第14話 魔王が人間に徴兵されるようです


「え? これって拒否権ないの?」


 僕の表情はきっと引きつっているはずだ。自分で顔の筋肉がピクピクしていると分かるぐらいだからね。


「すみません賢者殿……」兵士の隊長が言う。「昨夜の賢者殿の活躍を見て、どうしても徴兵すると王子が……」


 隊長は本当に申し訳なさそうに言った。

 他の兵士たちも、僕から目を逸らして酷く気まずそうな雰囲気だった。


「てゆーか、妖精界とか、何のために征服するわけ?」


 僕が言うのもなんだけどね!

 長年、魔王軍が妖精界を支配してきたけどね!

 勇者チェリーに解放されるまで。


「いえ、その、いくつか理由はあるのですが、1つは再び魔王軍が復活した時のために……その、なるべく我々の勢力を広げておきたい、という王のお考えです」

「……そうは言っても、これ単純に侵略だよね?」

「まぁ、悪く言えば、その通りですね」

「……断る。僕はもう血生臭いことには関わりたくない」

「しかしながら、王子命令ですので、断ると……その……」


 隊長は酷く言いにくそうにしている。


「断ると何なのさ?」と僕が先を促す。


「罪に問われるかと……」

「国家反逆罪とか?」

「まぁそういうのですね、はい」


 確かに、この村はランベリス連合王国の所属だ。よって、村人は僕も含めてランベリス王に従う義務がある。たぶん王子にも。

 僕は少し悩んだ。平和な生活のために平和を乱さなければいけないのか?

 穏便に暮らすために、不穏なことに手を貸せと?


「復活、しちゃいますか?」


 僕の耳元で、メイドが囁いた。

 僕は驚いて飛び上がってしまった。

 そんな僕の動作に驚いて、隊長や兵士たちがビクッとなった。でも剣を抜いたりはしなかったので、それなりにキチンと訓練されているのだろう。


「う、美しい方ですね」隊長が言う。「結婚してください」


「今日結婚して、今日死んで頂けるなら」


 メイドが微笑みを浮かべて言った。

 それ、遠回しに結婚したくないって意味だよね?

 と、兵士たちもみんな、メイドを見て頬を染めている。

 僕にとって、メイドは母であり姉なので、恋愛感情はないけれど、気持ちは分からないでもない。


 メイドはまず美しい。透き通るような白い肌は、一度たりとも日焼けしたことがなく、金色の髪の毛は陽光でキラキラと輝いている。

 ブルーの瞳はまるで全てを見透かしているように深い。

 身体は細いのに、胸はそれなりにある。僕が思い描く理想の体型と言っても過言ではない。

 胸はもっと大きい方が好きという男もいるが、僕は手頃なサイズの方が好きだ。大きすぎると、ちょっとバランスが悪く感じるのだ。

 よって、メイドのほどほど大きい胸は僕にとっては憧れの存在だ。


「どこを見ています?」とメイド。


 その上で、更に!

 メイドは家事全般が得意! 誰だってメイドと結婚したいさ!! まぁ僕は許さないけどね!! メイドの主人として許さないけどね!!


「レナード、視線が胸に刺さります」


 メイドが咎めるように言って、僕は正気に戻った。


「ご、ごめん……」


 そもそも僕は一人暮らしがしたかった。そのはずなんだけどなぁ。今じゃメイドと離れたくないと思っている。

 これって、メイドの持つスキルか何かなのかな?


「これだから童貞は」


 メイドがやれやれと首を振った。


「ほう。賢者殿は童貞ですか」隊長が言う。「武勲を挙げれば、女の1人や2人は簡単に寄って来ますよ」


「寄って来たら殺しますけどね」


 メイドが小声で恐ろしいことを言った。

 うん、メイドって魔物だからね。種族不明だけど、れっきとした魔物だからね。


「とにかく賢者殿」隊長が急に真面目に言う。「明日には王都へと発ってください。そしてその手紙を軍の基地で見せれば、晴れて臨時軍人です」


「全然嬉しくないんだけど!?」


 少しも心が晴れませんけど!? むしろ曇天ですけど!?

 だいたい、妖精たちが僕を見たらそれだけで卒倒するんじゃないかな!?

 虐げてたからね!? すんごく虐げてたからね!?

 妖精とかもう魔物の奴隷って扱いだったからね!?

 僕も魔王という立場上、割と冷たくしてしまったしね! 魔物たちがいないところでは、コッソリ優しくしてたけど、だからって僕を憎んでいないはずがないし!

 できれば妖精たちとは会いたくないな!


「では、確かに伝えましたよ?」隊長が頭を下げる。「王子の我が儘や傍若無人ぶりには、我々も困っていますが、逆らえないので、申し訳ない」


 隊長が顔を上げて「それでは」と踵を返した。

 僕が手に持ったままだった手紙を、メイドが取り上げる。


「ふむ。魔王様を人間の兵にしようとは」メイドが言う。「小生意気な王子ですね。やっぱり殺しますか?」


「あはは……」僕は力なく笑った。「……それも視野に入れよう」


 僕は平和にのんびり、ゆっくり穏やかに暮らしたいだけなのに。

 何が悲しくて戦争に手を貸さなければいけないのか。

 とはいえ、無視したら無視したで、かなり面倒なことになる。最悪、この村にいられなくなってしまう。


「レナード……」


 チェリーが心配そうな表情で、外に出てきた。


「会話聞いてた?」と僕。


 チェリーが頷く。


「まさか僕が徴兵されるとは……これは完全に想定外だよ……」


 世界、せっかく平和になったのに。なぜわざわざ、それを壊すような真似をするのか。

 人間の本性は悪なのか?


「てゆーか!」チェリーが怒って言う。「せっかくあたしが助けた妖精たちを、今度は人間が支配するってどういうことよ!?」


「戦う力を持たない妖精にも責任があるかと。魔法も使えるし、妙な道具を作れるのだから、戦い方を覚えさえすれば、それなりの戦力になるはずですがねぇ」


 メイドが淡々と言った。


「誰も戦わないのが理想だよ」僕が溜息混じりに言う。「せっかく魔王軍解散して平和に貢献したのにさぁ……」


「それでレナードはどうするのです?」

「行きたくない」


 本気で行きたくない。妖精たちにも会いたくないし、戦争もしたくないし、そもそも王子の命令に従うのは嫌だ。


「では無視しましょう」


 メイドがニコニコと言った。


「そうすると、僕はお尋ね者になってしまうんだよねぇ。憲兵とかが僕を逮捕しに来るかも」


「蹴散らしましょう」とメイド。


 このメイド、割と好戦的!


「てゆーか、妖精たちに狙われてること伝えてあげないと!」とチェリー。


「……妖精界にはあまり行きたくない……」


 だって僕、絶対に嫌われてるし。僕の言うことなんて聞く耳持たない状態かもしれないし。


「チェリーが行けばいいのでは?」とメイド。


「あたしはもう人助けしないって決めたの!」


「大丈夫、妖精は人じゃないよ!」と僕。


「そういう細かいことはどうでもよくて! あたしは自分のためだけに生きるの! 絶対助けたりしないんだから!」

「あ、うん……。それは別にいいんだけど……」


 チェリーがどう生きるかは、チェリーが決めればいい。助けたくないなら、見て見ぬふりをしていい。

 問題は僕がどうするか、だ。


「とりあえずレナード、選択肢は4つですね」メイドが言う。「その1、王子に従って従軍し、妖精界を制圧する」


「それはダメ!」チェリーが言う。「あたしは誰も助けないけど、だからって争いを助長するのもダメ! レナードだって戦うのは嫌でしょ!?」


「嫌だよ。僕は平和主義者だからね」

「ではその2、王子を無視してお尋ね者になってみる」


「そうすると、僕はこの村にいられなくなるかも」僕は苦笑い。「憲兵が押し寄せてきたら、村人も迷惑だろうし、最悪は引っ越しだけど、この村の生活気に入ってるんだよね」


 やっと見つけた安住の地。この村に骨を埋めてしまおうとさえ僕は思っている。

 でもだからこそ、村に迷惑はかけたくない。


「その3、むしろ妖精の味方をして人間の軍を蹴散らす」


「それもダメ!」チェリーが言う。「一応、あたしこれでも元勇者だし、魔王が人間と戦うのは絶対に避けて欲しい! てゆーか、もうレナードには戦って欲しくない! この村でニコニコ生活してるレナードが好きなの!」


 え? 僕、今、何気に告白された?

 いや、そんなわけないよね。言葉のアヤ的なやつだよね。ビックリしたわぁ。


「ではその4ですね」メイドがニヤッと笑う。「王子を亡き者にしましょう。そして徴兵などなかったと、そうしましょう」


「……それが現実的過ぎて笑えない」と僕は笑った。


「大丈夫ですって。レナードは何もしなくていいです。私にお任せを。なんなら、ランベリス連合国を滅ぼして参りますよ?」

「君は本当にやりそうな気がするからダメ!」


 僕は慌ててそう言った。

 だってこのメイド、何気に強いし。余裕で王様の暗殺とかやりそうだもん。


「そうですか。それでは、ひとまずお茶にしましょう」

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