第28話 対価が等価とは限らない
メイドが小さくなって周囲に暗闇を撒き散らした。
そして「しゅーん……」と悲しそうな声で泣いた。
「ああ! メイド! メイド可愛い!」チェリーが慌ててメイドを抱き締めた。「いいのよメイド! レナードはメイドを否定したんじゃないのよ!?」
「そ、そうだよメイド!」僕も焦って言う。「別に君を否定したわけじゃないからね!? なるべく平和的に解決したいだけ! 本当、それだけだから!」
「しゅーんしゅーん……」
しかしメイドはチェリーの胸に抱かれて小さくなったままだ。
よし、僕も抱き締めよう。
僕はチェリーごとメイドを抱き締めた。
チェリーは少しビックリしたように目を丸くしたけど、抵抗はしなかった。でも少し頬を染めた。
「こ、こうしてるとさ」チェリーが言う。「その、夫婦みたいよね、えっと、メイドが子供で……」
「あ、うん、そうだね」
確かに本当の夫婦のようだ。僕はなんだか嬉しい気持ちになったけれど、同時に少し照れてしまった。
「甘ったるくて胸焼けしそうなので離れてください」
メイドが元のサイズに戻って、僕たちを押し退ける。
右手で僕を押し退け、左手でチェリーを押し退けた。
僕とチェリーはお互い名残惜しそうに離れた。
ちなみに、周囲の人間たちは引きつった表情を浮かべている。その表情が何を意味しているか、僕にはよく分からない。
「呆れているんです」とメイド。
「君、僕の心が読めるのかな!?」
「いえ、今のはレナードの視線と表情を読んでの推測です」
「メイドすげぇなぁ!」僕が言う。「ハイレベルメイド!」
また小さくなっては困るので、とりあえず持ち上げておく。
「ふふーん」
メイドが得意気に胸を張った。
「つか、お前ら」王子が軍人たちに言う。「そのバカ女もクソ賢者も逮捕しろよ! 王子命令だ! 分かってんだろぉ? 俺様に逆らったらどうな……ぶへぇ!」
台詞の途中で、チェリーが王子の顔を蹴った。
僕が王子に回復魔法を使う。
「ふっざけんなよこの犯罪者……げふぅ」
再び、台詞の途中でチェリーが王子の顔を蹴った。
僕が王子に回復魔法を使う。簡単な【ヒール】なので、何回でも即使用可能。
「し、死刑だかんな! これ以上、俺様に何かしたら死……げるるん!」
以下、同じ場面を何度か繰り返した。
王子が生意気な発言をして、チェリーが途中で蹴って、僕が王子を治す。僕はこの謎のサイクルが続く中、食物連鎖について考えていた。
ちなみに、周囲の人間たちは特に止めに入ったりしなかった。王子に人望がないのもあるけれど、それ以上にチェリーが怖いのだろう。
みんな表情が怯えている。元勇者が本気で怒ったら、ここにいる連中なんてみんな秒で黒コゲにされるわけだしね。
「すみませんでした」
王子が土下座して、チェリーは蹴るのを止めた。
「いいわ、許してあげる」チェリーが言う。「あたしを強姦しようとしたことも、指名手配したことも、全部許してあげるわ。あたしだって魔王じゃないし……って別に魔王が悪者だって言ってるわけじゃないのよ? 言葉のアヤよ? アヤだからね?」
チェリーは後半、僕の顔色を窺いながら言った。
僕は肩を竦めた。気にしてない、って意味だ。人間たちの視点では、魔王は悪者だった。よって、引き合いに出すこともあるだろう。
「まぁ、とにかく、あたしはあんたを、許す。全部許す」とチェリー。
「まるで聖人君子のような物言いですが」メイドが淡々と言う。「すでに10回近く顔面を破壊したあとです」
沈黙。
「そ、それは対価よ!」チェリーが言う。「あたし、傷付いたんだから! 押し倒されて、すっごい傷付いたの! だから対価!」
「対価が等価とは限らないわけですね?」とメイド。
「メイド、メイドちょっと」僕がメイドを背後から抱き締める。「突っ込みはしばらくお休みして? ね? 今日の夕飯の話しよ?」
「分かりました。何が食べたいですか?」
「夕飯の話はあたしも混じりたいからちょっと待って」チェリーが真面目に言った。「それより王子、全部許すから、あたしの手配も解いて欲しいのね。隠れずに生きていきたいから」
「ういっす」
王子はまだ土下座を続けている。きっとチェリーの顔を見たくないのだ。強姦未遂の罪悪感ではなく、単純に怖いから。
「今すぐ!」とチェリーが強い口調で言った。
王子はビクッとしてから「ういっす!」と勢いよく立ち上がる。
「憲兵と相談してきやーす!」
そして一目散に逃亡した。あ、いや、憲兵団の本部とかに向かったのだと思うけど、チェリーから逃げ出したように見えたのだ。
「ついて行かなくて大丈夫?」と僕。
「平気でしょ? あんだけ痛めつけたら」とチェリー。
「やはり痛めつけていたんですね」とメイド。
チェリーがサッと目を伏せた。
「いいんじゃないかな、別に。ほら、なんだかんだ、王子はケガ1つしてないし!」
「レナードが治しましたからね」メイドが言う。「残酷ですよね。骨が砕ける、治る、砕ける、治るを繰り返すわけですから。秒で壊して秒で治す。恐ろしいですねぇ」
「そんなつもりじゃないよ!? 僕は本当にただ善意で回復魔法使ってただけだよ!?」
「てかさ、みんなもう解散していいわよ?」チェリーが周囲に言う。「あたしの手配は晴れて解除されるわけだし、ほら散った散った!」
チェリーの言葉で、周囲の連中が踵を返し、日常へと帰還する。
僕らはその様子を見送って、そして微笑み合う。
「では夕飯の話をしましょう」とメイド。
「待って。妖精女王いなかった?」チェリーがキョロキョロとする。「気のせいかしら?」
「いやいるよ」
僕は鞄の中を確認した。
そうすると、妖精女王はスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。
「あの中で寝れるとは」メイドが鞄を覗き込んで言う。「神経の太さで妖精に敵う者はいませんね」
「そうだね」僕は肩を竦めた。「それはそうと、これから王様を殴りに行くけど、一緒に来る? 夕飯までには帰りたいし」
「あ、でも今夜は王都に泊まらない?」チェリーが言う。「あたし王都案内したいわ」
「たまには、他人の出す食事を食べるのもいいでしょう」メイドが言う。「そして私のありがたみを再認識すればいいかと」
「王都の料理が不味いの前提!?」と僕。
「王都の料理、割と美味しいんだからね!?」とチェリー。
「私の手料理とどちらが?」
「それはメイドだろうね」「それはメイドよ!」
僕とチェリーの返事が重なって、メイドは気分良さそうに大きく頷いた。
「やっぱり帰りましょ」チェリーが微笑む。「あの静かな村の小さな家が、あたしはお気に入りだし」
「君の部屋を増築しようか?」
僕が言った。
けっして、小さいと言われたからではない。チェリーの部屋もあった方が便利だろう、と思ってのこと。
「は? なんでそんなこと言うの!? レナードはあたしに寝室から出て行って欲しいの!? そういうこと!?」
「いや、そんなつもりないよ!?」僕はビックリした。「部屋がないと君が不便かと思って言ったんだよ!?」
「全然あたし不便じゃないし! レナードと一緒に寝るし! 別に平気だし! 部屋とかいらないし! なんなら布団もいらないし!」
「それは風邪引くと思うよ!」
「違うし! レナードと一緒に寝るし!」
「すでに一緒に寝てるよね!?」
同じ家の同じ部屋で一緒に寝ている。
と、唐突にメイドが僕とチェリーの間に立って言う。
「では子供部屋を先に増築しましょう」
「「それはまだいい!!」」
僕たちの返事を聞いて、メイドがニヤニヤと笑う。とっても楽しそうに、ニヤニヤと。
えっと、何がそんなに楽しいの?
「さて、それでは用事を済ませてしまいましょう」メイドは笑顔で言った。「王様を殺すんでしたっけ?」
「殺さないよ!? 殴るだけだよ!? てゆーか殴るのも言葉のアヤで、妖精界への侵攻を諦めてもらうだけだよ!?」
「どっちでも」メイドが言う。「さぁいざ!」
メイドがズンズン歩いて行くので、僕とチェリーは顔を見合わせてから、小走りでメイドを追った。
「ちょっとメイド! 王城はそっちじゃないわよ!」
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