第24話 ロイヤルハニーは最高です
夕食は『はちみつ酢肉』だった。
猪のお肉と各種野菜をロイヤルハニーとお酢、その他調味料を混ぜた特製のタレで炒めたものだ。
これがまた絶品で、僕はおかわりまでした。もちろんチェリーも。
「多めに作って良かったです」とメイドは嬉しそう。
妖精女王はスプーンに乗せたロイヤルハニーをチビチビと食べている。妖精は基本、花の蜜だけでも生きていけるし、そもそも人間のような食事は摂らない。
僕とチェリーはパンにもたっぷりとロイヤルハニーを塗って食べた。
「これ最高ね! あたし、こんな美味しい蜂蜜食べたことない!!」
チェリーは勢い余って机を叩いてしまう。
そしてメイドに頭を叩かれていた。
「机を叩かない。デザートなしにしますよ?」
「そ、そんなぁ」
チェリーが絶望的な表情を浮かべる。目の前で仲間が八つ裂きにされる寸前みたいな表情だ。
実際、僕と戦っていた時に見た表情である。
チェリーにとって、仲間とデザートは同じぐらい大切なのだろう。
「本気ではありません」
チェリーの表情があまりにも深刻だったので、メイドはすぐに自分の言葉を否定。
「妾、満腹だよー?」
机の上に座っている妖精女王が言った。
「あんたはいつまで居座る気よ?」
チェリーが呆れた風に言った。
「妾に帰る家はないぞ的な? どうせ人間に滅ぼされるし? でも妾だけ助かればそれでいいよね?」
「ビックリするぐらいクズだね君!」
僕が支配していた頃の妖精女王は、もう少し大人しかったので、こんなにクズだと全然気付かなかった。
まぁ、話をする機会もそんなに多くはなかったけれど。
「まぁでも」チェリーが言う。「助けてはあげたいのよ? 愚かな人間たちから助けてはあげたいのよ?」
「あ、ちなみに僕はもう役目を果たしたと思ってる」
危機を知らせてあげたのだから、あとは自分たちでどうにかしろと。
人間とちゃんと話し合うなら、僕が人間の王様を引っ張り出してもいい。でも、妖精女王にその気はなさそう。
「じゃあ、勇者よろしくー」妖精女王はリズミカルに言う。「他の妖精たちにはー、妾のおかげで助かったって、ちゃんと伝えるぞ的な?」
「こういう態度だから……」チェリーが溜息を吐く。「助ける気が……」
「分かるよ」僕はチェリーを見詰めて言う。「僕はもう妖精たちのためには何もしないけど、君のためなら何でもするよ?」
「じゃあ裸踊りして!」チェリーは頬を染めて慌てたように言う。「元魔王の超絶裸踊りスペシャルバージョン!」
「それ本当にして欲しいの!?」
「冗談よ!」
「分かり易い冗談で本当に良かった!」
「冗談というか、照れ隠しでしょうね」とメイドがボソッと言った。
「ま、まぁ、あれだよ」僕が言う。「君が助けたいなら、手伝うって、そう言いたかっただけ」
「あたしの本心は、妖精たちを助けたい、って言ってるわね。自分に正直に生きるって決めたから助けるけど、どう助けるのがいいかしら?」
「お任せするぞぉ」
妖精女王はまたリズミカルに言った。
もしかしてロイヤルハニーで酔っ払ったの?
いやまさか。さすがにそれはないか。
「人類滅ぼせば良いかと」とメイド。
「それは却下!」とチェリー。
僕も当然、却下だ。人類という括りだと、村人も入ってしまうじゃないか。
もちろん、村人さえ助かればいいなんて思ってないけれど。
「話し合いがいいと思うよ」僕が言う。「もちろん、僕たちはお膳立てをするだけで、妖精女王がしっかりきっちり片を付ける感じ」
「決裂したら?」チェリーが言う。「てゆーか、ほぼ間違いなく決裂するわよ?」
「魔王軍を復活させれば良いかと」メイドが言う。「妖精界どころではなくなるでしょう」
「それはゴメン、僕が嫌」
せっかく自由になったのだから、再び不自由な時代に戻りたくはない。
「実際に復活させる必要はありません」メイドが言う。「そういう風に振る舞えばいいだけです。人間の注意を引くために」
「それ結局、僕が解決しちゃうよね? 妖精たち成長しないよ?」
「レナード」メイドが真面目に言う。「妖精に成長を期待してはいけません」
「そうそう! 妾たちに成長とか! クッソ笑えるぞ的な!」
妖精女王が立ち上がって、胸を張ってそう言った。
チェリーが妖精女王にデコピンして、妖精女王がコロコロと転がる。
「仕方ない。じゃあもう僕がちゃちゃっと片付けてくるよ」
手っ取り早いが妖精たちは何も学ばないし成長しない。それは生物としてどうなの、って疑問は残るけれど。
それでもメイドの言う通り、妖精に成長を期待するのもアホらしく思えた。
「いいのレナード? 嫌じゃない? 平気?」
チェリーが心配そうに言った。
「平気だよ。僕は妖精のために動くわけじゃないし。僕も自分に正直に生きるって決めたからね。僕は君の願いを叶えるために動くんだよ」
「じゃあ、あたしの装備も取り返して!」
「ここぞとばかりにお願いしてくるね君!!」
「あたしの願い、叶えてくれるんでしょ!?」
「そう言ったけど! そう言ったけども! 遠慮しようか!? 少し遠慮しようか!」
まぁ、別にチェリーの装備を取り戻すのはいい。以前、それを考えたこともある。少しの手間でチェリーが喜ぶなら、僕はその手間を惜しまない。
「では早速、明日片付けてください」メイドが言う。「そして私たちの日常に戻りましょう」
「明日!?」と僕。
「早い方がいいでしょう? レナードもチェリーも、気にしているようですし」
メイドが食後の紅茶を出して、空になった食器を片付ける。
「さすがに明日はないよ。もう少しのんびりさせて」
言ってから、紅茶を一口飲む。
そうすると、口の中にロイヤルハニーの甘味が広がった。もちろん、紅茶本来の味を損なうほどの甘さではない。最適な量だ。さすがメイド。
「素晴らしいマリアージュだね」と僕。
「気取っちゃって」
チェリーが笑いながら紅茶に口を付ける。
「なにこれ!? 最高のマリアージュじゃないの!!」
「気取っちゃって」
僕はチェリーを指さして、小さく笑った。
「マリアージュって何ぞ的な? 妾、難しい言葉は分からないぞ的な?」
妖精女王が首を傾げた。
「結婚って意味だよ」僕が言う。「あとは、ワインと料理の相性とか、組み合わせがいいってこと。使い方は、さっき僕とチェリーが使った感じ。ちなみに僕とチェリーは冗談で言ったんだよ。普段使わない、ちょっと気取った言葉だから」
「魔王と勇者のマリアージュも素晴らしいかと」
ニヤニヤと笑いながら、メイドが言った。
メイドって、明らかに僕とチェリーをくっつけようとしてるよね? でもなぜだろう? 理由が思い付かない。
◇
僕は妖精女王と一緒にお風呂に入った。
妖精には性別がないし、普段から裸なので、全然嬉しくない。
でも妖精女王は僕の裸を見て興奮し、バスルームを飛び回って、壁にぶつかって墜落した。
そして今は僕と湯船に浸かっている。
「ねぇねぇ魔王様」
「なんだい?」
温かいお湯の中で、僕の気は緩みまくっている。
「勇者チェリーとはもうぶちかましたの? 性的な意味で」
「その言い方はどうなの?」
まぁ、どうせ魔物から覚えたのだろうけど。
「ねぇねぇ魔王様」
妖精女王はお湯から出て、僕の頬に身体をスリスリと寄せた。
「どうしたの? のぼせそうなら、先に出ていいよ?」
「ありがとうございます。妖精を代表して、お礼を言います」
「お風呂一緒に入ったこと?」
「いえまさか。人間たちから救ってくれることですよぉ」
「いいよ。それにお礼ならチェリーに」
「もちろん」妖精女王が微笑む。「勇者チェリーに救われるのはこれで2度目ですから」
「僕の知ってる妖精女王だ」
「役割ですよぉ。レナードやチェリーと同じ。妾もこういう役割を演じていた」妖精女王が、少し切ない声で言う。「だから、どうか本当の妾を嫌わないで」
「僕、君のこと嫌いって言った?」
「いいえ」
「というか、自分を貫くなら嫌われる勇気も必要だよ」僕が言う。「本当の僕を見て、去って行く奴は元から仲間でも友人でもない。上辺だけの付き合いだったってこと。だから君も勇気を持って」
「はい。魔お……レナードが相変わらず優しいヒトで良かったなぁ的な?」
妖精女王は僕の頬にキスをした。
妖精は滅多にキスをしない。それは魔力を帯びた祝福だから。
ちなみに、キスの効能は元気になること。肉体的にも精神的にも。
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