第8話 エンシェントドラゴンってラスボス級だよ?


 僕は光属性の魔法が苦手だ。

 もちろん修得はしているし、無理をすれば使えないこともない。ただ、無理をしてまで光魔法を使う場面はあまりない。

 僕は魔のモノだからね。

 こう見えても、生粋の魔のモノなのだ。

 なんなら、魔を束ねる王だったこともある。

 そういうわけで、僕は光属性が苦手なのだ。

 それで、とりあえず灯りをと思って火の玉を作って浮かせた。

 光源としては十分だし、ついでに割と暖かい。


「やりすぎっしょ賢者さん!!」


 国軍を率いていた若い男が言った。

 男は身なりが良い。

 青い髪の毛は僕より少し短いぐらいだが、艶やか。キチンと手入れされている。

 見た目の年齢は20歳前後か。

 腰の剣も非常に高そうだ。少なくとも、鞘は金で装飾が施されている。


「やりすぎ、とは?」


 僕の前には、身なりのいい男とは別に、国軍の兵士15人が立っている。

 夜なのに彼らの顔がハッキリと見える。

 僕の火の玉のおかげだ。

 ここは隣町から少し離れた山の麓。

 山はそれほど大きくない。やろうと思えば、山ごと消し飛ばせる。

 まぁ、そんなことしないけどさ!

 ちなみに、この山にドラゴンがいるらしい。


「いやいや!」身なりのいい男が慌てて言う。「まるで昼間!! なんだよこのバカみたいに大きい火の玉は!! 火属性の最高位魔法か失われた古代の究極魔法とかそういう系!?」


「そんなに大きいかな?」


 僕は空を見上げる。

 僕の作った火の玉が浮いている。

 火の玉の直径はおよそ30メートル。

 でもこれ、普通の【ファイヤーボール】を浮かせているだけ。


「どう見ても大きいし!? なんならドラゴンよりこの火の玉の方が脅威だっつーの! 賢者さん、普通に勇者と魔王退治しててもおかしくないレベルってか、むしろ魔王並じゃね!?」


「魔王なわけないだろ!?」


 僕はムキになって言った。

 いきなり魔王扱いされたらビックリするじゃないか。


「いやいや! そういう意味じゃねーし!? 最強クラスじゃん、ってことだし!? つかなんで普通に隠居してんの!?」


 身なりのいい男は、僕のことを町人にでも聞いていたのだろう。

 引退して余生を過ごしている賢者。それが僕の設定だ。


「僕には僕の人生を選ぶ権利がある」僕は小さく息を吐いた。「それで? 僕はレナード。田舎暮らしの普通の賢者」


「突っ込みどころ満載だけど、まぁいいや。俺様は連合国の王子、カーランド。平伏してもいいぞ賢者さん」

「え? 王子?」


 こいつチェリー押し倒した奴じゃん!

 2回目のデートで押し倒した奴じゃん!

 ものっすごいクズじゃん!!

 まぁ、初対面でおっぱい揉んだ僕よりマシという意見もあるけど!


「そう。俺様、実は王子様。賢者さんビビった? ビビった?」


 ニヤニヤと笑いながらカーランドが言った。

 うん、イラッとするなコイツ。


「王子様がこんな辺境で何を?」


「あー、それね」カーランドは肩を竦めた。「俺様を殴った犯罪者を探してんだ。あとであんたにも手配書見てもらうわー」


 チェリーのことだ。

 勇者から犯罪者か。天国から地獄。魔王から賢者より半端ないよね。

 でも、悪いのは押し倒したコイツじゃね?


「分かったけど、ドラゴンは僕だけで対処するから、王子様たちは町に戻ってくれない?」


 邪魔である。

 すこぶる邪魔である。

 見たところ、カーランドはそれほど強くない。

 人間の中ではどうか知らないけど、勇者や魔王の目線だと雑魚に見える。

 他の兵士たちも同じく。

 ドラゴンの種類にもよるけど、戦ったら普通に負傷したり死亡すると思うんだよね。

 しかし。


「いやいや、賢者さん、手柄の独り占めはねーわ。だいたい、あんたに頼んだのは俺様らじゃなくて、町人だし?」

「いや、でも、王子様が怪我するとまずいんじゃない?」


 僕は兵士たちを見た。

 兵士たちは目を逸らした。


「大丈夫だって! そうならないように、コイツらが命懸けで俺様を守るから!」


 カーランドは偉そうに笑ったけれど、兵士たちは誰も笑っていなかった。

 兵士たちから、カーランドへの敬意が感じられない。

 カーランドって基本的に性格が悪いんだろうなぁ、たぶん。

 自覚はなさそうだけれど。


「まぁ好きにしなよ」


 僕は宙に浮いて、そのまま彼らを置き去りにして山の周囲を飛んだ。

 下でカーランドが何か叫んでいるような気がするけど、無視。

 うーん。ドラゴン本当にいるのかなぁ?

 僕の【ファイヤーボール】に反応して出てきても良さそうなのだが。

 と、甲高い咆哮が周囲に響いた。

 おや? と僕は思った。

 次の瞬間、山の木々の間から小型のドラゴンが飛び出して来た。

 銀色の鱗に、同じ色の翼。鋭い牙と鉤爪。ルビーのような紅くて綺麗な瞳。

 銀色のドラゴンは一直線に僕に向かって飛んで来る。

 僕が両腕を広げると、ドラゴンは迷わず僕の胸に突っ込んだ。

 ドラゴンの勢いを殺しきれず、僕たちはそのまましばらく空を滑った。

 徐々に勢いが落ちて、やがて僕はドラゴンを抱いたまま滞空する。


「ミロッチじゃないか。久しぶり」


 僕はドラゴンの頭を撫でながら言った。

 ちなみに、ドラゴンの名前がミロッチだ。

 ミロッチは甘えるように僕の顔を舐めた。

 生暖かい舌の感触が懐かしい。

 ミロッチはエンシェントドラゴンと呼ばれる珍しい種族で、今はまだ幼体。

 ドラゴンは基本的に寿命が長いので、幼い時間も当然長い。

 まぁ、幼体でも僕より大きい。背中に人間を3人か4人は乗せられる。


「お久、お久」


 ミロッチが片言の人語で言った。

 エンシェントドラゴンは知能が高いので、言葉によるコミュニケーションが可能。

 成体はもっとちゃんと喋れる。

 そして古くなればなるほど、言葉が古臭くなる。

 良いように言えば、厳かな喋り方になるのだ。


「父さんと母さんはどうしたの?」

「父、母、メイカイ、遊びに、行った」

「あー、そっか。冥界ね。冥府の王とか元気かな?」


 この世界と折り重なるように存在している別の世界、それが冥界。

 ちなみに、妖精界とか天界とかもある。

 妖精界にはあまりいい思い出がない。

 僕たち魔王軍が長いこと制圧していたけれど、勇者チェリーの手によって解放された。

 その時、僕はチェリーと戦って斬られてあとで泣いたのだ。

 もちろん、妖精界を制圧したのは僕じゃない。前の前の魔王。つまり僕の爺さんだ。

 当時すでにこの世界の半分は魔物の物だったけれど、それでも足らずに妖精の世界を奪った。

 実に愚かなことだ、と今は思う。


「知らぬ」

「だよねー」


 僕は微笑みながら、ミロッチを押して僕から離す。


「ミロッチはここで何を?」

「旅」

「そっか。そういう年頃か。世界を見て回りたい年頃」

「魔王は、何してる?」

「僕はレナード。魔王は辞職したから、そう呼ぶのは止めて欲しい」


 エンシェントドラゴンとは同盟関係だったが、魔王軍の傘下ではない。

 ちなみに冥界も同盟関係。

 天界は中立。そもそも天界の連中は引き籠もりだ。召喚でもされない限り、別の世界に顔を出さない。


「そっか、分かった、魔王」


「分かってないね」僕は苦笑い。「まぁいいや。用事を済ませよう。僕はドラゴンが出たって町の人たちが怯えてるから、君に会いに来た」


「なぜに?」

「別の場所に行ってもらおうと思って。いいかな?」

「ヤダ」

「嫌なの!?」

「ヤダ」

「なんで!?」


 別に軽くひとっ飛びして別の山に行けば良くない!?

 大した労力でもないよね!?

 なんなら僕が運んであげてもいいし!?


「気分、違う」

「わぁお! 気まぐれドラゴン!」

「魔王の家、行く」

「僕の家狭いから無理!」

「じゃあ、オレ、どこにも、行かぬ」


 ミロッチがふんっ、とそっぽを向いた。


「ははーん。君、さては久しぶりに僕と会ったから、離れたくないんだろう?」


 僕が言うと、ミロッチは頬を染めた。

 正解、ということだ。

 何気に昔からミロッチは僕に懐いていた。

 僕が何度か干し肉を与えたこともある。


「まぁ、家の敷地の外で寝るなら、1日か2日ぐらいなら、いいよ」


 村人にはちゃんと説明すればきっと大丈夫だろう。

 僕が責任を持つ、と言えばなんとかなる。

 たぶん。


「やった!」とミロッチが翼をバサバサと振って喜んだ。


 とりあえず一件落着。

 王子様に説明だけして、さっさと帰ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る