第12話 勇者は武具が好きなようです


 今日はよく晴れていて、木々の間から漏れる光がとっても綺麗に揺れている。

 山の空気は澄んでいて、つい深く呼吸してしまう。

 チェリーも同じだったようで、ゆっくりと深呼吸していた。

 風が吹くと葉っぱが擦れてガサガサと音がする。餌を求める鳥たちの泣き声や、昆虫たちの気配。

 そして。

 地面を揺らすような足音。

 チェリーがビックリしたように音の方を見た。


「猪だよ」と僕。

「美味しい?」とチェリー。


「うん。野生動物の中ではかなり美味しいよ。そりゃ、家畜には負けるけどね」


 僕は小さく肩を竦めた。

 独特の臭みがあるけれど、慣れればどうってことはない。


「って! 猪こっちに向かって来てるんだけど!?」


 チェリーが悲鳴みたいに言った。

 ふむ。猪は本来、とっても臆病なので突撃してくるのは珍しい。こちらが何か挑発行動をしなければ、大抵は逃げ出すのだけれど。

 え? 僕らの深呼吸が挑発だったとか?

 そんなわけないよね? いくら元魔王と元勇者でも、深呼吸する権利ぐらいあるよね?


「どうしよう!? どうしようレナード!?」

「倒せばいいと思うよ」


 どうせ狩るのだから、猪の突撃はむしろ好都合。逃げる猪を追うより、ずっと簡単に終わる。


「あ、そっかぁ!」


 チェリーは自分が何者か思い出したようだ。両掌を胸の前でパチンと叩き合わせ、気合いを入れる。それから突進してくる猪を見詰めた。

 そして、猪がチェリーを撥ねようとした瞬間、猪は宙を舞った。

 チェリーが蹴り上げたのだ。

 猪は空中でクルクルと回転している。

 うーん、非常に軽やかに回っている。

 チェリーがジャンプして、高さ的に猪を追い越す。


「必殺!! ってほどじゃないけど!! 踵落とし!!」


 チェリーが叫び、空中の猪に追撃。

 猪は凄まじい勢いで地面に叩き付けられて、そのまま息絶えた。

 さっそく肉が狩れてしまった。さすが勇者。

 チェリーが綺麗に着地。

 数多の魔物をブチ殺してきた勇者だけあって、猪など敵ではない。


「ね? 武器いらなかったでしょ?」


「本当だ!」チェリーが驚いた風に言った。「あたし、素手で倒しちゃった!」


「僕はたぶん、君以上に君の力量を知ってると思うよ」

「え? 何そのあたしのことなら何でも知ってるストーカー風の言い方」

「ストーカー違うよ!? 君とは戦ったからね!? だから分かるって意味だよ!?」


 チェリーはジーッと僕を見詰めた。


「違うってば!! 君をストーカーしたことはないよ! そりゃ、敵だったから部下に君の動向を調べさせたりはしたけどさ!!」

「ほらやっぱり!!」

「いやいや! それ言うなら君だって僕の部下から僕の情報聞き出したよね!?」

「それは倒すためよ」

「僕もそうだよ!」


 チェリーはやっと、納得した風に「あぁ」と頷いた。

 僕は小さく溜息を吐いた。


「ところで、猪どうするの? かついで帰るの?」


 チェリーの言葉で、僕は猪の死体に目を向ける。

 ゴワゴワした黒っぽい茶色の毛。体長は1メートル前後。丸々と太っている。そして、周囲に獣臭が漂っている。

 当然、獣臭の発生源はこの猪だ。


「解体する」

「解体しちゃうの!?」

「全部メイドに任せるわけにはいかないからね。とりあえず、逆さまに吊して頭を落として血を抜いて、川で洗って、内臓を抜いて皮を剥いで、分割して持って帰る」

「割と大変そう!」


「そう。生きるって大変なんだよね」僕が肩を竦めた。「そもそも僕たちは他者の命を奪わなければ生きていけない。その時点で大変」


 生物を殺して食べる。そういう風にできている。

 メイドみたいに、魔力が主食なら少しは楽かもしれない。あまり殺さなくていいから。


「そうよね。あんまり意識したことなかったけど、あたしらって、殺さなきゃ生きられないんだね。なんか、ちょっと悲しくなってきたかも」

「でもそれが自然だよ。この猪だって、草食寄りの雑食だから、多くの植物を食べてる」


 僕はこの世界のシステムに納得している。そりゃ、僕が世界を創造できるなら、もう少しマシなシステムにするけれど、僕は創造主じゃない。

 元魔王で、今は田舎暮らしの賢者だ。


「だよねー。でも、じゃあ、せめて」


 チェリーは地面に片膝を突き、両手を顔の前で組んだ。


「お祈りします。あなたの身体、無駄にしないと約束します。まぁ、許してはくれないだろうし、あたしらも食料必要だから、謝りはしないけどね」


 チェリーが立ち上がる。


「よし、じゃあ吊るそうか」


 僕はチェリーのバックパックの中からロープを取り出す。そして手早く猪を吊るす。僕も腕力には自信があるので、猪を吊るす作業はさほど辛くない。

 そして僕は背中の剣を抜く。


「ああああああ!」チェリーが叫ぶ。「また黄金!! 刀身から柄まで全部金!! まぁ、柄が金だったから怪しいなぁって思ってたけど!! 魔王って金の武器しか使っちゃいけない決まりでもあるの!?」


「そういうわけじゃないけど……」


 確かに、僕の抜いた剣は金色である。刀身にはルーン文字が刻まれていて、妖しく煌いている。

 この剣、夜でも刀身がキラキラしてるから、明かりの代わりに使える。でも言わない。きっと無駄遣いって言われるから。


「それも泉の女神様がくれたの!?」

「いや、これは有名な魔剣で、ティルフィングって知らない?」


「知ってるわよぉぉぉぉ!! 伝説級の魔剣じゃないのぉぉぉ!!」チェリーが言う。「絶対に刃毀れしないし、鉄でも簡単に切断できる!!」


「そうだよ。よく知ってるね。まぁ有名だもんね、この剣」


 実戦ではほとんど使わなかったけれど。

 理由は単純で、武器は山ほどあったから、あえてこれを選ぶ理由が特になかった。

 あと、


「てか、それ呪われてるんじゃないの!?」


 そう。かなり強力な呪いがかかっていたのだ。


「まぁ、魔王城から持って出た時に解除したけどね」


 ちなみに、この剣を持って出た理由は金の斧と同じで、「困ったら売ろう」だ。金色だから高く売れそうな気がしたんだよね。

 幸い、一緒に持って出た宝石類だけでも十分な額になったので、武器は売らずに済んでいる。


「強力な呪いも魔王の前ではサッと拭き取られるぅぅぅ!!」チェリーがジタバタと手足を動かした。「あたしなんて、仲間が呪われた時、すっごい大変だったのに!! こんなことなら、レナードに解除してもらえば良かった!!」


「いや、当時の僕らは敵同士だから無理じゃないかな」

「そっか! そうだよね! じゃあレナード、せめてその剣、あたしに使わせて!!」


 チェリーは瞳をキラキラと輝かせながら言った。

 あ、もしかしてチェリーって武器好きなのかな?


「どうぞ」


 僕はティルフィングをチェリーに渡した。


「あー、伝説の重み!! 本来なら呪われた武器だから、あたし使えないのに、使える嬉しさ!!」


 チェリーは楽しそうにティルフィングを振り回した。

 危ないので、僕は少し距離を取る。


「そういえば、チェリーの武具はどうしたの?」


 確か、聖剣やら古の盾やら、色々とすごい装備だったはずだが。


「……没収された……」チェリーが唇を尖らせて言う。「世界が平和になったから、こんな強力な装備は国が厳重に管理するって……」


「なるほど。君の装備って個人にはちょっと強烈だもんね」

「金の斧とティルフィング完備してる人に言われたくないし!? てゆーか、あたし勇者って役職は嫌だったけど、いい感じの武具を使えるのだけは嬉しかったのに!!」


 あ、やっぱり武具好きなんだね。正確には、強力な武具。

 僕は逆に、武具には興味がない。


「ま、とりあえず猪の頭落とそうか」


 僕が右手で猪を示す。

 猪は逆さまに吊るされたまま、寂しく揺れていた。

 まぁ、もう死んでいるので猪は何も感じていないけれど。


「オッケー! いっくわよぉ!」


 チェリーはとっても綺麗な軌跡を描き、ティルフィングで猪の頭を落とした。

 そんなに武具好きなら、没収されたチェリーの装備を取り返してあげたら喜ぶかなぁ、なんてことを僕は考えた。

 なぜだろう?

 チェリーを喜ばせたい、という気持ちが湧くのが不思議だった。

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