第26話 魔王の怒り


 僕は防衛本部の玄関ロビーで、ぼんやりソファに座っていた。

 遅い。遅すぎる。軍人さんが王子を呼んでくると言ってから、小一時間は経過している。


「ひまー、妾、超ひまー」


 鞄から顔だけ出した妖精女王が言った。


「僕も暇だけど、君は黙っててね? 君、あれだからね? これから侵略される側の女王様だからね?」

「でもぉ、妾を誘ったのはレナードだし的な?」

「まぁそうだけど」


 僕は小声で話しているが、受付嬢が怪訝そうに僕をチラ見している。

 少し距離があれば、僕が独りでブツブツ言っているように見えるはずだ。


「君を誘ったのは、王様と話し合ってもらうためだよ」

「でぇもぉ、ひぃまぁだぁかぁらぁ」

「じゃあ、しりとりでもする?」


 村の子供たちが、大人しく遊ぶ時のゲームだ。まぁ、子供たちは大抵の場合、外で走り回っているけれど。


「じゃあ、妾から。世界征服」

「それ諦めようね? クラゲ」

「げ、げ、げ、芸術の暴走」

「超大作の予感だね。牛」


 僕たちが退屈を潰すために退屈なゲームに興じていると、王子がゆったりと歩いて来た。

 王子は軍服を着ていた。パッと見ると、威厳があるように見えなくもない。


「おいっす賢者さん!」


 王子が僕を見つけて片手を上げた。

 こいつ、喋ると本当ダメな奴だなぁ、って思った。

 僕は立ち上がる。

 王子が小走りで寄って来て、右手を差し出す。

 僕はその右手を掴み、握手。


「いやー、来てくれて良かったわぁ」

「うん。久しぶりだね、バカランド王子」

「カーランド! 俺様はカーランド! 賢者さんそれ冗談!? 賢者さんじゃなかったら、不敬罪で投獄すんぞ!?」

「失敬」


 僕は肩を竦めた。


「いやぁ、賢者さんって超強いから、俺様としても逮捕とかしたくねーし? 本当、言葉には気を付けてちょ? ここ一応、俺様のアレだから。ほら、アレだよ、アレ」

「管轄?」

「そうそう! 俺様の管轄! 防衛本部長だから俺様!」

「それで妖精を攻撃する理由は何?」


 僕は単刀直入に質問した。理由によっては、何か解決策が浮かぶかもしれない。


「えぇっと、理由は簡単に言うと2つだな」王子が言う。「まず第一に、経済の活性化。第二に、領土の拡張」


「領土の拡張は分かるけど、経済の活性化?」


 僕の知る限り、戦争で国は疲弊する。人々もそうだ。活性化できるのは憎しみぐらいだ。

 まぁ、それは戦争嫌いの僕の私見なので、別の側面があるのかもしれない。たとえば、武器や防具の職人や店は儲かるはずだ。

 薬草や道具を売っている者や店も同じく。

 それと、僕のように徴兵された者も、まぁそれなりの手当を貰えるはず。

 ただ、それらが戦争による疲弊を上回るメリットになるとは思えない。


「今回はほら、相手が妖精っしょ? 賢者さん、妖精知ってる?」

「ああ。知ってるよ」


 それどころか、今まさに僕の鞄の中に妖精が入っている。


「妖精って、妙な道具を作る術に長けてるけど、戦闘はからっきしって話っしょ?」

「あ、妖精の道具を商品にするつもり?」


 確かにそれなら経済が活性化する可能性がある。妖精たちは弱いので、死者もあまり出ないだろうし、疲弊も最小限。


「それもだけど賢者さん、妖精そのものも売るんっすよー」


 王子がニヤニヤと笑った。


「奴隷として? 大した労働力にはならないと思うけど……」


「いやいや賢者さん、ピュアな青年かよ」王子が笑う。「妖精って人気あるんだぜ? 見た目可愛いし、性別がない不思議な身体だし、芸を教えて見世物にしたいって思ってるやつは多いし、性的な意味でも売買したいって意見が多々あって、それで今回の侵攻が決まったってわけ」


「は?」


 僕は耳を疑った。


「今後、そういう趣味を満たすための侵攻が増えると思うっすよー。賢者さん知ってるかな? クイーンビーとかも、人気あるんだよなー。ああいう、人間っぽい魔物。人気ってもちろん性的な意味ね?」


 王子はとっても楽しそうに話をしていた。


「妖精や魔物を、君たちは娼婦にするってこと?」


「いやいや賢者さん! なんでそんなピュアッピュアなんっすか!? 違うって! 性奴隷! 一切何の権利もない、ただの性奴隷! 娼婦みたいに生活費稼ぐわけじゃなくて、それだけが人生になるんっすよ! でも別にいいっしょ!? 妖精や魔物なんかどうな……」


 僕は思わず、王子の顔面を左手で掴んで持ち上げてしまった。


「それって君の意見?」


「ちょ、賢者さん、いくらなんでも、これはやりすぎっしょ!」王子が言う。「顔痛い! 離せ! 今すぐ離せ! 冗談じゃ済まねぇぞ!」


 王子が騒ぎ、受付嬢が誰かを呼びに奥へと走った。


「君の意見?」


 僕は左手に力を込めた。

 王子の顔が僕の握力で歪む。


「ちが、ちが、俺様だけじゃねー」

「ふぅん」


 更に力を込めると、王子が泡を吹く。


「レナード……」


 不安そうな表情の妖精女王が、鞄から出てきて、僕の顔の真横で滞空。


「大丈夫だよ。君たちをそんな風にはしない」僕はなるべく優しく笑った。「僕は怒ってるけど、理性を失ってるわけでもないしね。怒りというのはその都度ちゃんと発散しないと、溜めると爆発しちゃうんだよね」


 僕は王子を離す。

 そうすると、泡を吹いて股間を濡らした王子が床にへたり込んだ。


「貴様、なんてことを!」


 軍人たちがゾロゾロと玄関ロビーに集まった。


「君らに妖精をどうこうする権利なんてない」


 僕は手を動かして、妖精女王を僕の肩に誘導する。

 妖精女王はその誘導に従って、僕の肩に座った。


「妖精だ! 妖精がいるぞ!」

「妖精のスパイだ!」


 軍人たちが剣を抜き、僕を囲むように広がる。


「妖精たちはクズだけど、明るくて楽しい連中なんだ。クイーンビーは確かに扇情的な肉体してるけど、彼女の蜂蜜は世界でも最高の品だよ。君らが玩具にしていい存在じゃない」


 僕は魔王時代のような、ドスの利いた声で言った。

 そうすると、軍人たちの身体が震え始める。

 ああ、彼らは覚えているのかもしれない。魔王の恐ろしさを。僕を魔王だと認識していなくても、肌で感じているのかもしれない。


「この感じ……」と軍人の1人が言った。

「知ってる、知ってるぞ……」と別の軍人。


 僕は昔、人間たちの軍勢を薙ぎ払ったこともある。その時の連中がここにいても、何の不思議もない。

 僕はなるべく人間が死なないように、派手だけど威力の弱い攻撃を好んでいたからだ。


「僕はこれから、王様を殴りに行く」


 僕は踵を返し、軍人たちに背中を見せた。

 もし彼らが攻撃してくるなら、僕は反撃する。もちろん、殺したりはしない。あくまで正当防衛の範囲でやる。

 王子には我慢ならなくて、失神寸前まで追い込んでしまったけれど、まぁいいや。後悔はない。


「止めたければ、止めてみろ」


 歩き始める前に、僕は振り返って言った。

 軍人たちが地面に座り込む。


「だ、誰か……勇者を……勇者を呼んで……」

「勇者は、指名手配中で……」

「勇者、逃走中……」

「この国、終わった……」


 軍人たちが半泣きで呟いた。

 僕は歩き始めたけれど、すぐに立ち止まった。

 そして再び振り返り、


「いやいやいや! 僕はただの田舎暮らしの賢者だからね!? この国終わったりしないよ!? 勇者とか呼ばなくていいからね!? 僕を何だと思ってるのか知らないけど、そんな大した人間じゃないからね!? ちょっと君たちの方針にイラっとして文句言うだけだよ!? いや、王様は殴るつもりだけど、別に殺さないからね!?」


 全力で言い訳した。

 そんな僕の必死な様子に、軍人たちはポカーンとしていた。


「ええっと、理解できた?」と僕。


 軍人たちはお互いに顔を見合わせている。


「よ、よく見たら賢者様だった……」

「魔王なら、あのクソダサい紫のマント装備してるしな……」

「それにもっと極悪非道な顔してる……」


 どうやら彼らは納得したようである。

 うん、でも紫のマントのことは言わないで欲しい。黒歴史だと僕も思ってる。

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