第19話 半裸の男、それは全知全能の神王様である


「我を呼び出すほどの贄とは……」


 半裸の男が厳かな声で言った。

 半裸の男は女に見間違うような美形だ。金色の髪は緩くウェーブがかかっていて、腰ぐらいまで伸びている。

 上半身は細いが、引き締まっているという印象の方が強い。ちなみに、上半身には何も羽織っていない。

 下半身は白いゆったりしたズボンを履いている。

 半裸の上下が逆じゃなくて本当に良かった、と僕は思った。

 まぁ、神族に性別があるのかどうかも知らないけれど。


「いえーい!」妖精女王が言う。「神族さーん! 世界征服して! 妾たち妖精の時代が訪れるように!」


「軽々しいな貴様」半裸の男が言う。「我は神族最高の権力者、神王ゼア・ウイ・スウであるぞ?」


「えー? そんなの妾、知らなーい! ってゆーかぁ? 贄捧げたんだから、さっさと言うこと聞け的な?」

「……軽々しいを通り越して、不敬過ぎんか貴様……」


 ゼアは苦笑いしながら言った。

 てゆーか、まさかの神族最高権力者の登場に僕は少し驚いていた。


「そもそも」ゼアが言う。「気軽に我らを呼ぶな。我らは天界外のことになど興味はない。クソ、大昔に我の祖父の祖父の祖父ぐらいが、ちょっと他の世界に興味を持ったのが運の尽きか」


 なるほど、と僕は頷いた。

 彼ら神族を召喚する方法は、神族自身が妖精に伝えたのだ。そして更にそれが広まって、人間界にも伝わっている。

 まぁ、実際に神族を召喚した例は少ないけれど。


「ご託はいいの!」と妖精女王。

「「そうだそうだ!」」と妖精たち。


「クソ……古の契約に基づき、贄を受領し、願いを叶えてやろう」ゼアは面倒そうに言う。「だがしかし、本当にいいのか? 贄のランクで叶えられる願いは変わってくるが?」


「世界征服! 贄のランクがちょっと足りないなら、この妖精たちも贄と捧げる!」


 妖精女王が容赦なく仲間を売り飛ばした。

 仲間の妖精たちはよく分かっていないのか、「捧げる!」と連呼した。

 もしかしたら、自分だけは捧げられない、とみんなが思っているのかも。


「いや、アホか」ゼアが言う。「贄のランクが高すぎると言っているのだ。この2人なら、神族総出で人間界を1000回滅ぼしても余るが、本当に世界征服でいいのか?」


 妖精たちが沈黙する。

 そして妖精女王を中心に球体のような陣形をとって、ヒソヒソと会話を始めた。


「あの、神王様」とチェリー。

「何用であるか?」とゼア。


「贄になると、あたしどうなるの?」

「肉体と魂を分解し、天界のエネルギーとする」

「死ぬってこと?」

「端的に言えばそうなる」


「いやぁぁぁぁぁぁ!」チェリーが叫ぶ。「まだ死にたくなぁぁぁい! せっかく自分の人生を生きられそうなのにぃぃぃぃ!!」


「まだ受け取っていない」ゼアが言う。「我を召喚した者がやっぱり止めると言えば、この取引はナシだ。我としては、ナシの方がありがたい」


「つまり、妖精女王を説得すれば、僕たちは助かるわけだね?」

「ついでに我も家に帰って、カードゲームの続きができる」


 ゼアはうんうんと頷いた。

 神族ってカードゲームとかするんだね。人間や魔物とあんまり変わらないようだ。

 と、妖精たちが球体の陣形を崩す。


「ではでは! 世界征服後!! 宮殿を建設して欲しい的な!? 妾たちが一生遊んで暮らせるように、人間も魔物も全部妾たちの命令に従うようにして欲しい的な!? あと、人間や魔物の交尾が見たいから見せて的な願いでどう!?」


「いや、余る」ゼアが言う。「それなら贄は片方でいい」


「レナード、ごめんね」


 チェリーが瞳をウルウルさせながら僕を見た。

 あっれー? それって僕を生け贄にしようってことぉ?


「いやいや、チェリーさんや」僕は真剣に言う。「妖精に支配された世界で生きたい?」


 僕の言葉で、チェリーはハッとしたような表情をして、それからうーんと考え込む。

 そして閃いたように言う。


「無理!」

「だよね! 妖精の支配する世界とか、もうカオスだよね!? ただのカオスだよね!? まだ僕が支配した方が世界としての秩序保てるよね!?」


「もぉ!」妖精女王が怒って言う。「どうでもいいから、2人とも贄にして! それで願い叶えて欲しいな的な!!」


「そうか。分かった。気は進まないが、この2人を分解しよう」


 ゼアが右掌を僕に向けた。


「あーあ、しょうがないねチェリー」と僕。

「本当にねー」とチェリー。


「戦うのは嫌いだし、妖精女王が思い直してくれれば、って思ったんだけどなぁ」

「ま、あたしは善意を裏切られるなんて慣れっこよ、悲しいけれど」

「ああ、まったく僕は悲しいよ妖精女王!」


 僕は力を込めて、チェーンを引きちぎった。


「あたしも悲しい!」


 チェリーも同じようにチェーンを引きちぎる。

 ゼアは冷静だったが、妖精女王と妖精たちは目を丸くした。

 魔力を封じられている?

 だから何?

 腕力で破壊すればいいだけの話。

 さて、僕には別に何しても怒りはしないよ? でも、君たちはチェリーを巻き込んだ。君たちを救ったチェリーを生け贄にした。

 そんなんだから、チェリーが拗ねてしまうのだ。人助けなんてゴメンだって、そう思ってしまうのだ。

 だから、妖精女王にはきっちりお仕置きしておかなくてはいけない。


「ああああああ、あたし飛べなかったぁぁぁぁ!!」


 チェリーが墜落していく。


「ちょっとぉぉぉ!?」


 僕は慌ててチェリーを追いかける。

 チェリーは雷撃を使おうとしていた。

 たぶん、雷撃を地面に放ってその反動でふわっと着地しようとしているのだ。

 でもそれ凄まじい環境破壊になるからね!


「その雷撃待ったぁぁぁ!!」


 僕はチェリーに追いついて、チェリーをお姫様抱っこする。


「あ、レナード。助けてくれたんだ」

「そりゃね」

「別に平気だったのに」


 言いながら、チェリーは右手に集めていた雷撃のための魔力を消した。


「環境が平気じゃないから。妖精界の森林が大惨事だから」

「手加減するわよ、あたしを歩く環境破壊みたいに言わないで」

「ま、それはそれとして」


 僕が妖精たちを見上げる。

 妖精たちは全員、ゼアの後ろに隠れていた。

 どうやら、自分たちがヤバイことをしたという自覚はあるらしい。


「それはそれ、じゃなくて」チェリーが言う。「あたし歩く環境破壊じゃないからね?」


「分かってるよ。チェリーはちゃんと手加減できる子だよ、たぶん」


 手加減しても被害甚大だと思ったから言ったのだけど、口論が続くと面倒だ。


「分かればいいのよ」チェリーが微笑む。「それじゃあ、ちょっと妖精たちにお仕置きしておきましょう? ちょっと酷いわ」


「僕もそう思うよ。救世主であるチェリーにこの態度はない」


 言いながら、僕はチェリーを抱いたまま浮上する。


「今までの人生で、いっちばんビックリしたわよ」チェリーがムスッとして言う。「妖精界救ったら生け贄にされるとか、人生は世知辛いわね」


「ああ、そのまま逃げてくれれば、我は家に帰れたのだが?」


 ゼアがやれやれと首を振った。


「やっちゃえゼア!」妖精女王が言う。「2人を贄にして世界征服! あと、妾の命を守って!」


「僕らを敵に回さない方がいいよ?」と僕。


「悪いんだけど、あたしは死にたくないし、戦うならボコボコにするわよ? あたし、昔みたいに甘くないからね? まぁ、神王様は昔のあたしなんて知らないだろうけど」


 ゼアは何の言葉も返さず、ただ右手を僕たちの方に向けた。

 そうすると、ゼアの掌から凄まじい閃光が溢れ出た。

 僕はやれやれ、って感じで自分の前に闇のシールドを展開。ゼアの閃光を全て防御した。

 闇のシールドは向こう側が透けて見える半透明の黒色だ。


「え? ちょっと待て」ゼアが驚いた風に言う。「物質をエネルギーに戻す【神の裁き】なのだが? 神族専用スキルなのだが? そのシールドは何だ?」


「普通のシールドだけど? 別に誰でも使える普通のシールドだよ? 闇属性の魔法で、名前は確か【ダークネスシールド】だったかな」


 それぞれの属性によって、名前が少し違うのだ。氷だと【アイスシールド】だ。

 まぁ、僕の魔力で作ったシールドなので、強度は高いと思う。でも普通のシールドである。チェリーには昔突き破られた。


「雷撃していい?」とチェリー。

「いいんじゃない?」と僕。


 チェリーが右手に魔力を溜めたので、僕はシールドを解除した。


「じゃあ一番弱い雷撃、【ライトニングバースト】!」


 チェリーの右手から放たれたそれは、光と同じ速度でゼアに命中。

 ゼアが感電し、ついでにその背中に隠れていた妖精たちも感電した。

 一番弱い雷撃は範囲攻撃魔法なんだよね。

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