第27話 勇者の怒り


 あたしはメイドと2人、ミロッチの背中に乗って王都の上空を飛んでいた。


「私1人なら、一瞬でレナードの側に転移できますのに」


 メイドはやれやれと溜息を吐いた。


「あたし! あたし転移できないから! てゆーか、あたしも賢者目指そうかな!」


 賢者、便利すぎ。

 なんだかんだ、普段使いなら物理攻撃より魔法の方が格段に便利だとあたしは思う。


「ありですね。脱脳筋しましょう」


「よぉし! 脱脳筋するぞぉぉ!」あたしは拳をギュッと握った。「でもその前に、防衛本部に向かってミロッチ!」


 確か、レナードはまず王子と話をすると言っていた。

 普通に徴兵されて来た風に、防衛本部に向かうとも言っていた。そこで、王子に呼ばれたから王子に会いたい、みたいな方向に持って行くとか。


「オレ、知らないし」

「あっちよ、あっち!」

「オレ、背中見えない」

「えっと、右よ右!」

「はいはい」


 ミロッチが右へと旋回する。

 王都の人々が空を指さしているのが見えた。


「ねぇ見て見てメイド! 人が豆粒みたーい!」

「楽しそうで何よりです」


 と、下から火の玉が飛んで来た。火属性の魔法、【ファイヤーボール】だ。直径30センチぐらいの大きさなので、それなりの使い手。

 ミロッチを恐れた魔法使いが攻撃したのだろうけど、軍属か民間かは分からない。

 とりあえず、ミロッチはその火の玉をあっさりと回避。さすがエンシェントドラゴン。でもぶっちゃけ、当たってもダメージないわよね?


「焼きドラゴンに、される、怖い」


 ミロッチが怯えた様子で言った。

 エンドラは【ファイヤーボール】程度では、かすり傷さえ負わないわよね!?

 そりゃ、太陽みたいに大きい【ファイヤーボール】なら別だろうけど!

 そんなの超絶大賢者とかじゃないと無理だし!


「先に戻ってていいわよ! じゃあね!」


 ちょうど、防衛本部の真上だったので、あたしはミロッチから飛び降りた。

 メイドもあたしに続いた。

 空から落ちるのって割と気持ちいいのよねぇ、なんて思いながら、あたしは右手に雷撃を準備。

 前回はレナードが助けてくれたから、使わなかったけれど、落ちる時は雷撃の衝撃波でふわって着地するのがいいのだ。


「その雷撃待った!!」


 どこからともなく、レナードが現れてあたしとメイドを両手に抱えて着地した。

 あたしは雷撃のために集めた魔力を消す。


「君、墜落したら雷撃使うのやめよう? 僕がいなかったら、周囲破壊されるよ?」

「レナード会いたかった!」


 あたしはレナードに抱き付いた。


「さっき別れたばっかりだよね!?」

「数時間経過してるでしょ!」

「数時間しか経過してないとも言うよ!?」


「童貞に乙女心は分からない、ということですね」とメイド。

「意味不なんだけど!?」とレナード。


「そーだそーだ! 妾も意味不だぞ的な!」


 レナードの鞄から妖精女王が顔を出した。


「それはそうとレナード」メイドが言う。「まだ王子には会っていないのですか?」


「ああ、レナードの匂い、懐かしいぃぃ!」


 あたしはレナードの胸に顔を埋めた。


「チェリーどうしたの!? 何か変だよ君!」


「発情期ですね」メイドが言う。「軽くあしらっておけばいいでしょう」


「人間にも発情期ってあるんだ!? 初耳なんだけど!」


 レナードの声が、あたしの耳から全身に染み渡る。なんて幸福なのだろう。


「それで? 王子とはまだ話していませんか?」

「もう話したよ。てゆーか、アイアンクローで失神させる寸前までいった」


「レナードがアイアンクローを?」とメイドが驚いた風に言った。


「イラッとしたから」レナードが苦笑い。「これから王様を殴りに行くんだけど、暇なら一緒に行く?」


「わーい! デートね!」


 あたしは誘われてちょっと舞い上がってしまった。


「ずいぶんと難易度の高いデートですね」とメイドが呆れ口調で言った。


「何者だお前たちは!」


 唐突に、声をかけられた。

 あたしは周囲を確認する。ここはランベリス連合国の王都、防衛本部前。

 声をかけてきたのは、魔法使いの女。黒いローブ姿なので、軍属ではない。軍属の魔法使いは軍服を着ているのだ。

 魔法使いと一緒に、戦士と武道家もいた。


「ちくしょう! 殺せ! その賢者と仲間を殺せ! よくも俺様に恥を掻かせてくれたな!」


 防衛本部から出てきた王子が言った。

 王子は軍人に肩を借りている。ちなみに、王子の周囲には多くの軍人が一緒だ。しかし、軍人たちはあまり戦いたくなさそうな雰囲気だった。



「この変態王子がぁぁぁぁぁぁ!!」


 チェリーが王子をぶん殴った。

 王子を認識した瞬間に、凄まじい速度で間合いを詰め、そのまま殴り飛ばした。

 王子が宙を舞う。

 王子に肩を貸していた軍人の目が点になっている。その他の軍人たちも、口を半開きにしてマヌケな顔を晒していた。


「よくもあたしを押し倒したわね!? よくもよくも!! あんたなんか大嫌い! 嫌味だし偉そうだし、本当に大嫌い!」


 チェリーが怒り心頭で言い放った。

 王子は地面にベチャッと落ちて、動かなかった。うん、大丈夫、死んではいない。気絶しているだけだ。でも顎の骨、また砕けたよねこれ。


「ふん! でもちょっとはスッキリしたわね!」


 チェリーが僕に笑顔を向けたので、僕も笑顔を返した。


「てか、勇者様じゃね?」

「チェリー様?」

「指名手配されてなかったっけ?」


 周囲がざわつく。


「そうよ! あたしが元勇者のチェリー・ブラックバーンよ!」チェリーが胸を張って堂々と言う。「こっちの賢者と結婚したから、ファミリーネーム変わったの!」


「それを言うと、もはや偽装結婚の意味が」とメイド。


 なぜ自分からバラしたチェリー。そして今更だけど、そもそもなぜここに? 王都ではチェリーの顔を知らない者の方が少ない。


「あ、結婚おめでとうございます」と魔法使い女。

「おめでとうございます」と軍人たち。


「ありがと!」チェリーが言う。「ぶっちゃけ、王子はあたしを強姦しようとしたから、だから殴ったのであって、あたし悪くない!」


 僕は感心した。

 チェリーは逃げるのを止めたようだ。別に逃げるのが悪いというわけではない。僕が感心したのは、良い子ちゃんを完全に止めたことだ。

 以前のチェリーなら、良い子ちゃんだからこんな風に王子を告発したりしないはず。

 そもそも、王都には2度と近寄らなかったと思う。

 自分が消えて解決しようとしたのだから。


「なのにあたしが手配されるのはおかしい!」チェリーが言う。「なんであたしが逃げ回らなきゃいけないの!? 悪いの王子だし! その変態クソ王子だし!」


「補足するけど」僕が言う。「チェリーが手配されたのは王子を殴ったからだけど、それは王子がチェリーを襲ったからであって、正当な防衛なんだよね」


「ちなみに今殴ったのは腹いせですね」とメイド。

「まぁ、我々はそうだと思っていましたよ?」と軍人の1人が言った。

「王子の女癖の悪さはみんな知っていますし」と別の軍人。


「でも、正式に手配されているので、我々も見逃せないというだけで」


「じゃあ手配やめて!」チェリーが言う。「あたしは平和に生きていきたい! だって新しい人生を見つけたんだもん。だから、ハッキリ言うけど、その邪魔をするなら容赦しないわよ?」


「王子が被害届を取り下げれば、はい、大丈夫かと」と軍人。

「じゃあ、とりあえず王子起こすね」


 僕は王子の側まで歩いた。誰も僕を止めたりしなかった。

 僕は王子に回復魔法をかける。そうすると、チェリーが砕いた顎や、僕がアイアンクローで付けた痕が完全に消える。

 そして、王子が目を開き、僕と目が合う。


「こ、殺せ! こいつを殺せ!」


 王子が上半身を起こし、尻餅を突いたような状態で僕を指さす。


「どうする? 君たちは僕と戦う? 勝てると思う?」


 僕の言葉に、周囲の軍人たちが俯いた。彼らはすでに、1度僕を恐れた。その恐怖は簡単には拭えない。


「ちなみにあたしもいるけど?」


 チェリーが僕の隣に並ぶ。


「私もいますが、みなさんは私を知らないでしょうし、ここは一旦、私の恐ろしさをですね、軽く教えてしまおうかと」


 メイドも僕の隣に並ぶ。チェリーとは逆隣だ。


「いや、君は何もしないで!」僕は慌てて言う。「死屍累々は望まないからね!?」

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