第23話 痴話喧嘩で世界が滅ぶ


 僕とチェリーはミロッチの背に乗って大空を飛んでいた。

 雲よりも高い場所で、雲の海を見て、チェリーが感動している。

 僕はそんなチェリーを見て、なんだかとっても嬉しい気持ちになった。やはりチェリーが喜ぶと僕は嬉しい。

 ちなみに、妖精女王は置いて来た。メイドが面倒をみている。最初、妖精女王は一緒に行くと駄々をこねていたのだが、メイドが睨むと沈黙した。


「ねぇレナード、空って気持ちいいわね!」

「ああ、そうだね! 君が望むなら、この空は全て君のものだよ! 世界の半分を君にあげるよ! まぁ空のことだけどね!」

「ありがとうレナード! でもあたし、空だけじゃなくて地上も半分欲しいわ!」

「割と欲張りな勇者だね君!」

「大丈夫、レナードには海をあげるから!」

「僕、エラ呼吸できないから海を貰っても困る部分あるかな! まぁ魚介類は好きだけどね! 食事的な意味で!」


「オレ、オレも好き」とミロッチ。


 ミロッチは雑食である。雑食のいい点は、何でも食べるから飢え死にする確率が極めて低いこと。悪い点は、食べようと思えば人間も魔物も妖精も食べられること。


「てゆーかレナードってさぁ、あたしを仲間に引き込もうとしたことないわよね?」

「言われてみればないね」


 祖父は当時の勇者に心酔していて、何度も仲間に誘っていたらしい。

 父も何気に勇者を誘ったことはあると言っていた。


「あたし、ちゃんと口説いてくれたら、レナード側に付いたかもしれないのに」

「え!?」

「嘘よ!」

「だよね!?」


 ちょっとビックリした。

 今のチェリーならまだしも、当時のチェリーは絶対に僕の味方になったりしない。共通の敵が現れても、きっと共闘すらしなかったはずだ。

 以前の僕たちは、お互いの役割に没頭していたから。


「でも、本当になんで、あたしのこと誘わなかったの?」

「胸が小さいからだよ」

「酷いっ!!」


 チェリーが自分の胸を両手で押さえた。

 まぁ、今のチェリーは当時に比べて体脂肪率が上がっているので、胸も普通にある。大きくはないけれど、ないよりずっとマシ。


「冗談だよ。君が仲間になるビジョンが見えなかったんだよね。だから思いつきもしなかった」


「そうなんだ」チェリーが頷く。「当時のレナードに、今のレナードとあたしの姿を見せてやりたいわね!」


「きっと僕は卒倒するよ」


 僕は肩を竦めた。

 魔王という役割を忠実にこなしていた当時の僕にとって、勇者と仲良く空でデートなんて有り得ない。


「まぁ、あたしもきっとそうだわね」


 チェリーも肩を竦めた。

 勇者と魔王は相容れない。僕たちはお互い、それぞれの役割を放棄したからこそ、こうやって一緒に過ごせるのだ。


「オレ、ビックリ、してる」


 ミロッチが言った。


「たぶんクイーンビーも驚くだろうね」と僕。


 というか、ほぼ全ての魔物が驚くはずだ。そしてたぶん、ほぼ全ての人間も。


「ねぇ、あの淫乱ビッチ虫を更に驚かせてやらない?」とチェリー。

「いいけど、方法は? 傷付けるようなのはダメだよ?」

「あたし、もう勇者じゃないし、魔物だからって傷付けたりしないわよ。ほら、こっち来て」


 チェリーが手招きするので、僕はチェリーに身体を寄せた。

 元々、僕たちはミロッチの背中に乗っているので、2人の距離は離れていない。


「あのね……」


 チェリーが僕に耳打ちする。

 チェリーの吐息がくすぐったくて、僕は少し照れた。



「「結婚しました!!」」


 僕とチェリーは仲良く手を繋ぎ、クイーンビーにそう言った。

 ここはクイーンビーの森。人里からは遠く離れた場所。昔はもっと人間の住処に近い場所にクイーンビーと兵隊蜂たちは住んでいた。

 でもその住処は勇者だった頃のチェリーに追い出されたのだ。


「バカな、わたくしより、そんなガリガリの男女脳筋クソ勇者を選ぶなんて」


 クイーンビーは地面に四つん這いになって、バンバンと地面を叩いた。

 クイーンビーは人間が蜂のコスプレをしているような姿だが、実際にそういう種族であってコスプレではない。

 ちなみに、とっても美人。年齢は20代の後半ぐらいに見える。

 胸が大きく、扇情的な肉体だ。


「誰がクソ勇者よ!?」


 チェリーが勢い余って地面を踏みつけ、地面がヒビ割れた。


「おや、以前に会った時よりは、ぽちゃっとしていますわね」


 クイーンビーは地面に四つん這いになったまま、首だけ上げてチェリーを見た。


「ぽちゃってしてなぁぁぁい!!」


 チェリーが怒って両手をぶんぶんと振った。片方は僕と繋いでいたので、僕の手も一緒に振り回された。

 仕方ないので、僕は手を解く。


「大丈夫だよチェリー! この場合のぽちゃは、デブって意味じゃないから!」

「じゃあどういう意味よ!?」


「決まっていますわ」クイーンビーが立ち上がる。「男がよく言うぽっちゃりが好きのぽっちゃりのことですわ」


「ますます分からないわよ! あたし女の子だからね!? 男の気持ちとか理解できないからね!? 全然男女じゃないんだからね!?」


「要するに、尻、胸、ふとももの肉付きがよく」クイーンビーが言う。「でも全体的には細い子のことですわ」


「何よそれ! 男は尻と胸とふとももにしか興味がないっての!?」とチェリー。


「そんなことないよ!?」僕が言う。「顔も好みあるよ!?」


「結局、外見だけってことなんじゃないのよぉぉぉ!!」

「違う違う! そういうことじゃない! チェリーだってイケメンの方がいいよね!? いい感じに筋肉があって、顔のいい男の方がいいよね!?」

「当然でしょ!?」


「ほらね!!」僕がチェリーを指さす。「その程度のものだよ! それじゃなきゃダメって意味じゃなくて、みんな基本はそういうのがいいよね? ってだけのもの! 僕は胸が小さくても尻が小振りでもチェリー好きだよ!」


「あたしの胸が小さくて、更にお尻も小さいって言いたいの!?」

「違うってば! 僕はチェリーが好きだって言ってんの!! 鈍感勇者か!!」

「どうせあたしは鈍感勇者ですぅ! どうせ鈍感ですぅ! 脳筋だから鈍感なんですぅ!」

「ああ! もう!」


 僕がもどかしくて、地面を踏みつけた。チェリーの時と同じように、地面がヒビ割れてしまった。


「お待ちください魔王様」クイーンビーが言う。「痴話喧嘩なら余所でやって頂けませんこと? 激しく迷惑でございますので」


「あ、ごめん」と僕。

「べ、別に痴話喧嘩とかじゃ、ないんだからね?」とチェリー。


「いえ。痴話喧嘩です」クイーンビーが断定的に言う。「そしてその痴話喧嘩は世界が滅ぶので、妖精界とかでやってください。本当迷惑でございますわ」


 僕たちの喧嘩は!

 世界が滅ぶ!

 それはいくらなんでも言い過ぎだろう、って思ったけど、僕は何も反論しなかった。


「さて、ロイヤルハニーでございますね?」


 クイーンビーが言って、僕が頷く。

 クイーンビーが指をパチンと鳴らす。

 そうすると、人間の子供ぐらいの兵隊蜂が大きな瓶を抱えて飛んで来た。

 そして瓶を僕の前で落とす。

 僕は瓶を受け止める。中には、美しい琥珀色の蜂蜜が入っている。ロイヤルハニーだ。普通の蜂蜜とは一線を画した味と香りを誇る、素晴らしい蜂蜜。


「瓶はしかるべき場所に捨ててくださいませね」クイーンビーが言う。「間違ってもその辺に捨てて環境を汚染しないよう、お願いいたします」


 クイーンビーたちのように、森に住む魔物たちは環境についてかなり口うるさい。ポイ捨てすると尻の針で刺される。

 クイーンビーに刺されたくて、わざとゴミを捨てる猛者がいたことを、僕はふと思い出した。

 けれど、またすぐ忘れることにした。


「うん。大丈夫だよ。僕が今住んでる村では、ちゃんとゴミが分別されてるから」


 使い終わってゴミとなった瓶は、集めてリサイクルされるのだ。


「じゃあ、君たちも変わりないようだし、また来るよ。困ったことがあったら、いつでも僕に言ってね」


 僕は小さく手を振って、ミロッチを待たせている場所へと歩き始めた。

 チェリーが隣に並んで、僕の手を繋いだ。

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