第22話 勇者も魔王も気持ちの整理がつかないぞ
「ねーねー、レナード、妖精さんたち殺したの?」
「レナードが妖精たちを消滅させたぞ!」
「レナードの必殺魔法で妖精が絶滅したぁ!」
「レナード、妖精とかどうでもいいから結婚して」
子供たちが寄って来て、僕とチェリーを取り囲む。
メイドはいつの間にか消えていた。きっとまだキッチンの片付けが残っているのだ。もしくは子供が嫌いか。あるいは両方。
「いや、待って君たち」僕は屈んで言う。「僕は誰も殺してないよ?」
「人殺しはみんなそう言うんだ!」
「人じゃなくて妖精だろ!?」
「妖精殺しのレナード!」
「わたし、レナードなら人殺しでもいいよ?」
子供たちはとっても楽しそうに言った。
「いや、殺してないから。僕は妖精たちを元の世界に戻しただけ。1人たりとも殺してないからね? ほら、ミロッチと遊んでおいで。僕はこれから――」
僕はチェリーと繋いでいた手を解いて、妖精女王を鷲掴みにする。
「――この妖精さんとお話があるから」
僕が割と強い口調で言ったので、子供たちは「分かった」と素直にミロッチの方へと駆けた。
「妾とぉ、やっぱり結婚するー?」妖精女王が言う。「こんなに激しく求められたらぁ、妾も断れない的な?」
「まだ言ってるの!?」
僕は驚いて目を丸くした。その話は済んだはずだ。つまり、僕が妖精女王にプロポーズしたという話は、妖精女王の夢に過ぎない。
本当に夢かどうかも怪しい。ただの妄想である可能性も。
「てゆーか、妖精女王も妖精界に戻せば?」チェリーが冷たい口調で言う。「それで勝手に召喚でも何でもすればいいじゃないの」
「カエルで試したらぁ、誰も来なかったよ的な?」
「すでに試したの!?」とチェリー。
僕も驚いた。昨日の今日だよね? 全然、反省の色が見えない。しかも本当にカエルを生け贄にしたのか。
「まぁ相手神族だしね」僕が呆れ口調で言う。「普通にもっとランク高い贄じゃないと」
「あー、さっきの子供た……ぐるぢぃ」
僕はうっかり、妖精女王を握る手に力を込めてしまった。
「生け贄はダメよ?」チェリーが真面目に言う。「いいわね? 生け贄ってのは、贄の命を奪うってことだからね? 食べるわけでもないのに殺すのは反対よ、あたしは」
「元から死んでたら、いいよ的な?」
「……まぁ、死んでるなら……」とチェリー。
「どうせ分解するだろうから、生きてても死んでてもいいだろうね」僕が言う。「魂がない分、割り引かれるかもしれないけど」
「ま、ここで暮らす妾にはもう関係ないけどぉ」
「うん、君はここで暮らさないからね?」
妖精と同居とかカオスしか待っていない。僕はあんまり無秩序なのは好きじゃない。ついでに言うと、妖精苦手。
「とりあえず、一旦家に入りましょ」チェリーが言う。「真面目に妖精たちをどうするか考えなきゃ」
「そうだね」
僕は笑顔で言った。
「どうしてレナード嬉しそうなの?」
「別に。いい天気だからだよ」
あんな目に遭ったのに、チェリーは妖精を見捨てていない。口では冷たいことを言っているけれど、まだ助けたいと思っているのだ。
なんだかんだ、心根の優しい子なんだなぁ、って思った。
◇
「ぐーるぐる、ぐーるぐる」
妖精女王が食事スペースのテーブルでフラフラしている。
なぜって?
チェリーが妖精女王の足を持ってグルグルと振り回したからだ。
なぜって?
妖精女王が妖精女王だからだ。
「人間が妖精を攻めるのはまだ少し先でしょう」メイドが言う。「ですから、先にロイヤルハニーを貰って来てください。もう無くなりそうですので」
「いいよ、分かった」
「ロイヤルハニーって?」とチェリー。
僕とチェリーはいつも通り、向かい合って座っている。
「とっても美味しい蜂蜜。いつもクイーンビーに分けて貰ってるんだよね。紅茶に入れてもいいし、パンに塗ってもいい」
「わーらーわーに塗ってもいいよ的なぁ?」
妖精女王はまだフラフラしていたのだが、言ったと同時にポテッとテーブルの上に座り込んだ。
「そしてミロッチの餌にしよう」と僕。
「あー、魔王様の残酷が妾には愛しい!」
妖精女王は嬉しそうに言った。そういえば、さっき鷲掴みにした時も喜んでいたような気がする。
でも、僕は深く考えるのを止めた。
「クイーンビーって名前に、あたしすっごく聞き覚えが……」
チェリーは嫌な記憶を思い出した時のような、苦い表情を見せた。
「たぶんそのクイーンビーだよ。戦ったことあるはずだからね、チェリーは」
僕は魔王だった頃、勇者と戦ったという魔物の報告は全て受けている。
「あんの淫乱ビッチ虫!」チェリーが怒って言う。「あたしのことを男女だとか、ブスだとか、ガリガリでキモイとか、脳筋可愛くないとか、散々バカにしたのよ!!」
「大丈夫だよチェリー、今の君は可愛いよ」
「昔は可愛くなかったってこと!?」
「そうは言ってないよ!?」
でも実際、敵だった頃はチェリーを可愛いとは思わなかった。心情的なものだけでなく、確かにチェリーは今ほど可愛くなかった。
理由はいくつかある。クイーンビーが言ったことに加えて、当時のチェリーは笑わなかった。
いつも深刻な表情で、辛そうに戦っていたのだ。
ああ、でもきっと、僕も同じだったのだろう。
「レナードだって昔はただの嫌な奴だったんだからね!? 全然カッコイイとか思わなかったもん! 当時は本当に大嫌いだったんだから!」
「じゃあ今はカッコイイし大好きってこと!?」
「そう言ってんのよ!!」
急激な沈黙。
僕もチェリーもお互いの発言をしっかり認識し、言葉を失った。
チェリーは頬を染めてテーブルに視線を落とした。
僕も視線をテーブルに。視界の隅で妖精女王がニヤニヤしている。たぶんメイドもニヤニヤしているのだろう。
僕の頬も、たぶん少し赤いと思う。だって、火照った感じがするから。
「早急に子供部屋が必要ですね」とメイド。
僕たちは突っ込むこともできず、モジモジとしていた。
「子供かっ」メイドがボソッと言う。「子供の恋愛かっ」
僕は恋愛初心者だ。きっとチェリーも。
というか、そもそもこれが恋愛なのかどうかも分からない。チェリーとはまだそんなに長い時間を過ごしたわけじゃない。
ああ、でも、でも、僕は魔王だった頃からずっとチェリーをストーキング……じゃなくて、調査していたのだ。
そしてチェリーも僕を調査していた。
だから僕たちはお互いをよく知っているのだ。共有した時間は短いかもしれないけれど、お互いを想っていた時間はかなり長いはず。
もちろんそれは敵としてだし、倒すためだし、嫌いだと思っていたけれど。そんなの思い込みだ。
それに、相手を想った時間という意味では、かなり長いのだ。
憎しみなんて裏返ったら愛情とそう変わらない。少なくとも、僕はそう思う。
「まぁ、当時もさぁ」チェリーがポツリと言う。「レナードだけだったわよ? 本当の本当に、死闘演じたの……」
「僕も君だけだよ、あれほど真剣に殺し合ったの」
「だからある意味、本当はあたし、当時もレナード嫌いじゃなかったのかも」
「僕も、たぶんチェリー嫌いじゃなかった。今思えばってことで、当時は嫌いだと信じていたけれど」
「命を、お互いの命を懸けてぶつかったのよね、あたしたち……」
「そう、そうだね……」
死力を尽くした。特に妖精界での戦いは尋常なものではなかった。今でこそ軽い感じで僕たちは当時を振り返るけれど、本当に凄まじい戦いだったのだ。
「そ、それってもう、夫婦みたいなものよね!?」とチェリー。
「そ、そうだね!」と僕。
全然意味が分からなかったけど、僕は同意した。たぶん、チェリーもよく分からないまま喋っている。
僕たちは自分の気持ちが整理できていないのだ。
乱雑に散らかった心の中を、また上手に整頓できていないのだ。
「あ、あたしたち、今は偽装の夫婦だけど、その、改めてよろしく……」
「う、うん。こちらこそ……よろしく……」
まだ時間が必要だ。僕たちには時間が必要なのだ。
妖精女王はよく分からないけれど、とりあえず笑っとけ的な笑顔を浮かべている。
メイドが溜息を吐いたのが聞こえた。
「くすぐったいので、さっさとロイヤルハニーを貰って来てください」
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