第9話 メイドは強いようです
「いやいや賢者さん! エンシェントドラゴンって!!」
カーランド王子は笑いながら言った。
僕はミロッチがエンシェントドラゴンだと、カーランドに伝えた。
そして、ミロッチは人語を解するから話し合いに応じてくれた、とも。
しかしカーランドの反応から、ミロッチがエンシェントドラゴンであると信じていない可能性が高い。
僕の人望の問題ではなく、ミロッチがまだ小さいからだと推測。
「小さいのはまだ幼体だからだよ」
僕が空を見上げると、ミロッチが浮いている。
説明する時に、ミロッチがいると邪魔なので、空で待つように言ったのだ。
僕は地面に降り立って、カーランドの前に立っている。
「じゃなくて!!」カーランドが両手を振った。「伝説級のドラゴンじゃねーか!! ってか、魔王の次ぐらいに強い魔物じゃん!? なんでそんな簡単に賢者さんの言うこと聞くわけ!?」
「幼体だからだよ」
それで押し通す。
だって、以前同盟関係でした、と言うわけにもいかないし。
「幼体かもしれないけど!! なんかもうあんたの存在が規格外!!」
「僕は極めて普通の賢者だし」
「普通じゃねーし!? むしろ賢者さん、今度新しい魔王が生まれたら退治してくれよ!」
僕が魔王を退治するのはある意味、とっても笑えるけれど。
とはいえ、魔王の血脈、僕が最後の1人なんだよね。
まったく全然、僕とは何の関係もない強い魔物が、魔王を名乗る可能性もあるけど。
「まぁ、なんでもいいけど、とりあえず僕が責任持って連れて帰るから、町人たちにそう説明しておいて」
町まで行くの、面倒だし。
問題も解決したし、早く帰りたい。
「はいはい! 分かったよ賢者さん! とりあえずアレ渡せ!」
カーランドが言うと、兵士の1人が紙の束から1枚だけ僕に渡した。
その紙は手配書だった。
チェリー・ルート。元勇者。王族への暴行罪で指名手配中。
似顔絵はあまり似ていない。てか、本物のチェリーはもっと可愛い。
そして、懸賞金の額は割と高い。
「んじゃあ、そいつ見つけたら連絡よろぴこ!」ヘラヘラとカーランドが言う。「そのバカ女、俺様が抱いてやるってのに、パニクって俺様を殴り倒しやがったんだ。普通に顎砕けたっての! 魔法使いに回復魔法で治してもらったけどな!」
「へぇ」
顎、砕いたんだチェリー。
まぁ、チェリーは腕力高い系女子だからね。完全なる攻撃特化型。
「一生遊んで暮らせる額だから、マジで見つけたら連絡よろぴこ!」
すでに遊んで暮らしている僕には無用の長物だけれど。
「分かった。ところで、君は王都に戻らないの?」
僕の村まで来たら厄介だ。
チェリーは今後、僕の嫁という設定で過ごす。とはいえ、兵士は騙せても、さすがに王子本人は騙せない。
王子が直々に探しに来てるとか想定外。どんだけ悔しかったの?
カーランドが王都に戻らないなら、何か手を打たなければいけない。
「あー、それな」カーランドが小さく首を振った。「進軍の用意あるし、明日の朝から帰路に着く感じ? 兵士たちはまだ探すけどな!」
「そっかそっか」僕は微笑んだ。「気を付けてね」
よし! 邪魔者は帰る! 僕は何もしなくていい!
ラッキーだ。きっと僕の日頃の行いがいいからだろう。
若干、進軍という言葉が気になったけれど、大規模な訓練とかそんなのだろう。この平和になった世界で、攻撃する相手なんていないのだから。
「あ、そうだ賢者さん、今度、俺様に魔法教えてくれよ! 一応、先生いるんだけど、ちょっと気に入らなくてな!」
「断る」
言ってすぐ、僕は宙に浮き、速攻でミロッチの滞空している高度まで舞い上がった。
カーランドが地面で何か言っているが、僕は無視した。
僕のスローライフに、彼のような男は不要。
煩わしいだけだ。
「行こうミロッチ」と僕。
「火の玉は?」とミロッチ。
夜空では僕の創造した火の玉が煌々と周囲を照らしていた。
この高度だと、暖かいを通り越して若干暑い。
僕は指をパチンと弾き、火の玉を完全に消滅させる。
あっという間に星明かりと月明かりだけの、本来の夜の姿へ。
「うん。やっぱり自然が一番だね」
満天の星を見て、僕の心が少し安らいだ。
さぁ、大切な日常に戻ろう。何事も起こらない、平和で静かな時へ。
◇
「あら? ミロッチじゃないの。お父さんとお母さんは元気?」
自宅にミロッチを連れて帰ったら、チェリーが笑顔でそう言った。
ここは自宅の外。
僕の家の庭は低い柵で囲っているのだけど、今いるのは柵の外側。
柵の内側、つまり庭では苺や花や木を育てているので、ミロッチを入れたくない。
ミロッチがうっかり荒らしてしまったら、メイドがぶち切れる。
「お、勇者、お久」
ミロッチが嬉しそうにチェリーの顔を舐めた。
ちなみに、チェリーは寝間着姿だ。もちろん僕の寝間着。
サイズが大きいので、ダブダブなのだが、その姿も割と可愛らしい。
って。
そんなことはどうでもいい。
「君たちなんで知り合いなのかなー?」
僕はニコニコと笑いながら言った。
だって、エンシェントドラゴンは僕ら魔王軍とは同盟関係だったのだ。
勇者と仲良しなわけがない。
「だって、古の盾の在処とか教えてもらったもの」
チェリーが笑顔で言った。
「その盾、僕の魔法を跳ね返したあの盾?」
「そう。その盾よ」
「ミロッチ、ちょっと話がある」
僕は引きつった表情で言った。
「オレ、違うし。父だし」
ミロッチが視線を地面に逸らして言った。
「父なんで裏切ったし!?」
僕は思わず叫んだ。
あの盾のせいで、酷い目に遭ったのだ。
自分の魔法まともに喰らうとか。
すっごいかっこ悪い上、隙が出来てチェリーに斬られた。
「え? 何かまずかったの?」
チェリーがオロオロした風に言った。
「いや、あのね」僕が言う。「エンシェントドラゴンって、魔王軍とは同盟関係だったんだよね」
「そうなの!?」
「そうだよ」
「エンシェントドラゴン、たぶん父だけど、めっちゃ優しかったわよ!? ミロッチもすっごい懐いてくれたし! てっきり、人間側だと思ってた!!」
「あの野郎……」僕はグッと拳を握った。「実は僕のこと嫌いだったのか……」
「いえ、ただの気まぐれでしょう」
ひょっこり現れたメイドが淡々と言った。
君、いたんだ?
「気まぐれで裏切りかまされるとか!! どっちにしても僕ショック!!」
泣きそうだよ、割と本気で。
まぁ、済んだことだけどさぁ。
「あ、地獄メイド……ごふっ」
メイドがミロッチのボディに拳を叩き込んだ。
その光景に、僕もチェリーもビックリして固まった。
幼体とはいえ、エンシェントドラゴンなんだけど?
メイドもしかして、結構強いの?
「地獄メイド?」
「レナードは知らなくていいかと」
メイドが笑顔で言った。
「あ、うん……」
人生には、知らない方が幸せなことってあるよね。
「うぐぅ、うぐぅ」
ミロッチは地面に倒れて、ゴロゴロと転がっていた。
よっぽど痛かったようだ。
え? エンシェントドラゴンだよね?
その銀の鱗、生物の中ではトップクラスの防御力誇ってるよね?
体力もトップクラスだよね?
幼体とはいえ、魔王の次に強い魔物って触れ込みだよね?
どうして種族不明のメイドに負けてんの!?
「ま、まぁ、僕は今から村人たちにミロッチのこと説明してくるよ。たぶん、まだみんな起きてるだろうし」
迅速に解決したので、それほど時間は経過していない。
「それがいいでしょうね」メイドが言う。「朝になって、いきなりエンシェントドラゴン見たら、みなさん卒倒する可能性があります」
「そうよね」チェリーが言う。「ドラゴンとか魔物って、見慣れてないと怖いものね」
「メイド……相変わらず……強い……」
ミロッチがフラフラと立ち上がった。
「うん。君たちが知り合いのは当然だけど――」
メイドはずっと僕のメイドなので、当然、ミロッチとも面識がある。
「――いつ戦ったの?」
「さぁチェリー、寝ますよ。綺麗なメイドさんが本を読んであげます」
メイドは僕をスルーして、チェリーの肩を両手で押して玄関へと向かった。
素早いなぁ。
僕は少し呆れながら、明日の予定を考えた。
明日はチェリーと狩りに行きたいけど、ミロッチどうしようかなー?
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