第6話 魔王と勇者の食事模様
僕とチェリーの釣った(正確には手づかみした)魚は、メイドの彼女が料理してくれた。
食事スペースのテーブルに、魚の煮付け、フライ、塩焼きが並んでいた。
外はすでに日が落ちていて、各家庭の明かりだけ。
静かな夜だ。僕はこの村の夜が好きだ。
もう少し暑い時期になると、虫たちが音楽会を開く。それもまた、いい感じなのだ。
「うっそー! すごく美味しそう!!」
チェリーは椅子に座って、さっそくフォークに手を伸ばす。
その手を、メイドが右手でピシャリと叩いた。
チェリーはなぜ叩かれたのか理解できず、目を丸くする。
メイドはチェリーをスルーして、左手に持っていたサラダの大皿をテーブルの中心へと置いた。
それからキッチンに戻って、取り皿を僕とチェリーの席に並べる。
チェリーは困ったようにキョロキョロしている。
僕はチェリーの対面に座って、微笑む。
「まだ準備中だから」
「えっと、だから叩かれたの? あたし」
「そう。メイドの彼女は、チェリーがつまみ食いしようとした、って認識」
「ち、違うわよ!? あたし、もう食べていいのかと思っただけだからね!?」
チェリーが慌てて、メイドの方を向いて言った。
メイドは淡々とした表情で、大皿にトングを立てかける。
そしてピッチャーのアップルジュースをコップに注ぐ。
僕の分と、チェリーの分。
メイドはテーブルをチェックし、僕を見て、チェリーを見て、何度か頷く。
「召し上がれ」とメイド。
「頂きます」と僕。
「いただきまーす!」とチェリー。
チェリーは食事が本当に楽しみだったようで、すごくハイテンションだ。
チェリーはバクバクと料理を平らげていく。
さすが勇者、食べっぷりがいい。
おかしいな、普段はあまり食べないとか言ってなかったっけ?
まぁ、いいか。
「うん。美味しい。さすがだね」
僕がメイドの方を見ると、メイドはコクンと頷いた。
料理に関して、うちのメイドは天才的。
というか、家事なら全て天才的にこなす。
「しゅっごぉぅく」チェリーが食べながら喋る。「おいひぃい!」
ゴクン、と呑み込んだところで、メイドがピシャリとチェリーの頭を叩いた。
「えー!? 褒めたのにどうして叩くのよ!?」
「呑み込んでから話しましょうね」メイドが言う。「分かりましたか?」
「はぁい……」
メイドは僕が幼い頃から、僕の面倒を見ていた。
そう、彼女は教育係も兼ねていたのだ。
おかげさまで、僕のマナーは割といい。魔物的には! だけどね!
人間のマナーは実はあまり知らない!
でも大差ないよね、きっと!
しばらく、僕とチェリーは無言で食事を進めた。
お皿が空くと、メイドがすかさず片付ける。
コップが空になると、メイドが即座にジュースを注ぐ。
「……魚って、こんなに美味しかったのね……」
チェリーがしみじみと言った。
「勇者なら、色々な街でおもてなしがあったんじゃないの?」
僕は不思議に思って聞いた。
「あったけど……なんか、忙しくて……味わえなかったって言うか……」チェリーが困ったように笑った。「騒がしかったり、偉い人の話が長かったり……、あたしも、ほら、良い子ちゃんだから、話しかけられると食べるより話に集中してて……」
「なるほど。食べることに集中できなかったんだね」
「そう! それよ! 今みたいに、ただ味わって食べるってのが、あたしには難しかったの!」
「そっか。僕も似たようなものだったよ。だから、この村で1人、下手な料理でもすごく美味しいと思ったんだ。あ、メイドの君がまだいなかった時の話ね」
僕はメイドをチラリと見たが、メイドの表情に変化はない。
「思えば、あたしいつも頭の中で違うこと考えてたなぁって思うわ」
「僕をどうやって殺そうか、とか?」
「そう。大抵は未来のことね。たまに後悔した過去もだけど。あとは、あたしの命を狙った魔王軍が襲って来ないかとか……」
「そっか。僕は賢者を名乗るに当たって、色々な文献を読んで勉強したんだ」
「うん?」とチェリーが首を傾げた。
「知的生命体は1日のうちに、凄まじい数の思考をする。そしてその思考の多くが、未来、過去、妄想に分類される。けれど、それらはどれも実在しない」
「実在、しない?」
「そう。妄想は当然として、今、ここに未来はない。過去も同じく。存在していないのと同じさ。つまり、実在しない何かに囚われる必要はない、ってこと」
「……じゃあ、王子のことも忘れていいってこと?」
「もちろんだとも。今、ここに君を追う者はいない。この家にいる間は、今の瞬間に集中していいんだよ?」僕は微笑みを浮かべて言った。「誰も君を襲ったりしないし、攻撃したりしない。緩みすぎると、メイドが叩くけど、それほど痛くはないよね?」
「……うん」
チェリーは少しだけ嬉しそうに頷いた。
「未来の心配はしなくていい。何かあっても僕が守るしね」
「へ?」
チェリーの顔が真っ赤に染まった。
突然だったので、チェリーの体調が悪くなったのかと思って、僕は慌ててメイドを見た。
すると、メイドはニヤッと笑っていた。
なんで笑ったのか不明だけど、チェリーはきっと大丈夫だ。
大丈夫じゃなかった場合、メイドが何かしらの処置を行うから。
「ありがとレナード」チェリーが俯いて言う。「嬉しいけど、やっぱり心配は心配かな……」
「ふむ。じゃあ近いうちに心配の種を破壊……違うな、えっと……」
「王子の抹殺」とメイド。
「いや違うし!」僕は慌てて言う。「そんな物騒なことしないよ!? 僕、平和主義者だからね!?」
「暗殺でしたか」とメイド。
「どっちにしても殺す気満々! 僕はそんなことしないよ!? そうじゃなくて、早めにチェリーを僕の嫁として認識させるってこと。勇者チェリーじゃなくて、賢者レナードの嫁、って認識を村人に持たせるってこと」
「髪型も変えた方がいいでしょうね」メイドが言う。「万が一、国軍が来た時、別人だと言い張るために。明日から私が結んで差し上げます」
「ありがとう、2人とも……。なんか、あたし今、すごく嬉しい」
チェリーは両手を自分の胸で重ねている。
心が温まった、的なジェスチャーだろう。
「まぁ、王子殺す方が早いんですけどね」メイドがボソッと言う。「もしくは国軍を崩壊させるとか」
非常に物騒だけど仕方ないよね!
メイド魔物だもんね!
仕方ないよね!
生粋の魔物だもんね!
「どちらにしても」とメイド。
選択肢2つないよね!?
殺す選択肢ないからね!?
「全ては明日からですね。お風呂は2時間後でよろしいですか?」
「お風呂あるの!?」
チェリーが勢い余って立ち上がった。
チェリーの目はキラキラと輝いている。
「そういやチェリー、ちょっと臭いよね」
僕は魚を抱いたせいで生臭い、という意味で言ったのだけれど。
「う、うっさいわね!! 逃亡生活してたんだから、悠長にお風呂屋さんとか行けなかったのよ!! 仕方ないでしょ!!」
チェリーは再び顔を真っ赤にして怒鳴った。
「言い方」とメイドが溜息を吐いた。
「あ、てゆーかあたし、着替えとかないんだけど……」
ふと我に返ったチェリーが、苦笑いしながら言った。
それは僕も完全に完璧に忘れていた。
「ひとまず、寝間着はレナードのを着ればいいでしょう」メイドが言う。「下着は諦めてください。明日、私が買い出しに行きましょう。服や寝間着も一緒に」
「あ、ありがとうメイド!」
チェリーはメイドに抱き付いた。
そしてほおずり。
メイドは迷惑そうに顔を歪める。
「そっちの趣味はありません」
メイドがチェリーを押し退ける。
「お風呂は2時間後でよろしいですね?」
「はぁい!」
なぜかチェリーが嬉しそうに返事をした。
僕は肩を竦めてから、「いいよ」と言った。
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