第23話 夢から覚めると悪夢の始まりでした
目を覚ましたリーバスたちの顔は、どれも苦痛に歪められている。
その様子から、単に寝起きだからと片付けられるほど、事は単純な話ではないようだ。
「うぅぅ、目が回って気持ち悪い。それに頭もガンガンする」
「んあ? なんか手が……へ? なんだよ、これ」
「何なの――
全員、さながら連行される罪人のように、縄で両手を縛られていた。
自由にならない体に加えて、痛みや目眩で頭が思うように働かず、ただただ困惑と苛立ちにまみれていた。
「起きたなら外に出ろ……早くしろっ!」
今朝までとはまるで別人なセビージャの態度に、ナズナたちは戸惑いの色を浮かべるだけで動けない。
さらに荒々しく急かす声が浴びせられ、困惑の一途をたどる中、一人、また一人と馬車を降ろされた五人は、互いを護るように身を寄せ合っている。
そこは森の端を回り込み、街道からは完全に死角となる場所であった。
「ギンタっ!?」
セビージャの足元で、檻に入れられたギンタが――ぐっすり眠っていた。
「これは何の冗談ですか? それとも、もしかして何かの演習ですか?」
リーバスは、拘束された両手を顔の高さまで上げて見せる。
セビージャを見据える目つきは鋭いが、口元には一見、友好的な笑みを浮かべている。
「冗談? ああ、そうだな。確かに、ガキのおもりをするという冗談のような時間は終わりだ……ふっ、はははははっ」
セビージャの
「最後の自由は満喫出来ましたでしょうか? ここからは落ちたが最後、何一つ、死ぬ事すら自由にならない――死ぬまで続く、生き地獄の旅路でございます」
態度を取り繕ったセビージャが、芝居がかった
「どういう事ですか? それに……なんでギンタが檻の中に?」
リーバスの横に並んだナズナが、ちらりと視線をギンタに向け、それから真っすぐにセビージャを見据えて問いかけた。
「そりゃあ、あれだ。お嬢ちゃんの召喚獣は希少種だからな。珍しい物に目がない御仁は、金に糸目をつけねぇ……」
セビージャは、空気を読まずに眠りこける召喚獣を見て片眉を上げる。
金の生る木な筈なんだが、どうにも眉唾物に思えて仕方がない――今も呑気にいびきを掻くギンタに、そんな残念な評価が下されていた。
セビージャはナズナたちに視線を戻すと、今度は満足そうに頷いた。
「お前らは奴隷として売られる。魔法の使える奴は高級奴隷として重宝されるからな。そうでなくとも若い男は労働力として、女は性奴隷として高く売れる。もちろん、国外でな」
「そんな事をしたら、ビヨルドさんが黙っていませんよ」
ナズナの反論にセビージャたち【銀の盃】の面々が顔を見合わせ、一瞬の間をおき、愉快そうに声をあげて笑った。
「あぁ、安心しな。お嬢ちゃんは、ビヨルドの旦那が直々に仕込んでくれるとさ。あの旦那も相当な好き者だからな。気の済むまで
言いながらセビージャは、ナズナの体を上から下まで値踏みするような視線で舐め回す。
前で縛られた両腕に押し寄せられ、いやが上にも強調されているナズナの双丘。
その情景に視線を
劣情剥き出しの下品な視線に悪寒が走り、ナズナは身が
リーバスとライアルの二人が、ナズナを隠すように並び立つ。
「そんな……それではまるでビヨルドさんが――」
ナズナは絶句した。
セビージャの告げた自分の行く末が、エスタークで再会した、変わり果てた姿のサーシャに繋がったのだ。
見るからに動揺しているナズナの姿に、嗜虐心を刺激されたセビージャが嬉々として語りだす。
「世の中は、そんなに甘くないって事さ。さて、お前たちは楽しかった旅の帰路で、不幸にも盗賊に襲われて行方不明になる。これもよくある話だろ?」
「おっしゃる通り、そう珍しい話ではありませんね。しかし、それではあなた方も、依頼失敗でギルドから処罰されるのではありませんか?」
物怖じせずセビージャに答えたのはシシリアだった。
いかにも箱入りのお嬢様といった雰囲気のシシリアが、無理して気丈に振る舞っている風でもなく、自ら矢面に立ったのを見てセビージャは
が、甘やかされて育てられた世間知らずのお嬢様――すぐにそう高を
「俺たちが、本当にギルドの登録者ならな」
「銀等級を示すプレートをお持ちでしたよね? まさか、誰かの物を奪い取ったのですか?」
セビージャは笑みを貼り付けたまま、胸元から銀のプレートを引き出して見せた。
「おいおいおい、人聞きの悪い事を言ってくれるなよ。これだろ? こんな物はギルド職員に頼めば用意してくれる。さすがに金等級から上は、名前も顔も売れてる奴らばかりだから無理だけどな」
「そんな……ギルド職員がそのような事を?」
「お嬢様には分からないかなぁ? 大抵の人間には、弱みって物があるんだよ。己の正義を曲げてでも、知られたくない弱みがな。仮に無ければ無いで、俺たちが作ってやればいいだけの事さ」
セビージャたちは声を出してせせら笑う。
「下衆……ですね」
「下衆ねぇ。俺たちは盗賊だ。欲しい物はどんな手を使ってでも根こそぎ奪う。そいつが盗賊ってもんだ。金も物も、ついでに他人の人生さえもな」
「……」
セビージャの顔から笑みが消え、代わりに殺気立った鋭い眼光がシシリアへ、次いで他の四人へと突き立てられた。
初めて人から向けられた明確な殺意に、ナズナたちは息を止め、目を見張って耐えるしかない。
「俺たちの実力なら、真面目にやっても銀等級くらい余裕だけどな」
「何言ってやがる。てめえは、せいぜい銅級くらいがお似合いだ、マイコラス」
「それは酷いぜ、おかしらぁ」
「「「ははははははっ」」」
静まり返った場を茶化すように他の男が割って入り、痛いほど張り詰めた空気が盗賊たちの笑い声で
一時の緊張から解放され、ふぅっと息を吐き出したナズナたちの中にあって、一人だけ表情を変える事のなかったシシリアが口を開いた。
「それで?
「なんだ? やけに諦めがいいな。泣き喚いたりしないのか?」
「泣き喚いて助けを乞うたところで、見逃してもらえる訳ではありませんよね?」
「可愛げのねぇ、お嬢様だな。まぁ、お前さんの言う通りなんだけどな。この馬車は、ここで
「そうですか。すぐに国外に出されないのであれば、少しは……期待が持てますね」
「残念だが助けは来ねえよ。今までに露見したことは一度もねぇ。それにしても――」
セビージャはシシリアに近付き、まじまじと顔を眺めていたが、唐突に彼女の胸を鷲掴みにした。
シシリアは身じろぎもせず、セビージャから視線を逸らさない。
「こいつは思わぬ拾い物をしたか? ただの世間知らずのお嬢さんかと思っていたが、違うな。その振る舞い、旅路で垣間見えた所作、きっちりと教育された高位貴族のお嬢様だったか」
セビージャは自分の考えに確信を得たのか、愉悦の表情を浮かべて手を放した。
「ルーデンベルグ辺境伯が三女、シシリア・フォー・ルーデンベルグです」
欲にまみれた男の目を見据えたまま、シシリアの口からその名前が告げられた。
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