第25話 魔王は勇者に恋をして、勇者は魔王に恋をした
僕はランベリス連合国の王都を歩いていた。
ロイヤルハニーを貰ってからすでに5日が経過していた。あのあと、僕とチェリーはとりあえず日常を楽しむことにしたのだ。
その時に妖精女王も一旦、妖精界に戻した。
そして日常があまりにも素晴らしいので、僕はウッカリ妖精たちのことを忘れかけていた。
「ねぇレナード、いつ行ってくれるの? 人間たちを脅しに」というチェリーの言葉で、僕は行動を開始したのだ。
「酔いそうだぞぉ、妾、酔うぞぉ」
僕の肩に乗っている妖精女王が口を押さえながら言った。
妖精界に戻した妖精女王も、一応は誘った。そうすると、普通に「妾も行くよぉ!」とノリノリだったので連れてきた。
「人々に酔うぞぉ」と妖精女王。
さすがに王都と名乗るだけあって、活気がある。通りには多くの店が軒を連ね、人々が行き交っている。
色々な匂いが混じり合って、もう何の匂いなのか分からない。色々な食べ物を売っているし、レストランも多い。
「お願いだから僕の肩で吐かないでね?」
僕たちはミロッチに乗って王都の近くまで来た。
僕は自分でも飛べるし、転移魔法も使えるのだけど、ミロッチに乗るのが割と楽しい。
まぁ、さすがに王都の真上をエンシェントドラゴンで飛ぶのはマズイと考え、少し離れた場所に着陸した。
そしてミロッチはもう家に戻っている頃だ。もちろん僕の家だ。あいつ、いつまで居座るつもりだろう?
食事も勝手に自分で獲ってるようだし、別に害はないけれど。背中に乗って飛ぶの楽しいし。
「人間、多い、匂いも、キツイ、妾、もうダメ」
妖精女王は僕の肩から滑り落ちた。
前に落ちたので、僕は右手で妖精女王を受け止める。そして肩掛け鞄の中に放り込んだ。
僕は通りを観察しながらのんびりと歩いた。時刻は昼下がり。特に焦る必要はない。
しばらく歩いて、目的地である『ランベリス軍・防衛本部』に辿り着く。
かなり大きな建物で、敷地も広い。この建物には、いわゆる軍の偉い人たちが集まっている。
徴兵された者はまずここに来る決まりなのだ。
僕は門番に徴兵の紙を見せる。そうすると、すんなり通してくれた。
中に入るとすぐに受付ロビーがあって、綺麗な女性が2人座っている。受付嬢だ。
僕は徴兵された旨を伝え、紙を見せる。少し待つように言われ、僕はソファに腰を下ろした。
受付嬢の1人が、伝声管に向かって何か言っている。
「うぅ、目的地に着いちゃった的な?」
鞄からひょっこり顔を出した妖精女王が言った。
「うん。とりあえず王子に会って、王子から説得してみるよ」
今回の妖精討伐軍の総司令官はカーランド王子だ。徴兵の紙にそう書いている。
と、僕の前に軍人が1人小走りで現れた。
「賢者レナード様ですか?」と軍人。
「うん。名乗ったっけ?」
「いえ、ですが王子の署名入りの徴兵用紙を持っていたと、受付嬢のナナちゃんから聞きまして」
「そっか」
なるほど。王子は僕のことをすでに話していたようだ。面倒がなくて助かる。
「ご高名な賢者様がお力添えをしてくださるとは、我々としても非常に嬉しい限りです」
軍人はニコニコと笑いながら言った。
「ところで王子はいる?」
「ええ。一昨日戻ったばかりですが、今回の討伐軍を楽しみにしているようで、王城に戻らずここの部屋で寝泊まりしています」
僕の村の隣町から、この王都は割と遠い。普通に馬で戻ったのなら、到着が一昨日でもおかしくはない。
僕はミロッチで空の旅だったので、速攻だったけれど。
「呼んでくれる? レナードが来たよ、って」
「ええ。少々お待ちくださいませ」
軍人は小走りで建物の奥へと消えた。
王子、妖精の討伐楽しみにしてるのかぁ。だとしたら、説得は無理そうだなぁ。
頭の悪そうなチャラチャラした男だったので、戦争とかは嫌いかと思ったのだけど、そうでもなかったようだ。
◇
あたしは家の中をウロウロと歩き続けた。
そうすると、キッチンでメイドにお尻を蹴っ飛ばされた。
「うざいです。大人しくしているか、柵の修理をしてください」
メイドが心底、鬱陶しいという雰囲気で言った。
「だって……レナードが心配なんだもん」
一緒に行きたかったけど、あたしは言わなかった。
言ってもきっと、レナードを困らせるだけだから。
だって、あたしは王都では有名人で、きっと誰もがあたしの顔を知っている。戻れば即、憲兵に取り押さえられる。
もちろん、憲兵を蹴散らすという手もあるけれど。
「チェリーがウロウロしても、レナードの人生に影響はありません」
「それはそうだけど!」
「心配などするだけ無駄なのです」メイドが言う。「レナードが言っていたでしょう? 未来など存在していません。今が続くだけです。未来の心配は無意味です」
「それも分かってるけど……」
この世界に、過去や未来は存在していない。だから、過去や未来について想いを馳せるのは時間の無駄。
あたしは今、この瞬間にしか存在していない。
だから、今を楽しみ、今に集中して生きる。それが賢者レナードの悟り。
「レナードなら大丈夫です」メイドが淡々と言う。「きっと、王都を楽しんでいるでしょう。彼はいつも楽しんでいる。薪割りも、魚釣りも……まぁ湖を割って魚を拾うことを釣りと呼ぶかは微妙ですが……とにかく、彼は何をするのも本当に楽しそうです」
「うん。分かってるよ。レナードはこの小さな日常の中に、大きな幸福を見つけたんだね」
「あなたもでしょう?」
メイドがあたしを見詰めた。
「うん。そう。あたしも、レナードやメイドとの生活が、本当に楽しいの。すごく幸せよ、あたし。こんなの、勇者だった頃には考えられなかった。でもだからこそ、あたしはこの生活を失いたくない。たとえ、偽物の夫婦で、ただ匿ってくれているだけでも、それでもあたしには大切なの!」
「ふむ。勘違いをしているようですね」
「勘違い?」
「はい。レナードは別に、あなたがお尋ね者じゃなくても、追い出したりしませんよ」
メイドの言葉で、あたしは少し笑った。
「そうだね。レナードって優しいもん。きっとあたしが新しい家を見つけるまで、置いてくれるよね」
「そうではなくて」メイドが苦笑い。「レナードはあなたを失えない」
「失えない?」
あたしは首を傾げた。メイドの言い方がよく分からなかったから。
「私はレナードを独り占めしたいと思っています」
「なんかそんな気がしてた! でもあたしには優しいわよね!? 時々、叩かれるけど!」
「ですが、私は分かっていました。いつか、レナードも誰かに恋をして、結婚するのだと。その相手は、なるべくなら綺麗なヒトが良かったです」メイドがあたしの頭に手を置いた。「心の綺麗なヒト。だから私は嬉しいのです」
メイドがあたしの頭を撫でた。
メイドに撫でられると、どうしてだか、すごく甘えたい気持ちになってくる。
「レナードが愛したヒトが、あなたで良かった」
メイドが微笑んだ。
それはとっても優しくて、穏やかで、美しく、だけど少し儚い。寂しさや悲しさのような感情が、隠れているような、そんな感じだった。
「あ……い?」
あたしは、メイドの言葉をハッキリと理解できなかった。
理解したいのだけど、もし、違っていたらと思うと、心が落ち着かない。
「私はレナードと繋がっているので、少しですが、レナードの気持ちが分かる時があります。レナードはあなたを愛している。たぶん、きっと、あの時からだと思います」
「どの……時?」
「妖精界で殺し合った時です」
「だいぶ前だったぁぁぁぁぁ!!」
あたしはビックリして叫んでしまった。
その時はまだ勇者と魔王だったのだ。
うん、でも、分かるかも。あたしもあの時から、レナードのこと、更に意識した。
「では結論です。心配は無意味ですが、止めろと言って止められるわけでもないでしょう」メイドが溜息を吐く。「行きましょうか、私たちも」
「行く!」
あたしは即答した。
今、猛烈にレナードに会いたい。最近、あたしは自然にレナードと手を繋ぐようになった。でも今は、手だけじゃなくて、全身でぎゅーってしたいの!
たぶん――いや、そんな曖昧な言い方は止めよう。
自分に正直に生きようって、あたしの人生を生きようって、そう決めたのだから。
あたしは、
レナードが好き。本当に結婚したいって意味で、好き。
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