第3話 偽装結婚生活をはじめるようです


 僕は近所を訪ね、余った布団をしばらく貸して欲しいと頼んで回った。

 3軒目でようやく、布団の余っている家に行き当たる。


「レナードの頼みじゃ、断れねぇべ」


 家主である30代の男が言った。

 彼は狩猟の仕事をしている。

 昨日、狩りに出たばかりなので、今日は家で休んでいたのだ。

 ちなみに、僕もたまに狩猟を手伝うことがある。

 僕は彼の家に上がり、布団一式を魔法で浮かせる。

 そして布団を浮かせたまま、家の外に出る。

 布団は僕の後方からふわふわと付いてくる。


「さっすが賢者様。つか、その布団やるよ。俺、今は一人暮らしだしな」

「ありがとう。また狩猟を手伝うよ。ケガした時も言ってね」


 僕が笑顔で手を振ると、彼も笑顔で手を振ってくれた。

 村人との関係は良好。

 僕は自宅に向けて歩く。

 そうすると、遊んでいた子供たちが寄ってくる。


「レナードが布団散歩させてる!」

「すげぇ! レナード布団飼ってるんだ!?」

「レナード弟子にして!」

「レナード結婚して!」


 男の子が3人に、女の子が1人。

 全員まだ8歳前後。


「僕は弟子を取らないし、結婚もしない」


 僕は立ち止まらずに言った。

 子供たちは僕の周囲を楽しそうに走り回る。


「俺も将来、賢者になる!」

「レナードみたいにみんなを助けて回る!」

「俺は魔王を倒したいな!」

「魔王怖い……レナード結婚して」


 子供たちは無邪気だ。

 でもね、君たち。

 僕がその魔王だったから!!

 ちなみに勇者は今、僕の家でご飯食べてるから!!

 メイドの彼女が、かなり多めに昼食作ってくれたから!


「オレ、レナードの家に女の人が入ってくの見た。午前中の話!」

「あー! その布団、ペットじゃなくてその人のだろ!」

「その人と子供作るのに布団が必要なのか?」

「わたしも! わたしもレナードの子供欲しい!」


「子供作らないよ!?」僕は驚いて言う。「ただの古い友達だからね!? じばらく泊めてあげるだけ!」


 子供は無邪気だ。

 無邪気に妙なことを言う。

 そして。

 9歳の君は僕と子供作るの無理だから!

 10年後にまだ僕を好きだったらその時は考えるから!

 でもその時、僕は33歳だ。

 魔王の家系ってさ、力が異常に強い分、他の魔物より短命なんだよね。

 100年生きれば長生きって言われるのが魔王。

 他の魔物は種類によっては1000年ぐらい生きる奴もいるというのに。


「子供作れよレナード」

「俺ら遊んでやるぞ?」

「レナードこの村にずっと住むんだろ?」

「レナード、出て行ったらわたし泣く」


「大丈夫、僕はずっといるよ」僕は少しだけ笑顔を浮かべた。「この村の生活、気に入ってるんだ。だから死ぬまでここにいる。いつかは結婚して、家族を持つ日が来るかもしれないね。でも今は、まだ1人でこの穏やかな日々を楽しみたい」


 子供たちは僕の言葉に納得したのか、


「分かった! じゃあまた遊ぼうな!」

「うちの姉ちゃんと結婚しろよな! そして俺の兄貴になってくれよな!」

「いつか弟子にしてくれよ!」

「レナードと結婚するのは、わたしだもん!」


 それぞれ楽しそうに言って、僕から離れた。



「めっちゃ子供と仲良しじゃない!? 魔王が子供と仲良しとか!! あたし、レナードが子供を捕って食うんじゃないかって、ちょっと心配しながら見てた!!」


 チェリーは僕の寝室の窓から、僕と子供たちの様子を見ていたようだ。

 なぜそう思ったかって?

 チェリーが僕の寝室の僕のベッドの上に座っていたからだ。

 今もチェリーはベッドに座っている。ぺったんこ座り。

 まぁ、それはひとまず置いておこう。


「捕って食うわけないじゃん!? 僕は人間食べないからね!? 昼食一緒したよね!? 君は僕が食べ終わってもまだ食べてたけど!」

「お腹空いてたんだから仕方ないでしょ!? あたし普段はそんな食べないのよ!?」


 そして沈黙。

 僕はとりあえず、浮いていた布団を寝室の床に降ろした。


「君はこっち」と僕は布団を指さした。

「え? こういうのは、女の子にベッド譲らない?」とチェリー。


「図々しい。それは僕のベッド。最初にそう言った」

「……非道!」

「なんで!? 泊めてあげるよね!? 僕、君を匿ってあげてるよね!?」

「てゆーか、あたし女の子なのに、あんたはボコボコに殴ったり、魔法で焼こうとしたり、窒息させようとしたり、変な幻見せたり、酷いこといっぱいしたわよね!? ベッドぐらい貸してくれてもいいんじゃないの!?」

「いやいやいや! そっちの方が酷いからね!? 僕の部下たちをバッサバッサと大根みたいに斬り殺したよね!? 君の仲間もみんな容赦なかったよね!? あと、君に斬られた傷、すごい痛かったんだけど!?」


「あの日」メイドの彼女がいつの間にか寝室にいた。「魔王様は泣いていました」


「え? レナード泣いてたの!?」

「な、泣いてないし!! 痛かっただけだし!」

「……実は、あたしも泣いてた」


 チェリーが少し恥ずかしそうに言った。


「……ごめん、いっぱい殴って。痛かったよね……」


 僕は思わず謝ってしまう。


「……あたしもごめん、結構、斬ったわよね。痛かったわよね……」


 チェリーが涙ぐむ。

 ああ、この子、本当はとっても優しい子なんだなぁ、って。

 僕と同じように、戦うのは好きじゃなかったんだろうなぁ、って。

 そんな風に思った。


「仲直りです」メイドの彼女が言う。「やっぱり子供部屋……」


「「それはいらない!」」


 僕とチェリーの声が重なり、僕たちは顔を見合わせて、

 そして笑った。


「まぁ、お互い色々あったけど、蒸し返すのは止めよう?」と僕。

「そうね。今は匿ってくれてるし、思ったほど、極悪じゃないみたいだし」


 あの頃の僕の極悪っぷりは、思い出しただけで涙出てくる。


「ひとまず、一緒に暮らすためのルールその1」僕が指を1本立てる。「ベッドは交代で使う。いい?」


 チェリーが頷く。


「ルールその2」僕は指を2本に増やす。「僕の仕事を手伝うこと」


「仕事って?」

「んー。色々やってる。誰かがケガしたり病気になったら、魔法で治す」


「全体的に無駄遣いが多いです」とメイドが補足した。


 全然、無駄なんかじゃないんだからね! と僕は思ったけど、言わなかった。


「あたし、回復魔法使えない」


「君、攻撃特化だもんね」僕は苦笑い。「他には、狩猟の手伝いもしてる」


「戦闘能力を究極に無駄遣いする場ですね」とメイド。


 普通に狩猟してるよ!?

 僕はどっちかと言うと、無駄遣いとかしないタイプだからね!?


「あたし、狩りしたことない」

「僕もなかったけど、大丈夫。そんな難しくない。あとは、苺を育ててるのと、山奥の湖に魚を獲りに行ったり、山で山菜を採ったり、だいたいは食事関連だよ」


「苺は大好き!」とチェリー。


「たまに、遠くの町まで買い出しに出ることもあるけど……これは僕だけでいいか」


 チェリーを町に連れて行くのはよろしくない。

 国軍の連中が探しているなら、バッタリ出会うなんてことも考えられる。


「え? あたしもお買い物行きたい」

「君、自分の立場を思い出そうね?」

「追われている身でした……」


 チェリーがシュンと縮こまった。


「名前も変えた方がいいかもね。チェリー・ルートって名前が広まるとまずい」

「じゃあ、チェリー・ブラックバーンにする」

「それ僕のファミリーネームだから! めっちゃ僕のだから!!」

「偽装結婚すればいいのでは?」


 メイドの彼女が言った。


「いや、僕はまだ結婚したくない」

「あたし、そもそも結婚が嫌で逃げてるんですけど!?」


 いや、殴ったからだよね? 王子様を殴ったからだよね?

 と、僕は心の中だけで突っ込みを入れた。


「王子との結婚が嫌なだけでしょう?」メイドの彼女が言う。「それにあくまで偽装。賢者レナードの嫁ということにすれば、チェリーなんてありふれた平凡な名前ですし、分かりゃしませんって」


 メイドの彼女が悪い笑みを浮かべた。


「平凡で悪かったわね!!」


「……良い案ではあるね」僕が言う。「村人は僕に結婚しないのかって、何度も聞くから、君を嫁ってことにすれば、まぁそれも解決するか」


 僕を好きだと言ってくれる9歳の女の子には申し訳ないけれど。

 さっき、子供たちに僕は結婚しないって言ったばかりだけど、彼らはきっと喜ぶ。

 9歳の女の子以外。


「君を匿う必要がなくなったら、離婚したことにすればいいしね!」

「させませんがね……」


 メイドの彼女が小声で言った。

 僕はビクッとしてメイドの彼女を見たけれど、彼女は無表情だった。


「何か?」とメイド。


「い、今何か言った?」

「いいえ」

「そ、そう……」


 チェリーには聞こえていなかったようだし、きっと僕の空耳だよね。

 そう思うことにした。

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