿を現した残りの二体が参戦し、ゴリアスの命を削る遅滞戦闘へと突入する。



 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



「シシリアお嬢様、向こうに水の流れる音が」


 フリードと戦場を離脱したシシリアは、幸運にも魔物と遭遇する事なく沢へと辿り着いた。

 冷たい水で顔を洗うと、良い感じに冷えた頭で戦況を分析する。


「叔父様、厳しいですよね」


 つい先日、バクスターの強さは嫌というほど目の当たりにしている。

 あれはギンタさんが相手をしたから圧勝しただけであり、あの巨体による物理攻撃に加えて、精神に作用する魔法や強力な攻撃魔法まで操るのだ。

 それが三体……いくら叔父様が強いと言っても流石に手に余るだろう。


「正直、三体相手は分が悪いですね。しかし、あの場では最適な判断だったと思います」


「そう……ですよね」


 もしやと心の片隅で思っていたのだけど、返って来たフリードの答えは予想に違わぬ内容だった。

 わかってはいても、簡単に割り切れるものではない。

 どうにか自分を納得させようとシシリアは試みる。

 そんな苦悩が透けて見えるシシリアへと、フリードが神妙な面持ちで声を掛けた。


「お嬢様、先を急ぎましょう。日が暮れる前にせめて中層を抜けなければ、全てが無駄になってしまいます」


 木々の合間から見える太陽は既に傾き始めている。

 シシリアは悲壮感の漂う表情で頷くと、沢に沿って下流へと移動を開始した。

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