3-4 小泉ひなたは青春がしたい

 その日の夜、私たちは夜更かしをしていた。

 明日のデートに着ていく服を選ぶためである。


 そう多いわけでもない洋服を片っ端から引っ張り出し、鏡の前で身体にあててみては、ああでもない、こうでもないと言い合う。


 もうかれこれ一時間近く悩んでいるはずの小泉さんは、しかし、その悩みすらも楽しいとでも言うように、るんるんだった。


 普段はそう長時間、誰かに身体を預けたりはしないけれど、今晩だけは特別だ。

 なんとなく、彼女と過ごせるのは、明日が最後の気がするから。  


「ねえ、玉森さん。あたし、玉森さんのこと、朱音って呼んでもいい?」


 不意に、小泉さんがそう問いかけた。

 そういえば、小学生の快翔くんや人懐っこいほたるんとは違い、彼女は私を「玉森さん」と呼んでいた。


 小泉さんは一応年上だし、私も「小泉さん」と呼んでいたけれど、もしかしたら、こうした小さなところから、私は彼女と壁をつくり、距離を置いてしまっていたのかもしれない。


 なるべく踏み込まないように、みんなの望みだけを、お務めだけを坦々とこなそうとしていた、藤久良くんと出会う前みたいに。


『もちろん。その、私も小泉さんのこと、ひなたって、呼んでもいい?』


 そう言うと、鏡の中で、私の顔をしたひなたが笑みを浮かべた。

 彼女の名前の通りに、周りの者みんなを照らすような、あたたかくて明るい笑みを。



 そして翌朝。

 ほたるん直伝のゆるふわ愛されボブ(?)とナチュラルメイクで、いつもより気合いの入った格好の私は、駅に向かって歩いていた。


 歩くたびに、ふんわりとした素材の、淡い桃色をしたワンピースの裾が揺れる。

 本当は今日一日ひなたに身体を貸すつもりだったのだけど、「ほ、ほんとにかわいいかな? この服で大丈夫かな? っていうか、今更だけどデートって一体何をしたら?! は、はわわわわわわっ」と大混乱で、なかなか家を出発できなかったので、待ち合わせ場所まで私が行くことにしたのである。


 恋愛に憧れつつも、いざ異性を意識すると緊張しすぎてしまう辺りは、やはり子どもっぽいなと思うのだが、これまでとは違ってなんだかほほえましく感じた。


 待ち合わせの五分前に駅に到着すると、藤久良くんはもうすでに駅の柱に背を預けて待っていた。


 私は目を閉じて、全身から力を抜く。

 意識を身体の内側に向けると、緊張でおろおろとしている様子のひなたと目が合った。


 そんなひなたの背を、私は勢いよくばしっと叩く。

 すると、彼女はまだ少し迷うような表情だったけれど、一度小さく頷いて、私の身体の操縦権を握った。


「ごめん、待った?」

「いや、いま来たとこだよ」


 なんて、そんなベタなやりとりを挟みつつ、改札へと向かう。

 うん。なんとか大丈夫そう。


 朝のひなたの緊張っぷりをみていると、今日のデートは大丈夫だろうかと不安だったのだが、まだ言動に少しぎこちなさが残るものの、うまくやれているようだった。


「それにしても……本当に俺でよかったのか? 言い出したのは俺だけど、考えてみたら俺、デートとかって今までしたことないし」


 どうやら、緊張していたのはひなただけじゃなかったらしい。


 実は、昨晩藤久良くんから、そのことで連絡が来ていた。

 曰く、どうせ青春するのなら、俺よりももっとイケメンで、女の子慣れしているやつの方がいいのではないか、と。


 しかし、連絡をもらってすぐひなたに確認してみると、彼女は「藤久良くんでいい。ううん、藤久良くんがいい」と、返した。


 正直、私としても事情を知っている彼に任せられるのは助かる。でもだからこそ、ひなたがまた私に遠慮をしているんじゃないかと心配だった。


 だが、どうやら彼女には彼女なりに思うところがあったらしい。

「本当に、遠慮とかじゃないよ」と、はっきり言われてしまっては、こちらとしても引き下がるよりほかになかった。


 と、私が昨晩のことを思い返していると、ひなたがちらちらと、藤久良くんの方を気にしてるのに気づいた。

 どうやら、同じタイミングで藤久良くんも気づいたようだ。


 彼は一度頭を掻くと、


「その服、似合ってるな」


 と、呟いた。


 恥ずかしげに呟かれた声に、ひなたの顔がぱあっと明るくなる。


「えへへ。ありがと」


 と、こちらも頬を朱に染めながら返していて、見ているこっちまで恥ずかしくなってしまいそうだった。

 なんだか、付き合いたての、初々しい中学生カップルって感じだ。


 電車に揺られて程なくすると、目的の駅にたどり着く。

 休日ということもあって、駅には親子連れや学生たち、カップルらしき二人組などが、わらわらとしていた。


 様々な人たちがいるが、誰もみな楽しそうで、うきうきとしているのがその表情から伝わってくる。

 改札を抜け、人の流れに沿って歩いて行くと、まもなくそれは現れた。


「うわあー! すごいよ! みてみて!」


 ひなたの顔が、雲がどいたかのようにぱあっと晴れる。

 そして、待ち切れないとばかりに駆けだして、半歩遅れた藤久良くんを振り返り、指を指して言った。


 ひなたの指さす方に目をやれば、まず目に入るのは大きなゲート。そして、その先に見えるのは、 色とりどりのゴンドラがゆったりと円を描き、ジェットコースターが高速で駆け巡る、夢の国だ。


 ひなたがデートに来たかった場所、それは、遊園地だった。

 早速ゲートに向かおうとするひなたを藤久良くんが呼び止め、チケットを買う。買ったのは、たっぷり遊べるよう、一日乗り物が乗り放題のフリーパスだ。


 そして、ついに入場し、きらきらと目を輝かせながら園内を見渡すひなたに、藤久良くんが手を差し出した。


「……?」


 可愛く小首を傾げるひなた。


「いや、ほら、今日はその、デート、なんだろ?」


 そんなひなたに、藤久良くんは目線をそらして頬を染めつつも、そんなことを言う。

 手を差し出されたのはひなたのはずなのに、思わず頬が熱くなる。

 遅れてひなたもその手の意味に気づいたようで、ためらいがちに、宝物を壊さないよう気をつけるかのように、そおっとその手を取った。


 さっきまではうるさかったひなたが、急に静かになる。

 なんとなく、気まずいような、こそばゆいような、そんな空気が二人の間に流れた。

 と、そんな空気を振り払うように、


「今日は、楽しもうな!」


 力強く言われたその言葉に応えるように、ひなたも


「うんっ」


 と、握りしめた手にぎゅっと力を込めて、頷いた。

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