第13話 肉と山菜と願い事
僕とチェリーは山菜を集めていた。
「ねぇチェリー。王子のことを聞かせてくれる?」
「なんで?」
僕は手を止めなかったけれど、チェリーは動きを止めた。
サラサラと風が吹いて、ユラユラと草木が揺れる。木漏れ日でチェリーがキラキラしているように見えた。
「僕も会ったけど、性格悪そうだなって思ったんだよね」
「極悪よ、あいつ」チェリーがムスッとして言う。「自慢ばっかりだし、自意識過剰だし、スケベだし、すっごいムカツク奴よ。デートなんかしたくなかったもん。あいつと結婚なんて鳥肌立っちゃう」
「そんな奴に押し倒されたら、そりゃ殴るかぁ」
僕はうんうんと頷いた。
きっと僕が女の子でも、王子に押し倒されたら殴る。僕は比較的、平和主義者だし大人しい生き物だけれど、それでも殴ると思う。
「まぁ、若干後悔はしてたけど……」
チェリーが苦笑いした。
「だよねー。殴ったせいで、まさかのお尋ね者になっちゃったしね」
「うん。でも今は後悔してないどころか、殴って良かったなぁって思ってるわよ?」
「え? なんで?」
その発言には正直驚いた。
殴ったのは仕方ないにしても、殴らずに済むならその方がいい。
だって、穏便に解決していたならば、チェリーは今でも元勇者として人々の尊敬を集めていただろうから。
「レナードに会えたし、レナードが割といい魔王だって分かったし、この暮らし好きよ? まだ2日目だけど」
「君さえ良ければ」僕は何も考えずに言った。「ずっと居てくれていい。なんなら、君の部屋を増築するよ?」
1人で暮らしたかったはずなのに、僕はどうしてそんなことを言ったのだろう?
自分でもよく分からなかった。何も考えていない。ただ、口から出た。
チェリーが少し頬を染めて、モジモジしてから言う。
「……ありがと……。人生って、妙よね……。あんだけ憎み合ってたレナードが、あたしを助けてくれるんだもん……」
「僕も、君と分かり合えて良かったと思ってるよ」
僕はずっと、山菜を探して採集するという作業を続けながら喋っていたのだけど、小さく息を吐いて背伸びをした。
「あ、そうそう。王子が進軍するって言ってたけど、訓練か何か?」
「え? どうだろう? そうなのかな?」チェリーが言う。「確か、世界は平和になったけど、人類の戦う力が落ちないように訓練は怠らない、みたいなことは王様が言ってたわね」
「へぇ。訓練なら、いいんじゃないかな。いざって時に弱いよりは強い方がね」
田舎で平和に暮らしていても、ごく希に危険に巻き込まれたりするのだ。
たとえば、ドラゴンが出たから助けてくれ、と言われたりね。今回はたまたま知っているドラゴンだったから戦闘にはならなかったけれど。
「でも進軍って言ったのよね?」
チェリーが首を傾げた。
「そう。でもあのアホ王子の発言だからね」
「あいつ何でも大げさに言うわよ?」チェリーが肩を竦める。「あたしに、嫁に来るなら金銀財宝で宮殿建ててやる、って言ったのよ?」
「とんでもない宮殿ができそうだね!」
「嘘に決まってるわよ。そんな贅沢したら国民ぶち切れちゃうわよ」
「まぁそうだろうね。昔の僕ですら、金銀財宝の宮殿は作らなかったからね」
「やっぱレナードはお金持ちだったの?」
「そうだね。というか、今も結構持ってるよ」
お金が足りなくなったら、金の斧とかティルフィングを売ればいいし、まだ宝石類も残っている。
「さすが魔王ね」
「まぁね、っと。そろそろ猪を解体して家に帰ろう。山菜は十分採れた」
「はぁい」チェリーがニコニコと返事をした。「あ、解体教えてね?」
「もちろん、って言っても、僕も素人だからね?」
「いいのいいの、あたしよりは上手なんだから」
◇
チェリーに猪の解体を教えると、チェリーはティルフィングを器用に扱って上手に猪をバラバラにした。
僕たちは内臓やら不必要な部位を埋めてから、肉と毛皮を担いで家に戻った。
家に入ると村長が待っていた。
村長は食事スペースのテーブルに座っていて、メイドの淹れたお茶を飲んでいる。
「おお、戻ったかレナード」
村長は50代の男性で、頭がツルツルだ。筋肉質な身体がよく分かるように、上は黒のタンクトップのみという装い。
下は普通の布のズボンに茶色いブーツ。
「村長、どうかしたの?」
僕は肉をメイドに手渡しながら言った。
メイドが肉を受け取り、キッチンに置く。
「おお、隣町の奴がうちに来て、レナードに昨日の礼を言っておいてくれと頼まれた」
「うちにも来ましたよ」メイドが言う。「でも留守だと伝えたら帰りましたね」
つまり、最初に僕の家を訪ね、留守だったから村長に伝言したということか。
チェリーが肉をキッチンに置いてから、毛皮をメイドに見せた。
メイドは少し考えてから、「レスタンに渡せば、売って来てくれます。現状、我が家に毛皮は不要です」と言った。
レスタンというのは、僕に布団をくれた狩人。猟師とも言う。
「そんなわけで、よくやってくれたレナード。儂も鼻が高い。まさかドラゴンを手懐けて連れて帰るとはな。さすが大賢者様」
ちなみにミロッチは今も外で子供たちと遊んでいた。実によく遊ぶなぁ、と僕は感心した。エンシェントドラゴンの幼体にも、人間の子供たちにも。
「とはいえ、ずっと置いておくつもりはないよ」僕が言う。「あのドラゴンは旅の途中のようだしね」
「ほう。ドラゴンが旅をする種族だとは初耳だ」
「そういう年頃なんだよ。世界を見て回りたい年頃。人間にもあるよね?」
「うむ。懐かしいのぉ。儂も若い頃は格闘家として色々な道場を荒らし回ったものよ」
「それはお元気なことで」
僕はあまり戦闘が好きではないので、わざわざ道場破りに行く人の思考は理解できない。
とはいえ、若い頃の村長を否定する気もない。
人それぞれってやつ。
「それはそれとしてレナードよ」村長が真剣な様子で言う。「お前の嫁さん、本当にめんこいのぉ」
「えへへ……」とチェリーが頭を掻いた。
褒められて照れているようだ。
「大事にしろよ?」言いながら、村長が立ち上がる。「それじゃあ、儂はそろそろ失礼する」
「お待ちを」メイドが引き留めた。「お肉、お裾分けしておきます」
メイドが包丁を投げて、チェリーが上手に柄をキャッチ。
君たち、危ないから包丁でキャッチボールみたいなことするの止めようね?
メイドは次に、肉の塊を投げた。チェリーが持って帰った小さい方の塊。
チェリーは華麗な軌跡を描き、包丁で肉を細かく切った。ステーキサイズ。約200グラム。それを数枚。
斬った肉はチェリーが左手で全て受け止める。
僕は紙袋を棚から取って、チェリーが斬った肉をその中に入れる。
「嫁さんは剣士か何かか?」
村長はチェリーの技に驚いていた。
「体力と腕力と武器の扱いには自信ある!」
チェリーが胸を張って言った。
「無名だけど、チェリーは剣士だよ」僕は紙袋を村長に渡した。「賢者の僕とは相性がいい」
「だろうな。ありがとうよ」
「いえいえ」メイドが言う。「今後ともよろしくお願いします村長」
メイドが挨拶して、村長はニコニコしながら帰った。
「さて、今夜食べる分は調理して」メイドが肉の塊を見ながら言う。「明日の分は置いておいて、それ以外は燻製と干し肉にしてしまいましょう」
「いいね。よろしく」
言いながら、僕は村長が座っていた席に腰を下ろす。
僕の対面にチェリーも座った。
「紅茶を淹れましょう」
メイドがテキパキと紅茶の用意を始める。
と、玄関をドンドンと叩く音。村長が戻ってきたのかな?
「僕が出るよ。紅茶をお願い」
玄関に向かおうとしたメイドを制して、僕が玄関へと向かった。
そしてドアを開けると、昨夜の兵士たちがいた。
「何か?」と僕。
「ああ、賢者殿。昨夜はありがとうございました」兵士の隊長らしき男が言う。「ところで、王子がこれを賢者殿に渡せと……」
隊長は僕に手紙を渡した。
僕は封を切って中を確認する。
要約すると以下のような内容だった。
◇
超強い賢者さんへ。
俺様たち、もうちょいしたら妖精界に攻め入るから、協力よろぴこ!
賢者さん、徴兵ね!! 国民なんだから、逆らっちゃダメだかんなー!!
妖精討伐軍総司令官カーランド・ランベリス。
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