隣の席の玉森さん

秋来一年

0-1 クラスの女子がおじいちゃんになった

 隣の席の女の子がおじいちゃんになったら、あなたならどうするだろうか。


 もっとも、彼女がいま座っているのは俺の隣ではなく後ろだし、場所も、いつも共に勉学に励んでいる教室ではない。


 右手に見える海からの潮風を、三〇キロの速度で走りながら全身に浴びる。

 ふだん隣の席に座っている彼女、玉森さんと、俺は二人でスクーターにまたがり、海沿いの国道をひた走っていた。


――はずだったのだが。 


「じゃからのヒロ坊、若いうちにたくさん遊ばにゃならん」


 後ろで、おじいちゃんが言った。

 先ほどまで確かに玉森さんだったはずの彼女(?)は、いつの間にかおじいちゃんになってしまったのだ。


 別に、おじいちゃんになったと言っても、姿形までもがおじいちゃんになった訳ではない。

 後ろから回される腕の細さも、いくら意識せんと思っていても背中に押し当てられ、主張してくる柔らかな膨らみも、確かに女の子のものだ。


「遊ぶっちゅーてもあれじゃぞ。酒や麻雀ももちろんいいが、やはり一番は女じゃ、女。体力のあるうちにたくさん抱くんじゃぞ」


 だから、そう言って下品なことを言い、ガハハと笑うのも、最初は冗談か演技かと思った。


 けれど、同時に、どうしようもないほど理解してもいた。 

 いま俺と話している彼女、いや、彼は。


「ったく。ゲン爺は最期まで、元気いっぱいだったじゃねえか」


 玄田源治郎という、老人がいた。

 俺の家の隣に住んでいて、会えばいつも「よう、ヒロ坊」と気さくに挨拶をしてくれた。


 ゲン爺のことを過去形で語るのは、彼がすでに、この世のものではないからだ。

 しょっちゅうヘルパーさんの尻を撫でて怒られていたゲン爺は、一週間前、八十二年の生涯を終えた。


 はずだったのだが。


 俺の後ろで、女子高生の姿でスクーターに跨がっている人物は、しゃべり方も、その内容も、俺との距離感すらも、何もかもがゲン爺そのものだった。


 全くもって訳が分からない。頭がどうにかなりそうだった。


 思えば、始まりからしておかしかったのだ。

 俺は混乱を必死で押さえながら、数時間前のことを思い出していた。

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