第29話 勇者は魔王とメイドが大好きです

 

 王城の人間にはとりあえず眠ってもらった。

 僕の魔法だ。

 僕は武闘派魔王を名乗っていたし、実際腕力にも自信があるのだけど、ぶっちゃけると技巧派だ。

 もっと詳しく言うと、魔法派。古今東西、この世に存在する普遍的な魔法は全て修得している。勇者しか使えないとか、そういう血統系やら特殊な魔法以外は全部扱える。

 今使っているのは対象を眠らせる魔法【みんみん】だ。ちなみに対象を起こす魔法は【みんみん打倒】である。


「ありえなーーーい!!」チェリーが叫ぶ。「普通、【みんみん】って対象1人か2人でしょ!? あたしの仲間だった魔法使いですら4人ぐらいまでしか同時に寝かせられなかったのよぉぉぉぉ!!」


 僕たちは王城を堂々と歩いて、謁見の間を目指している。

 ちなみに、どんなに大きな音を出しても、誰も起きたりしない。


「それを!! それを!! 城内の人間丸ごと全員寝かせるとか!! 最高のベビーシッターかっ!! 仕事なくなったらベビーシッターすればいいわよ!! なんなら不眠症に悩む切ない大人たちを寝かせる仕事でもいいわよ!!」


「いや、待って。落ち着いてチェリー。僕だって対象を1人に絞って【みんみん】使えるよ? 雑に広く使っただけで、もっと精度の高い使い方もできるよ?」


「そうじゃなくてぇぇぇぇ!!」チェリーがもどかしそうに言う。「てかレナードって敵だった頃より旦那になってからの方が驚き多いんだけど!! 悩める大人の味方だったとか意外すぎるわよ!!」


「悩める大人の味方になった覚えはないけどね」


 ついでに言うと、ベビーシッターを天職だとは思わない。子供が嫌いなわけではないけれど、赤ん坊の世話をしたいとも思ってない。


「レナードの魔法はすごいでしょう?」


 なぜかメイドが自慢気に言った。


「すごいなんてもんじゃないわよ! だいたい何するにも規格外で無駄が多い!」

「無駄が多くて悪かったね……」

「落ち込まないでレナード! あたし、バカにしたわけじゃないのよ!? 無駄になっちゃうぐらいすごいって意味だからね!?」


 要するに無駄って意味だと思うけど、僕は曖昧に微笑みを浮かべることで話を打ち切った。


「てゆーかね、あたしも賢者になりたいから魔法教えて」


 チェリーが可愛らしく言った。僕の前で進行方向を塞ぎ、両手を胸の前で組んで上目遣い。その姿があんまり可愛いもんだから、僕はちょっと照れた。


「いいけど、人それぞれ得手不得手があるから……」


 僕は立ち止まって言った。立ち止まらないと、チェリーにぶつかってしまうからだ。


「脳筋のあたしには無理って意味!?」

「違う違う。そうじゃないよ。チェリーってたまに被害妄想な時あるよね? 全然そんなつもりないよ?」

「じゃあどんな意味なのかしら?」

「場合によっては、魔法の修得に時間が必要だったり、結局修得できない可能性もあるよ、ってこと」


 脳筋は脳筋になるべくして脳筋になったから脳筋なのだ。

 まぁ、チェリーは雷撃が使えるので攻撃魔法は覚えられる可能性が高い。

 補助や回復、状態異常や移動系は難しいかもしれない。あくまで僕の私見なので、実際にやってみないと分からないけれど。


「いいわよ別に。時間はたっぷりあるでしょ? あたしもう手配されてないけど、家に置いてくれるでしょ? お嫁さんなんだから」

「そうだね。離婚するにはあまりにも早すぎる」


「それを世間ではスピード離婚と呼びます」とメイド。


「いや、離婚はしないよ」僕が言う。「チェリーとは偽装結婚だけど、もう村人には結婚の報告しちゃったし、さっきもチェリーがみんなの前で結婚したって言ったしね」


「しかしレナード」メイドが少し楽しそうに言う。「嫌なことはしないのでしょう? 自分に正直に生きるのでしょう? もう無理に結婚生活を続ける必要はないんですよ?」


「嫌じゃないからね」僕は笑った。「むしろ、僕はチェリーが出て行くんじゃないかって心配していたよ」


「出て行かないわよ!? 追い出されても戻ってくるからね!?」

「そっか。だったら安心だね。手配が終わったら、チェリーは好きに生きられるからさ。僕に頼らなくても」


「好きに生きるわよもちろん! 今まで散々、自分じゃない人生を歩んだんだもの、これからはあたしらしく生きるわ! だけど、あたしはあの小さな家の小さな生活が大好き! レナードのことも、メイドのことも、大好きよ? だからあたしを置いてね?」


「私、感動」


 メイドがギュッとチェリーを抱き締めた。


「僕も、感動」


 僕もチェリーを抱き締めた。

 僕たちは時を忘れ、しばらくの間3人で抱き合っていた。その時間は甘いお菓子を食べている時のような、楽しくて嬉しい感じがした。

 チェリーの香りとメイドの香り。チェリーは元気な花のようで、メイドは穏やかな森林のような感じ。


「あれ? あたしたち、ここで何してたっけ?」


 チェリーがふと我に返った。

 僕とメイドもハッとしたようにチェリーから離れる。


「家族の絆を深めていました」


 メイドが自信満々で言った。

 そしてそれは正しい。僕たちは家族だ。僕とメイドはもうずっと前から家族で、最近チェリーが加わったのだ。


「それは大切よ? でも、何か忘れてないかしら?」

「何だろう? 夕飯の話が途中だっけ?」


 チェリーが言って、僕が首を傾げた。


「わーらーわーのー存在的な?」


 鞄からひょっこりと顔を出した妖精女王が言った。


「それはガチで忘れてた」と僕。

「あたしも」とチェリー。

「私に至っては妖精という種族の存在から忘却していました」とメイド。


「酷い!!」妖精女王が言う。「そもそもがぁ、妾と妖精界を人間の汚れた魂と汚れた手から救うためにぃ、ここに来た的な話だったよね? 違ったっけ?」


「いや違ってない」


 僕は完璧に目的を思い出した。チェリーとメイドの柔らかい身体に夢中で完全に忘れていたけれど。

 ん? 変な意味じゃないよ? チェリーとメイドと抱き合っていたと、事実を言っただけで、変な意味じゃないよ?


「レナードどうしたの?」


 1人であたふたしている僕を見て、チェリーが言った。


「な、なんでもない、なんでもないよ。さぁ行こう」


 僕が歩き始めると、チェリーが道を譲って僕の背後へ。メイドはチェリーの隣に並んだ。

 そこからはしばらく無言で僕たちは歩いた。僕が先頭を歩いたせいで少し迷った。


「うん、レナードどこに向かってるのかなぁって思った!」


 言って、チェリーが先頭を交代する。

 僕はチェリーの後頭部を見ながら歩いた。

 チェリーの編み込みハーフアップ可愛いなぁ、なんて思っていた。まぁ、チェリーなら他の髪型もきっと似合う。ポニーテールやツインテールも似合いそうだ。

 よし、今度メイドに言って髪型を色々と変えてもらおう。

 チェリーの髪の毛を梳(と)かしたり結んだりしているのはメイドなのだ。


「どーん!!」


 チェリーがとっても楽しそうに、大きな扉を押し開いた。

 中に入ると、赤いカーペットが玉座まで続いている。

 僕たちはカーペットの上を歩いた。周囲を見ると、警備兵たちが崩れ落ちて眠っている。

 玉座の隣には偉そうな感じの男が眠っている。たぶん大臣とか参謀とか補佐官とかそういう役職の人間だろう。

 ちなみに、王様も玉座でスヤスヤと眠っていた。

 王様はパッと見50歳前ぐらいに見えた。白髪混じりの髪に、金色の王冠。皺が見え始めた顔は、どこか厳つい。

 髪と同じように白髪混じりのヒゲが威厳を醸し出している。


「とりあえず王様だけ起こすね」


 言ってから、僕は【みんみん打倒】を王様にだけ使った。


「あと、五分……」と王様が目を擦った。


「うっさい起きろ! 妾が来たぞ的な!!」


 妖精女王が鞄から飛び出して、王様の額に蹴りを入れた。

 それで王様がバッチリ目を覚ます。


「うお! 妖精ではないか!? いつの間に余の目の前に!?」


 王様は酷く驚いた様子だった。

 しかしすぐに周囲を見回し、異常事態に気付いた。なんせ、王様以外はみんな眠っているのだから。


「……勇者チェリーか? 何のつもりじゃ?」


 王様が怪訝そうに言うと、チェリーは右手の人差し指でビシッと王様を示す。

 そして言う。


「死にたくなかったら、妖精界を攻撃するのやめなさい!」

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