3-5 小泉ひなたは青春がしたい

 最初に二人が乗ったのは、メリーゴーランドだった。

 二人並んで馬に乗って、軽快な音楽に合わせてゆっくりと廻る。


「なんか、上下しながら回ってるだけなのに、すっごくわくわくするねっ」


 ひなたが弾んだ声で言う。

 私も彼女に同意見だった。彼女の中から眺めているだけの私も、軽快な音楽に乗せられたのか、あるいは周囲の楽しそうな雰囲気が伝播したのか、うきうきとした気分になっていた。


「ああ、そうだな。メリーゴーランドなんて何年かぶりだけど、結構いいな」


 ひなたの物言いに呆れたように笑いつつも藤久倉くんも同意した。

 何周かし、やがて音楽が止まる。

 と、馬から降りたひなたが、「あっ!」と、大きな声を上げる。


「白馬に乗るのって、王子様の方じゃん!」


 言われてみれば、確かに、白馬と言ったら王子様だ。


「あのさ」


 少しためらいがちにひなたが口を開くと、藤久倉くんがスッと手を差し出した。


「馬車に乗って、舞踏会まで向かいましょう」


 芝居がかって体を折りながら藤久倉くんが言うと、ひなたもまた、


「ええ、エスコートよろしくお願いしますね」


 と、ワンピースの裾をちょこんとつまんで返した。

 そして、そんなやりとりに自分自身でおかしくなったのか、二人そろって笑いだす。


「じゃ、メリーゴーランドおかわり行っとくか」

「もう、せっかくのお姫さま気分が台なしじゃん!」


 そんな気安いやり取りをしつつも、二人は手を握ったまま、今度はメリーゴーランドの馬車の方に乗り込むべく、再び列に並んだ。


 その後も、二人は遊園地を遊びつくした。

 ジェットコースターに乗っては、頂上付近で「やっぱむりこわいこわい降りるたすけて~!」と叫んだり、その割には降りたらひなたの方がケロっとしてて、「もう一回乗ろ!」と言って藤久倉くんを青くさせたり。


 コーヒーカップに乗っては、手と手が触れあってお互いに頬を染めたりしたのもつかの間、真ん中をくるくると回すとコーヒーカップ自体も回転することに気づいてしまったひなたが、超高速でカップを回し、二人でふらふらと目を回したりした。


 そのたびに、二人は顔を見合せて笑って、私もまた、ほんの少しのうらやましさを胸に抱きつつも、そんな二人につられてこの遊園地デートを楽しんでいた。


「なあ、次はなに乗る?」


 ちょっとベンチで休んで回復をしてから、再び園内を歩き出してすぐ、藤久倉君がそう問いかけた。


 しかし、私には彼の表情は見えなかった。

ひなたの視界に入っていないものは、私も見ることができない。


 代わりに瞳に映っているのは、白くて毛足の長い、ふわふわとしたウサギのぬいぐるみだ。

 ひなたが、そのぬいぐるみのことを、じっと見つめているのである。


「ん、それほしいのか?」


 と、藤久良くんもそんなひなたに気づいたらしい、そう訊ねてくる。


「でも、これ難しそうだよ?」


 ひなたの声に周りを見渡すと、長い拳銃のようなものが目に入った。

 どうやら、あのウサギは射的コーナーの景品のひとつらしい。

 見れば、ウサギの周りにも、お菓子の箱やらロボットのおもちゃやら、景品らしきものが、二列になってずらっと並んでいる。


「なに、まかせとけって」


 そう言って、藤久良くんがニッと笑いながら言う。


 どきん。思わず胸が高鳴った。


 今この身体を使っているのはひなたで、だからこの胸の高鳴りはひなたのもののはずで。

 けれど、傍目に見ているだけのはずの私まで、なんだか頬が赤くなっているような気がする。


 五百円支払うと、五発の弾がもらえるらしい。

 早速お金を支払い、受け取った弾を銃につめた。

 藤久良くんが銃を構える。

 なるほど、「まかせとけ」なんて言うだけあって、確かに様になっている。


 そして、藤久良くんが片目をつぶり、引き金を引いた。

 一発目。弾は僅かに逸れ、ウサギの右脇をかすめる。

 二発目。反動のせいだろうか、少し上を向いた銃口から放たれた弾丸は、今度はウサギの耳と耳の間を通り抜けていった。

 三発目。今度は意識しすぎたのか、下すぎだ。


「……いや、全然当たらないじゃん!」


 思わず、といった様子で、ひなたが藤久良くんにつっこむ。

 つっこまれた藤久良くんはというと、あれ、おかしいな、とでも言いたげに首を傾げていた。


 ははん、なるほど。

 頼まれたら断れない藤久良くんのことだ。さてはあんまりやったこともないのに、「まかせとけ」とか言っちゃったんだな。


「ねえねえ。今度はあたしがやりたい!」


 ひなたが元気よく挙手しながらそう言った。

 頼りない藤久良くんには任せてられなくなった……なんてことはなく、どうやら、単に横で見てたら、自分もやってみたくなったらしい。


 ひなたが銃を構える。

 と、藤久良くんが後ろからひなたに覆い被さるような姿勢になる。

 ?!

 突然の密着に胸をどぎまぎさせていると、


「もうちょっと姿勢を低くして、この穴から覗くんだ」


 なんて説明してくれる。

 私は正直銃の使い方どころじゃなかったのだけれど、もともと男子との距離感が小学生のままなひなたは、


「いや、藤久良くん全然当たってなかったじゃん」

「うるせえ」


 なんて普通な様子で笑い合っていた。

 藤久良くんがすっと後ろに下がる。

 そして、ひなたが片目をつぶった。

 狙いを定めるように銃口の向きを微調整し、引き金に指をかける。


 そして。

 放たれた銃弾は、まっすぐにウサギの足下に飛んでいき、そして、それだけだった。


 ……ん?


 どうやら、あのウサギは結構重いっぽい。

 重心のちょうど真ん中辺りに放たれた弾丸は、ウサギのことを僅かに後ろに動かすばかりで、落とすことはできなかったのだ。

 うーん。これはなかなか、商売上手というかなんというか。


「やっぱり返す」


 一発撃って満足したのか、ひなたが藤久良くんに銃を返した。

 銃弾は残り一発。

 藤久良くんは、おそらく当てても落ちないであろうウサギに慎重に銃口を向け、引き金に指をかける。

 そして、ゆっくりとその指に力をかけていたその時。


「ねえ、やっぱり最後はあたしがやりたい」


 無邪気に言いながら、ひなたが銃に手を伸ばした。

 しかし、一歩遅かった。

 すでに引き金を弾き始めていた藤久良くんはその指をとっさには止めることが出来ず。


「え?」

「うお?」


 ひなたの手によって狂った銃口は、ウサギの遙か斜め上を向いている。 

 そして、放たれた銃弾は、偶然にも上段に並んでいた、ロボットのおもちゃを倒すことに成功し。


 バランスの崩れたロボットのおもちゃは、腕を広げたまま落下して。

 その腕に、ウサギが引っかかった。

 落ちるロボット。そして、それに引っ張られるように落ちるウサギ。


「……ふふ」

「はは。なんだこれ」


 あははは、と、二人はどちらともなく笑い出した。

 偶然が呼んだ偶然の連鎖に、思わず私も、声には出ない笑いを漏らす。 

 ひとしきり笑うと、係のお姉さんが戦利品であるロボットとウサギを、紙袋に入れて持ってきてくれた。


「な、まかせとけって言ったろ?」


 藤久良くんがおどけたようにそう言う。


「まあ、ウサギがロボットにひっかかったのは、私がウサギを後ろにずらしたからなんだけどね」


 得意げに、ひなたがそう言い返すと、二人はまた顔を見合わせて笑った。



 小腹も空いたし、ちょっと休憩しよっか。

 どちらともなくそんな流れになり、売店のそばのベンチに二人並んで腰掛ける。


「ごめん、買い物の前に、あたしちょっとトイレ」


 そう言って、ひなたは席をたった。

 トイレは少し離れたところにあって、藤久良くんの姿が見えなくなるまで、足早に歩いて行く。


『ねえ、朱音』


 と、その道中、ひなたが私に声をかけてきた。


『どうしたの?』


『朱音ってもしかして、藤久良くんのこと好きなの?』


 ……ぅええっ?!


 何を言われたか理解した瞬間、思わず頬がぼふっと赤くなる。


『いやいやいや。藤久良くんは、私のお務めを手伝ってくれる大事な友達だけど、それだけだから!』


 慌てて言い返す私に、ひなたは『ふーん』と私にだけ聞こえるように言い、にやにやと笑った。

 これあれだ。絶対信じてない。


『ほんとだよ? ほんとに、その、す、好きとかそんなんじゃ……』


 なおも否定を続ける私に、ひなたは言う。


『じゃあさ、あたしがもっと、藤久良くんといちゃいちゃしてもいいってこと?』


『いちゃいちゃって?』


『たとえば、んー、手をつないだり?』

 あ、でも好きじゃないなら逆に、あんまり触ったりしないほうがいいのかな? なんて付け加えながら、ひなたがそんなことを言ってきた。


『え……? うーん、別に、手をつなぐくらい、良いけど』

 ひなたが藤久良くんと手をつないでいるところを思い浮かべながら言う。


 あれは、快翔くんのお願いを叶えようとしていた時だったか。前に藤久良くんと手をつないだ時のことを思い出してしまって、なんだか顔が熱い。


 それと同時に、胸のなかが、なにやら少し、少しだけなんだけど、もやもやとしていた。


『じゃあ、キスしたりとかは?』


 な、ちょ、えええ?!


 思わず取り乱すと、ひなたがこらえきれないというように、くすくすと笑った。


 いきなり一人で笑い出したひなたをみて、園内の親子連れが不思議そうにこちらを眺めている。

 そんなひなたの様子で、私は気づいた。


『もう、からかってるでしょ、ひなた!』


 びしっと指を指しながら言うと、ひなたは


『あは、ばれた?』と小さく舌をだした。


 ひなたがいきなり変なことを言うから、びっくりしちゃったじゃないか。


 どきどきとうるさい心臓の理由をそう結論づけ、私は『もう、早くしないと藤久良くん待ちくたびれちゃうでしょ!』と、いまだ楽しそうににやにやしているひなたをせっついた。

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