第18話 とんでも妖精のとんでも生け贄大作戦
僕は少し酔っていた。
森の中の少し開けた場所に、僕とチェリーは案内された。そこに座らされると、妖精たちが次々にお酒を持ってきた。
ついでに、チェリーの頭に花飾りを乗せたりしていた。
ちなみにチェリーも少し酔っているようだ。
「それでねー、クソ王子、ぶん殴ってやったのよ。ふふん!」
チェリーはほんのり紅潮した頬で、ヘラヘラと言った。
「クソ王子!」「王子だからクソ!」
「むしろクソだから王子!」「勇者チェリーを押し倒すなんて信じられなーい!」
妖精たちはとっても楽しそうだ。
でも、僕は王子という単語でここに来た目的を思い出した。
「ところで妖精女王、ちょっと真面目な話があるんだけど?」
少し酔っているけど、僕は正気だ。やや気持ちがいい、ってぐらいで、ベロベロなわけではない。
「チェリーと離婚してぇ、妾と結婚する的な話?」
「いや違うけど、本当に大事なことだから真面目に聞いて欲しい」
「妾、嫌いな物が2つあってー、1つは魔物でしょー? そしてもう1つは、真面目な話!」
ダメだこいつ。根っからのアホだ。
「そのクソ王子が、君たちを征服するために、進軍してくる」
僕やチェリーの住んでいる世界を、人間界と呼ぶ。昔は人間の1強だったからだ。それを、最初の魔王、つまり僕のご先祖様が魔物を束ねて人間に対抗した。
そこから、長い長い戦争が始まったのだ。勇者と魔王の因縁も、その辺から始まっている。
ご先祖様が今の僕を見たら、きっと卒倒する。たぶんチェリーのご先祖様がチェリーを見ても同じだろう。
なんでお前ら結婚してんの! って感じで。
まぁ偽装結婚だけどさ。
「えー? じゃあ、魔王様と勇者がぁ、人間やっつけてぇ!」
「いや、僕もチェリーも、戦いからは身を引いたから、自分たちで対策して」
それが妖精のためでもある。少しは戦う術を身につけた方がいい。攻めてきた敵軍から自衛する能力は必要だ。
とはいえ、いきなり妖精が戦えるようになるわけもなく。
「むぅりぃ!」妖精女王は笑っていた。「妾たちって、だって戦争とかしたことないしー?」
そもそも戦い方を覚えようという気が妖精たちにない。まぁ、だから反乱とかもなかったので統治は楽だったけれど。
「だよねぇ」僕は溜息を吐いた。「まぁ、ランベリス連合国の王様を話し合いの場に引きずり出すぐらいなら、やってもいいかなって思ってるけど……」
戦うのは嫌だが、まぁ話し合いの場を作るぐらいなら。
だが、妖精たちに話し合いとか無理じゃない?
「うん! 頑張って魔王様!」妖精女王が当たり前のように僕に丸投げした。「よーろーしーくー的な?」
「いやいやいや、そうじゃなくて、自分たちで問題を解決する能力を得ようね? 今回は偶然、僕が進軍を知ったから教えに来たけど、毎回誰かが教えてくれるわけじゃないからね?」
だいたい、妖精界ってゲート通らないと普通の人は訪れることができない。
転移魔法を使える者だけなんだよね、気軽に来れるの。そんな都合のいい人物が都合よく進軍を知って、更にお人好しにも教えに来るなんてそうそうない。
「ゲートの前で待ち伏せして、1人ずつやっちゃえば?」
チェリーはヘラヘラと言った。実に勇者らしからぬ発言である。まぁ、チェリーはもう勇者じゃないけれど。
それはそうと、人間の軍は当然、ゲートを通ってこっちに来る。そりゃ、賢者がいれば何人かは転移させられるだろうけど、大軍となると少数ずつゲートを通るのが無難だ。
よって、チェリーの案は的外れでもない。
「むしろ魔王様と勇者がいるんだからぁ、世界征服、やっちゃおう! 妖精の時代、訪れよう!」
「なにをとんでもないこと言ってんの妖精女王!?」
僕はビックリして目を見開いてしまった。
「「妖精の時代!」」
他の妖精たちも妖精女王に呼応した。
「いえーい! 妖精の時代!」とチェリー。
「チェリーあんまり理解してないよね!?」と僕。
チェリーは酔うと判断力が消し炭になるようだ。いや、だいたいの人は酔うとそうなるけれど。
「ふっふっふ! 魔王様は、妾を愉快なだけの妖精女王だと思ってる的な?」
妖精女王が言うと、僕の視界がグニャリと揺れた。
あれ? なんだこれ? 酔いすぎた?
「ざーんーねーん! 妾は割とわりわり打算的!!」
なんだよ、わりわり打算的って。
「妖精世界征服! それは妖精の悲願!」
妖精女王が大きな声で言って、妖精たちが「悲願! 悲願!」と拳を突き上げる。
うん、嘘吐くな。君たち、世界征服とかさっき思い付いたよね?
なんて突っ込む気力もない。
なにか、変だけど、もう思考がまとまらない。
僕の意識は緩やかにフェードアウト。
◇
「なーんで僕縛られてるのかなぁ!?」
目を覚ますと、僕とチェリーは身体をチェーンでグルグルに巻かれていた。
そして2人とも武器がない。グングニルもアゾットもないのだ。
「それどころか、あたしたち吊るされてますけど!?」
僕の声で目を覚ましたチェリーが、即座に状況を理解して叫んだ。
僕たちは身体をチェーンでグルグルに巻かれた上、蓑虫みたいに吊るされていた。
キョロキョロと周囲を見て、僕は自分がどこに吊るされているのか理解。
妖精界最大の巨木である『生命の樹』の枝から吊るされているのだ。
「うーん、絶景だね」
ここからなら、妖精界が見渡せる。
ちなみに、妖精界はずっと晴天なのだが、僕たちは枝の下にいるので、日陰になっていて少し暗い。
「そうねー、絶景ねー、って!!」チェリーが僕の方を向く。「そんな場合じゃなくない!? このチェーン、魔力封じられてるんだけど!?」
「そうだね。僕も完全に封じられてる」
妖精たちはこういう妙な道具を作る能力には長けている。だからこそ、魔王軍は妖精界を制圧したのだ。
てゆーか、この妙な道具を使って戦ったらどうだろう?
むしろ妖精ってこれしか取り柄ないよね?
「てゆーか妖精!!」チェリーが怒鳴る。「何か薬盛ったわね!? そういう妙な道具だけは上手に作るんだからもう! しかも全然、分けてくれないし!」
薬を盛られたのは間違いない。意識の途切れ方が非常に不自然だった。
そしてチェリー、救世主なのに道具分けてもらえなかったのか。それは人助けも嫌になるね。リターンがないのは切ない。
勇者だから助けて当然、という態度はよくない。
まぁ、人助けが趣味の人はそれでもいいのだろうけど。
「呼ばれて飛び出て、妖精女王でぇす!」
妖精女王が地上から舞い上がってきた。他の妖精たちもそれに続く。まるで妖精の滝みたいだ。流れ逆だけど。
「ちょっと妖精女王! 何のつもりよ!? 降ろしなさい!」
「いーやーでーすー!」妖精女王が言う。「だって、妾たち、面白そうだから世界征服するって昨日決めたしぃ?」
やっぱり昨日決めたのか。そうだと思ってたけど。てゆーか、日付変わっちゃったか。メイドが心配しているだろうなぁ。
「あたしらを吊るすのと世界征服と、何の関係があるのよ!?」
チェリーが言うと、妖精女王が右手を上げる。
そうすると、妖精たちが「贄! 贄!」と楽しそうに騒いだ。
あれ? これもしかして、割と不穏な感じ?
「開け!! 天界の門!!」
説明やら会話やらを全部丸ごとすっ飛ばして、妖精女王が叫んだ。
「この吊るした2人を贄と捧げ、妾の願い、世界征服妖精スペシャルを叶えたまえ神族よ!! あとついでに人間滅ぶべし!」
妖精女王の言葉が終わると、僕とチェリーの前に巨大な金色の魔法陣が出現した。
「って、あたしたち神族の生け贄にされたぁぁぁ!!」
「神族ちょっと見たいかも」
僕は神族を見たことがない。賢者としての見識を広めるために、神族に会ってみるのも悪くない。
「レナード落ち着きすぎじゃない!?」
「でも見たくない!? 神族だよ!? 超絶引き籠もり種族だよ!?」
「見たいけど!!」
「じゃあ、大人しく待ってみよう!」
僕が言うと、魔法陣が激しく輝き、そして雷鳴のような巨大な音がして、空間が歪み、気付くと半裸の男が立っていた。
半裸の男が、立っていた。
空だから、浮いていたの方が正しいかもしれないけれど。
うん。半裸の男が、浮いていた。
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