第12話 試練は続くよ どこまでも

 ギンタの示した方向は、闘技場の様に開けた場所の向こう側。


 今から逃走するには視界も足場も悪く、森の中では人間の方が圧倒的に不利。闇雲に逃げてパーティーがバラければ、一人ずつ飲み込まれて悲惨な末路を迎えるに違いない。


 どうせ逃げられないなら、自分たちの力を発揮できる状態で迎え撃とう――ナズナに同意したパーティーは、再び戦場へと急いだ。

 

 闘技場へと足を踏み入れ、視界の開けた所でライアルを中心に三人の騎士が盾を並べる。

 少し下がって、ナズナの左右には杖を構えるリーバスとメグが。

 すぐに足下に違和感を覚え、それがハッキリと分かる地響きへと変わる。


「いつも通りにやればきっと大丈夫」


 ナズナの言葉を受けて、誰かの喉がゴクリと鳴った。



 

「なっ!?」


 森の切れ間から、入り乱れた魔獣が矢継ぎ早に飛び出してきた。


「こんなにもっ!?」


「落ち着いて! 強い魔獣はいないっ!」


 ナズナは咄嗟に声を掛けたが、その数の多さにメンバーが浮足立っているのは一目瞭然。

 腰が引けた前衛からは危うさがひしひしと感じられ、リーバスとメグは魔法の詠唱を中断してしまっている。


「大丈夫だ、問題ない」


 喧騒の中にあって、それは不思議と良く通る声であった。決して大きな声ではない。

 それでも、メンバーの動揺をに抑え込み、心に凪を訪れさせる。

 声の主であるシシリアが、隣のライアルの肩をコンと小突いた。


「【威圧】は使うな、正面だけを死守。おとこを見せろっ!」


 シシリアの発した凛とした響き。

 凪いだ水面に打たれた響きは、波紋となって仲間の心を奮わせた。


 一瞬、ライアルたちはシシリアに目を奪われるも、すぐに頷いて構えた盾に力を込める。

 リーバスとメグも、定石に基づいた魔法の詠唱を再開していた。

 

 戦意さえ整えば、後はナズナが状況を判断して指示を出すだけだ。


「リーバス!」


「沈め、【泥沼】」


 魔法で泥濘ぬかるんだ地面に足を取られ、魔獣の勢いが削がれる。転倒しているものも多い。

 それをギリギリの所で駆け抜けたアサルトボア数匹が、前衛三人の盾に激突した。


 アサルトボアは凶暴なイノシシといったたぐいの魔獣で、剣技【反転】を発動した盾に食い止められる。


【反転】は盾で受けた一定の衝撃を半減し、さらにその分を相手に返すカウンターの剣技だ。頭から激突して弾き返された魔獣は、高確率で目を回す。

 その隙を逃さず、剣で斬りつけ、突き刺していく。

 

「メグ、アルミラージお願い!」


「打ち抜け、【氷弾】」


 空中に展開された魔法陣から無数の氷礫こおりつぶてが射出され、風切り音を上げて獲物を穿うがつ。俊敏なウサギ型の魔獣だが、足さえ殺してしまえば弾幕で仕留めるのは容易い。


 ナズナの指示で正面から突っ込んでくる魔獣の数を調整し、順次倒していく。

 的確な状況判断と迅速な決断は、ナズナの持って生まれた才能……なんかではない。


 孤児院で身に付いたスキルである。

 特に小さな弟たちの隙あらば狙ってくるスカート捲りやバストタッチは、このスキルの習得、練度上昇に一役買っていた。

 あの無駄に知恵を働かせた予測不能な行動に比べれば、の魔獣をさばくことなど造作もない。

 

 どういう訳か、魔獣は連携して襲ってくることはなく単純に突撃してくる。それどころか、パーティーには目もくれず走り抜けていく魔獣もいるのだ。

 すぐに気付いたナズナは正面の対処だけに集中していた。

 

 結果、訓練とは言い難い濃密な時間をへて、ついに魔獣の群れをやり過ごす事に成功した。


「終わった……のか?」


「もう限界っ、何だったのあれ……」


 緊張から解放されたリーバスとメグは、思い思いの言葉をこぼしながらへたり込む。

 息も絶え絶えに、兜を放り出して大地に身を投げ出すライアルたち。

 シシリアは兜を取る力も残っていないのか、投げ出されたライアルの兜を横目にその場へと座り込んだ。


「みんな、お疲れ様でした。ありがとう」


 最後にナズナが感謝を伝えると、メンバーは疲れ切った体を動かし、手を挙げるなりして応えてみせた。


 まだまだ半人前の学生からすれば、激戦と言っても差し支えない。そう言えるだけの爪痕が、目の前には広がっている。

 空を仰ぐ顔が充足感に満ちているのも当然だろう。




 疲弊しきったパーティーを他所よそに、ギンタはまだ森の奥を睨んでいた。魔獣の群れを追い立て、今回の騒動を引き起こしていた張本人を。


「どうしたの、ギンタ?」


 ギンタの様子に気付いたナズナが声を掛けた時、そいつは木々を押し分けて現れた。

 

「なんだ? あれってオーク……じゃねーかっ」


「待って待ってっ、なんでここに魔物がいるのよっ!?」


「あの大きさ、まずハイ・オークだと思う……けど、本当になんで……」


 ハイ・オーク――体の色は苔を連想させる暗い黄緑色、ずんぐりとした体躯で身の丈は三メートル超。

 胸部よりも丸く張り出た腹に対して、筋骨隆々といった短い足と地に届くほどに長い腕。その右手には、持ちやすさだけを考慮されたこん棒らしきものを引き摺っている。

 醜悪な豚鼻は代名詞でもあり、牙の覗く下顎からは、ヨダレが垂れ続けている。

 その眼には、獲物を見つけた歓喜の光が灯されていた。


 突如として現れた異質なハイ・オークに、メンバーは表情も思考も固まっていた。立ち上がって戦闘準備に入る素振りすら見せない。

 先程までの魔獣たちとは、明らかに脅威の桁が違う。

 死の気配を十二分に色濃く感じさせるその存在感に、完全に気圧されていた。


 だからその異質性に気付かない。一歩、一歩と近付いてくる巨体は、明らかに地上を揺らしている事に。


「立てっ!」


 一人だけ、跳ね起きたシシリアが盾を構えた。

 シシリアの声はメンバーの金縛りを解く事には成功する。ただ残念ながら、恐怖心を押し流すまでの効果は表れなかった。


「戦うなんて無理に決まってるだろっ、逃げろ!」


 真っ先にライアルが駆け出し、もう一人の男性騎士も後を追う。

 兜はまだしも、剣も盾も拾わずにその先をどうするつもりなのか、冷静な判断力を欠いているのは明らかだ。


「馬鹿っ! 背を向けるなっ!」


 シシリアが慌てて声を掛けるも遅かった。


 ハイ・オークは逃げ出した二人を見て、ニタニタといった感じの薄気味悪い笑みを浮かべる。そのまま見逃すのかと思いきや、体型からは想像のつかない速度で追いついてしまう。


 素通りされたナズナたちが振り返った時には、こん棒がライアルたちへと横殴りに振られていた。


「かはっ」


 ひしゃげる鎧の音に混じって、空気が吐き出される音がした。

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