3-4 小泉ひなたは青春がしたい
その日の夜、私たちは夜更かしをしていた。
明日のデートに着ていく服を選ぶためである。
そう多いわけでもない洋服を片っ端から引っ張り出し、鏡の前で身体にあててみては、ああでもない、こうでもないと言い合う。
もうかれこれ一時間近く悩んでいるはずの小泉さんは、しかし、その悩みすらも楽しいとでも言うように、るんるんだった。
普段はそう長時間、誰かに身体を預けたりはしないけれど、今晩だけは特別だ。
なんとなく、彼女と過ごせるのは、明日が最後の気がするから。
「ねえ、玉森さん。あたし、玉森さんのこと、朱音って呼んでもいい?」
不意に、小泉さんがそう問いかけた。
そういえば、小学生の快翔くんや人懐っこいほたるんとは違い、彼女は私を「玉森さん」と呼んでいた。
小泉さんは一応年上だし、私も「小泉さん」と呼んでいたけれど、もしかしたら、こうした小さなところから、私は彼女と壁をつくり、距離を置いてしまっていたのかもしれない。
なるべく踏み込まないように、みんなの望みだけを、お務めだけを坦々とこなそうとしていた、藤久良くんと出会う前みたいに。
『もちろん。その、私も小泉さんのこと、ひなたって、呼んでもいい?』
そう言うと、鏡の中で、私の顔をしたひなたが笑みを浮かべた。
彼女の名前の通りに、周りの者みんなを照らすような、あたたかくて明るい笑みを。
◇
そして翌朝。
ほたるん直伝のゆるふわ愛されボブ(?)とナチュラルメイクで、いつもより気合いの入った格好の私は、駅に向かって歩いていた。
歩くたびに、ふんわりとした素材の、淡い桃色をしたワンピースの裾が揺れる。
本当は今日一日ひなたに身体を貸すつもりだったのだけど、「ほ、ほんとにかわいいかな? この服で大丈夫かな? っていうか、今更だけどデートって一体何をしたら?! は、はわわわわわわっ」と大混乱で、なかなか家を出発できなかったので、待ち合わせ場所まで私が行くことにしたのである。
恋愛に憧れつつも、いざ異性を意識すると緊張しすぎてしまう辺りは、やはり子どもっぽいなと思うのだが、これまでとは違ってなんだかほほえましく感じた。
待ち合わせの五分前に駅に到着すると、藤久良くんはもうすでに駅の柱に背を預けて待っていた。
私は目を閉じて、全身から力を抜く。
意識を身体の内側に向けると、緊張でおろおろとしている様子のひなたと目が合った。
そんなひなたの背を、私は勢いよくばしっと叩く。
すると、彼女はまだ少し迷うような表情だったけれど、一度小さく頷いて、私の身体の操縦権を握った。
「ごめん、待った?」
「いや、いま来たとこだよ」
なんて、そんなベタなやりとりを挟みつつ、改札へと向かう。
うん。なんとか大丈夫そう。
朝のひなたの緊張っぷりをみていると、今日のデートは大丈夫だろうかと不安だったのだが、まだ言動に少しぎこちなさが残るものの、うまくやれているようだった。
「それにしても……本当に俺でよかったのか? 言い出したのは俺だけど、考えてみたら俺、デートとかって今までしたことないし」
どうやら、緊張していたのはひなただけじゃなかったらしい。
実は、昨晩藤久良くんから、そのことで連絡が来ていた。
曰く、どうせ青春するのなら、俺よりももっとイケメンで、女の子慣れしているやつの方がいいのではないか、と。
しかし、連絡をもらってすぐひなたに確認してみると、彼女は「藤久良くんでいい。ううん、藤久良くんがいい」と、返した。
正直、私としても事情を知っている彼に任せられるのは助かる。でもだからこそ、ひなたがまた私に遠慮をしているんじゃないかと心配だった。
だが、どうやら彼女には彼女なりに思うところがあったらしい。
「本当に、遠慮とかじゃないよ」と、はっきり言われてしまっては、こちらとしても引き下がるよりほかになかった。
と、私が昨晩のことを思い返していると、ひなたがちらちらと、藤久良くんの方を気にしてるのに気づいた。
どうやら、同じタイミングで藤久良くんも気づいたようだ。
彼は一度頭を掻くと、
「その服、似合ってるな」
と、呟いた。
恥ずかしげに呟かれた声に、ひなたの顔がぱあっと明るくなる。
「えへへ。ありがと」
と、こちらも頬を朱に染めながら返していて、見ているこっちまで恥ずかしくなってしまいそうだった。
なんだか、付き合いたての、初々しい中学生カップルって感じだ。
電車に揺られて程なくすると、目的の駅にたどり着く。
休日ということもあって、駅には親子連れや学生たち、カップルらしき二人組などが、わらわらとしていた。
様々な人たちがいるが、誰もみな楽しそうで、うきうきとしているのがその表情から伝わってくる。
改札を抜け、人の流れに沿って歩いて行くと、まもなくそれは現れた。
「うわあー! すごいよ! みてみて!」
ひなたの顔が、雲がどいたかのようにぱあっと晴れる。
そして、待ち切れないとばかりに駆けだして、半歩遅れた藤久良くんを振り返り、指を指して言った。
ひなたの指さす方に目をやれば、まず目に入るのは大きなゲート。そして、その先に見えるのは、 色とりどりのゴンドラがゆったりと円を描き、ジェットコースターが高速で駆け巡る、夢の国だ。
ひなたがデートに来たかった場所、それは、遊園地だった。
早速ゲートに向かおうとするひなたを藤久良くんが呼び止め、チケットを買う。買ったのは、たっぷり遊べるよう、一日乗り物が乗り放題のフリーパスだ。
そして、ついに入場し、きらきらと目を輝かせながら園内を見渡すひなたに、藤久良くんが手を差し出した。
「……?」
可愛く小首を傾げるひなた。
「いや、ほら、今日はその、デート、なんだろ?」
そんなひなたに、藤久良くんは目線をそらして頬を染めつつも、そんなことを言う。
手を差し出されたのはひなたのはずなのに、思わず頬が熱くなる。
遅れてひなたもその手の意味に気づいたようで、ためらいがちに、宝物を壊さないよう気をつけるかのように、そおっとその手を取った。
さっきまではうるさかったひなたが、急に静かになる。
なんとなく、気まずいような、こそばゆいような、そんな空気が二人の間に流れた。
と、そんな空気を振り払うように、
「今日は、楽しもうな!」
力強く言われたその言葉に応えるように、ひなたも
「うんっ」
と、握りしめた手にぎゅっと力を込めて、頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます