第10話 勇者も魔王も脳筋です


 最近の僕は、とっても目覚めが良い。

 いつもいい気分で朝を迎えることができる。

 魔王時代は朝が訪れる度、憂鬱になったものだ。

 ああ、今日も、偽物の僕が偽物の人生を送るのか、と。

 まるで演劇か何かのように。

 今は違う。僕は僕の人生を取り戻した。僕が僕であるために、ゆったりとした、穏やかな日々を送っている。


 だから、朝はとっても気持ちが良い。

 僕は太陽の光で、目を覚ます。

 朝はメイドが必ずカーテンを開けてくれる。

 僕が目を開くと、隣にチェリーが寝ていた。

 大事なことだからもう一度言うけど、隣にチェリーが寝ています。

 寝顔がとっても可愛らしい。スヤスヤと、平和に眠っている。

 僕はうっかりチェリーの頭を撫でそうになった。

 つまり、手を伸ばしてしまったのだが、引っ込めた。

 そして、


「なんでだよ!?」


 上半身を起こしながら叫んだ。

 なんでチェリーが僕のベッドに侵入してんの!?

 ベッドは順番に使う約束だよね!?

 君、今日は床のはずだよね!?

 床に視線をやると、乱れた布団が目に入る。

 夜中に目を覚まして、寝ぼけてベッドに入った感じ?


「もー、うっさいわねー」チェリーが目を擦る。「朝はゆっくりしたい派なのよ、あたし」


「僕もだよ!? 僕もそうだじょ!? って噛んだぁぁぁ!!」


 あまりにも激しい突っ込みを入れたせいで、言葉が上手に出てこなかったのだ。

 すでにキッチンに向かったはずのメイドが部屋を覗いて、そしてニヤッと笑った。

 なんもないからね!?


「じゃあ、あたし二度寝するから、ご飯の時起こしてね」

「ざけんなぁぁぁ! 今、この瞬間に起きろぉぉぉぉ!!」

「……なんなのよぉ……」


 チェリーが酷く怨めしそうの目で僕を見る。


「いや、ルール!! 昨日、ルール決めたよね!?」


 僕の言葉に、チェリーがキョトンとする。


「なんで僕のベッドに入ってきたし!?」

「え?」


 チェリーは上半身を起こして、キョロキョロと周囲を確認し、やっと状況が飲み込めたようだ。


「あたしのこと、襲ったの!?」

「こっちの台詞だよぉぉぉぉ!! 君が僕のベッドに侵入したの!!」


 メイドが部屋の入り口に立って、ずっとニヤニヤしている。

 なんもないってば!


「……あ、そういえば」チェリーが何か思い出した風に言った。「あたし、おトイレ行きたくて、夜中に起きたのよね……」


「なるほど。それで寝ぼけて間違ったと?」僕は溜息を吐いた。「まぁ今回は許すけど、次……」


「そしてメイドに導かれるままトイレに行って、メイドに導かれるままベッドに戻ったのよ」

「君かぁぁぁぁ!!」


 僕がメイドを見ながら叫ぶと、メイドはフッと笑ってキッチンに向かった。

 メイドは僕をどうしたいの?

 むしろ僕たちをどうしたいの?


「ま、別に何もなかったでしょ? いいじゃない」


 チェリーがベッドから降りて、大きく背伸びをした。


「……僕が目を覚まして焦った」


 僕はボソッと言った。

 チェリーは聞こえていたらしく、僕をジッと見詰めた。


「何?」と僕。


「もしかして、レナードって、女性経験ないの?」

「君はあるの!?」

「あるわけないでしょ!! あたしはいいのよ!! 勇者だったもん!! でもレナードは魔王でしょ!?」

「役職が何の関係あるの!?」

「普通、魔王は普段、あんなことやこんなこと、してるもんでしょ!?」

「その言い方じゃ、分からないけど!? あんなことって!?」


 僕が質問すると、チェリーは耳まで真っ赤になって俯いた。

 え? 何、その反応。

 もしかして、世間一般的に、魔王ってかなり過激な性癖ってことになってんの?


「あの、僕はその……」


「童貞です」メイドがヒョコッと現れて言った。「生粋の、純粋な、正真正銘の、童貞です」


 それだけ言って、メイドはまたキッチンに戻った。


「童貞魔王……なの?」


 チェリーは酷く驚愕した風に言った。


「……いや、僕、忙しかったし……。そんなヒマなかったし……。付き合ったこともないし……その……忙しかったから……」


「ねぇレナード」チェリーが真面目に言う。「別にいいんじゃないの? 好きな人できたら、その人とすればいいのよ。あたしもそのつもりだし」


「……そっか。そうだよね」


 僕は微笑み、ベッドから降りて背伸びをする。


「改めて、おはようチェリー。今日の午前中は村の人たちに君を紹介するよ。午後からは狩りに行こう。山菜も採りたいしね」

「おはようレナード。なんか、今日の朝は憂鬱じゃなかった。不思議な感じ。ベッドに入ったのはゴメンね。気を付けるわ」



 朝食を終えた僕とチェリーが外に出ると、村の子供たちが集まっていた。

 子供たちはミロッチの背中に乗ったり、尻尾に乗ったりして遊んでいる。

 中にはミロッチにキックしている子もいた。


「ま……レナード」ミロッチが涙目で言う。「助けて」


「エンシェントドラゴン弱っ!!」


 僕は思わず突っ込みを入れた。

 人間の子供に泣かされるエンシェントドラゴンとか初めて見た!!

 いくら幼体だからって、なんで虐められてんの!?


「ちょっと、ダメよミロッチのこと虐めちゃ」


 チェリーがミロッチの顔を撫でる。


「あんた、レナードの、何?」


 僕のことを好きだと言ってくれる9歳の女児が、チェリーを見上げた。


「何って、お嫁さんだけど?」


 直球で言ったぁぁぁあ!!

 そういう設定だけど! 間違ってないけど! 予定通りだけど!


「ち、違うもん!」9歳の女児、ルミが必死な様子で言う。「レナードのお嫁さんは、わたしだもん!」


 チェリーはちょっと驚いたように目を丸くして、それから少し笑った。


「ごめんね。でも仕方ないの」


 チェリーはルミの頭を撫でながら言った。

 ルミはウルウルした瞳で僕を見た。睨んでいる、と表現してもいい。


「わたしが大きくなる頃には!」ルミが言う。「レナードこの人と離婚してくれるよね!?」


「あ……えっと……未来のことはちょっと……分からないかな……」


 僕は目を逸らしながら言った。

 たぶん、10年も経てば僕への想いは消えるだろう。


「レナード、俺の姉ちゃんと結婚するんじゃねーの?」

「むしろオレと結婚しろよ。オレ男だけど、レナードなら抱かれてもいい!」

「おれもおれも!」

「私もー! レナードなら、キスしてあげる!」


 子供たちが楽しそうに好きなことを言う。

 僕は思わず微笑んだ。


「モテモテじゃないの」とチェリー。

「意外」とミロッチ。


 まぁ、ミロッチは魔王だった頃の僕しか知らないから、意外なのも無理はない。


「さて、正式に僕のお嫁さんを紹介させて」


 僕が言うと、子供たちは口を閉じて僕を見た。

 ルミは相変わらずウルウルしているので、ちょっと心が痛い。


「彼女はチェリー」僕が左手でチェリーを示す。「僕とは古い友人で、久しぶりに会って、その……」


「燃え上がった!」と子供。

「燃えるような恋!」と別の子供。

「エッチしたってことだろ、要するに」とマセガキ。


「ちょっと!?」チェリーが頬を染めて言う。「なんてこと言うのよ! そんなんじゃないわよ! あたしたちは、長いこと憎し…違う、殺し合……じゃない、えっと、とにかく長いことお互いを想っていたのよ!」


 うん、そうだね!

 すっごい悪い意味でお互いを想ってたね!

 うんうん、とミロッチが何度か頷いた。


「まぁ、そんな感じで、実は僕はずっとチェリーが好きだった」


「え? レナード……」チェリーの頬は染まったまま。「それ、斬り合う前に言って欲しかったな」


 本気にすんなぁぁぁぁぁ!!

 そういう設定!!

 子供たち混乱してるし!!


「きりあう?」と子供が首を傾げた。

「剣でってこと?」と別の子供。

「あ、えっとね、チェリーはほら、脳筋だから!」と僕。


「誰が脳筋よ!? 自分だって脳筋でしょ!?」


「どっちも、脳筋」ミロッチが言う。「だから、斬り合い、挨拶と、同じ」


「なるほどー、さすがレナード、かっこいいぜ」

「すごーい、挨拶が斬り合いなんだって!」

「のーきんってなぁに?」


 子供たちは、分かったのか分かっていないのか。

 でも、とっても楽しそう。

 僕の大切な、穏やかで平和で、

 そして少しだけ騒がしい日常。

 脱魔王して良かったなぁ、って。

 心からそう思った。

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