第5話 勇者は無駄遣いがお好き
「つまんなーい!」
地面に座ったまま、チェリーが頬を膨らませた。
チェリーは竿を握っているのだが、一向に当たりがないのだ。
「たーいーくーつ!!」
チェリーが竿を左右に動かしながら言った。
「ま、釣り好きでなければ、そう思うだろうね」
「レナードは釣り好きなの?」
「普通」
まだ釣りの楽しさが分からない。いつも全然、釣れないし。よって、いつも最後は諦めて別の方法で魚を獲る。
「普通なんだ!?」
「人間たちが割と楽しそうに釣りしてるから、僕もいつか好きになるかな? って思ってやってる感じ? ってゆーか、根本的には夕飯のために釣ってる。嫌いじゃないけど、趣味でもないかも、って感じかな」
僕は肩を竦めた。
生き物を殺す趣味はない。
狩猟にせよ、山菜採りにせよ、魚釣りにせよ、僕自身が生きるためにやっている部分が大きい。
「じゃあ、もうパァッと楽に獲って帰りましょ」
チェリーが立ち上がり、竿を僕に渡す。
僕はそれを受け取り、地面に置いてから立ち上がる。
「どうするの?」
僕が聞くと、チェリーは右手に魔力を溜めた。
「雷撃したらいっぱい浮いてくるでしょ!」
「いやいやいや!!」
僕は慌ててチェリーの右手を掴んだ。
「どうして掴むのよ?」とチェリー。
「君の雷撃は威力が強すぎる」と僕。
「ちゃんと手加減するわよ?」
「それでも生態系が狂うレベルの威力だからダメ」
「そ、そんな……。あたしの唯一の得意魔法なのに……」
チェリーはシュンと縮こまってしまった。
同時に、右手に溜まっていた魔力も霧散。
僕はホッと息を吐いてから、チェリーの手を離した。
「得意魔法なのは知ってる。僕も何度か喰らったからね。死ぬかと思った」
「ごめん、殺すつもりは……あったわね」
「うん! そうだよね! 殺し合ってたもんね!」
ガチのガチで相手を殺そうとしていたのだ。
勇者と魔王は相容れない。仕方なかった。
「でも、そのことはお互い忘れてようって話でしょ!?」
「そうだね! 忘れよう! 悪かった!」
お互いがお互いに酷いことを散々してきたのだ。
でも、僕たちはそれぞれの役職を離れ、今は一緒にいる。
勇者でも魔王でもない、ただのチェリーとレナードとして。
「ま、それはそれとして」僕が言う。「真面目な話、雷撃は明らかにオーバーキル。手加減してもこの湖の生物、絶滅するよ?」
「弱肉強食ってことで」
「いやいやいや!! ただの虐殺だからね!? てゆーか、魚2匹獲るために雷撃するのって、たとえるならキャベツ刻むのに聖剣使うレベルの無駄遣いだからね!?」
「……あたし、聖剣でキャベツ切ったことあるけど?」
「あるんだ!? 昔からそういう無駄遣いが好きなタイプか!」
まいったな。実にまいった。勇者というのは、案外と常識がないのかもしれない。
魔王……つまり僕を倒すためだけに生きていたわけだから、仕方ない部分もあるけれど。
「なんなら林檎の皮も聖剣で剥きましたけどぉ!?」
「旅してる勇者なら、果物ナイフぐらい持っておこうね!!」
「魔王倒すのに果物ナイフとかいらないでしょ! あたしの目的は、あくまでもレナード抹殺だったんだからね!?」
「確かに僕は果物ナイフじゃ死なないけどね! ってまた蒸し返してる!」
「ご、ごめん」とチェリー。
「僕こそごめん。言い過ぎたかも。とりあえず、もっと安全な方法で魚を獲って帰ろう。ちなみに無駄遣いでもないスマートな方法だよ」
言いながら、僕は湖を見た。
僕にとってはいつもの、って感じ。
釣れなかった日はコレで魚を獲るのだ。まぁ、毎回だけどね! 毎回釣れなかった日だけどね!
僕は右手を高く掲げる。
チェリーが僕の右手を凝視している。
僕は魔力を集中し、そして、右腕を振り下ろす。
「って!! レナードが湖割ったぁぁぁぁ!! しかも魔法でも何でもなく、ただ魔力を放出しただけで湖割ったぁぁぁあ!!」
チェリーが叫んだ。
そしてその言葉通り、僕は湖を真っ二つに裂いた。
割れた部分の幅は3メートル程度だが、向こう岸まで続いている。
「全然これ無駄遣いだし!」チェリーが叫ぶ。「どう見ても無駄だし!! 魚2匹獲るために湖割るとか!! しかも放出した魔力をそのまま固定!? レナードって何者!? って魔王かぁぁぁぁ!!」
チェリーは1人で楽しそうである。
ちなみに、湖の割れた部分は当然、底の地面が見えている。
そして底では、運の悪い魚たちがピチピチと跳ねていた。
偶然たまたま、僕が割った3メートルの幅の付近にいた魚たちだ。
「あたしの雷撃をオーバーキルだの何だの、散々こき下ろしたくせに!!」チェリーが喚く。「なんなら雷撃より凄いことしてるし!!」
おっかしーなぁ。
コレ、そんなに言われるほど凄いか?
ただ湖を割っただけなんだけどなぁ。そして割ったままにしているだけのこと。
僕は不思議に思いながら、軽くジャンプして湖の底へ。
目に入る範囲で、一番大きな魚を抱き上げる。
チェリーも僕に続いて底に着地。
そして僕と同じように魚を抱き上げた。
「魚は触れるんだね」と僕。
「当たり前でしょ。普段から食べるじゃない、魚は」とチェリー。
見慣れている、ということか。
魚がチェリーの胸の中でビチビチと跳ねるが、チェリーは割と平気な顔で魚を抱き締めていた。
僕はジャンプして湖の畔に戻る。
チェリーも僕と同じようにジャンプ。
チェリーが戻ったのを確認してから、僕は湖を元に戻した。固定していた魔力を霧散させたのだ。
「今の絶対に無駄遣いだから」とチェリー。
「何の?」と僕。
「魚釣りの! もしくは魔力の!! あるいは人生の!!」
「いや、今のは普通だし、全然無駄じゃないよ? 生態系へのダメージもほとんどないし。魚が2匹死んだだけだよ」
僕が言うと、僕の抱えている魚が激しく跳ねた。
まるで、「まだ生きてる!」と突っ込みを入れるかのように。
「有り得ない!!」チェリーが叫ぶ。「魚獲るために湖を割るなんて有り得ない!! そんなの、聖剣で林檎の皮を剥くより酷い!! やっぱり魔王って常識がないのね!!」
「そんなことないと思うけど……って、まぁどっちでもいいよ。君、案外あれだね。細かいこと気にするね」
そして、勇者にだけは常識がないとか言われたくない。
「酷い!! レナードが先にあたしの雷撃を自然破壊魔法みたいに言ったのに!」
実際、自然破壊魔法じゃないか。
僕は強くそう思ったけれど、言わなかった。
「とりあえず、魚をシメるよ。見てて」
僕は地面に魚を置いて、屈んで足で踏みつける。
それから、道具箱に手を伸ばしてナイフを取った。
「シメるって殺すってことよね?」
「そうだよ。抵抗あるなら、今日は見るだけでいいよ。君のも僕がシメる」
まぁ、チェリーは元勇者だし、生き物を殺すのはきっと嫌だろう。
僕は元魔王だけど、殺すのは好きじゃない。
それでも、自分が生きるためなら僕は手を汚せる。
「そんな風に気を使わなくて平気よ? だってあたし、知ってるでしょ? 今までにどれだけの魔物を殺したか」
チェリーが少し悲しそうに言った。
「まぁ、そうだね」と僕は曖昧に笑う。
「ま、でも勇者は良い子ってイメージがあって」チェリーが慌てて、明るく言った。「あたし魔物以外の生き物は殺したことないのよね! だから初は初なのよね! 心配してくれてありがと! でも大丈夫だから!」
「そっか」
「てゆーか、自分の食べ物ぐらい自分で殺したいし、あたしだって!」
「良い心がけだね! 気持ち的にはサバイバル生活できそうだね君!」
僕は少し驚いた。
「早くやり方教えてよ!」
「神経の集まっている場所に一撃」
言いながら、僕はナイフで魚を刺し殺した。
「魚が痛みを感じるかどうかは知らないけど、苦しまないよう、なるべく手早く、正確に刺すのがコツだよ」
「刺す場所は覚えたわ」
チェリーがウンウンと頷く。
「血抜きとか、わたぬきはメイドの彼女がやってくれるから、このまま急いで持って帰る」
僕は魚からナイフを抜く。
「はーい」
チェリーは自分の抱いている魚を地面に落として踏みつける。
そして右手を差し出す。
「え? 何? 握手?」
「……いや、ナイフ貸して欲しいんだけど……」
「あ、そっか、そうだよね!」
僕は慌てて、ナイフをチェリーに渡した。
もちろん、渡す時は刃の部分を僕が持った。
チェリーに向けたのは柄の部分だ。
「それっ!」
チェリーは何の躊躇もなく魚を抹殺した。
それはそれは、手際よく抹殺した。
正直、僕より上手なんじゃないかな?
「何? あたし、間違った?」
僕がジッと見ているので、チェリーが少し不安そうに言った。
「いや、大丈夫。むしろ、天才的」
「え? そうなの? ま、まぁ、あたしってば刃物扱うの得意だし? 今は持ってないけど、聖剣ならもっと上手に魚殺せる自信あるわよ?」
「うん、そんな無駄遣いしなくていいからね!? 魚はナイフで十分だからね!?」
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