2-2 凸凹な彼と彼女は

 柏木とコウくんとやらは、SNSで出会ったらしい。

 いまはやりの、画像投稿をメインとしたSNSだ。


 甘いものや、ふわふわしたもの、女の子らしいかわいいものが好きな柏木と、かっこいいもの、美しいものが好きなコウ。


 投稿される写真の雰囲気は正反対であったが、しかし、二人は自然に惹かれ合い、いつしか写真に対するコメントを互いに書き合うだけではなく、もっと踏み込んだ関係になった。


 学校のこと、家族のこと、その日見たテレビの話や、お気に入りの音楽のこと、勉強のこと、将来のこと。


 二人の話題は多岐にわたり、お互いのことで知らないのは、本名と顔くらいになった。


 そしてついに、二人は実際に会う約束をする。

 しかし、二人が実際に出会うことはなかった。


 待ち合わせの場所に向かう途中の交差点で、信号無視をしたトラックが柏木に突っ込んできたからだ。


「だからね、ボクは謝らないといけないんだ」


 そう呟く柏木に、俺は聞いた。


「なあ、そのコウくんってやつと、SNSで連絡は取れないのか?」


 SNSでいままでやりとりをしていたのだから、本人と直接連絡を取るのがいちばん早い。柏木の使っていた端末はもう使えないだろうが、俺か玉森のアカウントから連絡を取れば。

 そう思っての問いだったが、しかし、柏木はふるふると首を横に振る。


「ボクもすぐにそう思って、朱音ちゃんにお願いして、試してみたんだ。でも、コウくんは“どこにもいなかった”んだよ。アカウント、消しちゃってたみたいで。きっと、ボクが待ち合わせ場所に行かなかったから、怒って消しちゃったんだ」


 焦げ茶の瞳を悲しみの雫できらめかせ、柏木が俺に詰め寄る。


「藤久良クンは、この子の手伝いをしてくれてるんでしょう? クラスの子たちも、頼めば何でもしてくれるって言ってた。だからお願い。ボクをコウくんに会わせて……!」


 俺のワイシャツの胸元を掴み、くしゃくしゃにしているその手は、あまりにも白く細い。


 正直、どうしたらいいかなんてさっぱり思いつかなかった。

 それでも、こんなに困っている人間を放っておくことなんて、俺には出来ないのだ。


 些細なお願いと、それを無碍にした過去の自分。

そして、その結果、どうなってしまったのか。

 思い出して、真っ赤に染まる視界を振り払うように、俺は力強く言った。


「ああ、俺に出来ることなら何でもする。だから、柏木。お前がコウくんとやらについて知ってること、全部話してくれないか」


 柏木がこくりと頷く。その瞳は、泣きそうなのに、強い意志を灯していた。

 


 柏木の話を聞きながら、俺たちは現状唯一の手がかりである、待ち合わせ場所に向かっていた。


 待ち合わせ場所は、高校から電車で三駅ほどのところにある駅の広場だ。喫茶店や牛丼屋なんかはぽつぽつとあるが、人通りはまばらで、節電と節水のために水が涸れている噴水痕だけが存在感を放っている。


「コウくんの家はここから一時間もかかんないって言ってたよ。途中まで定期があるから助かるって」


 ここは柏木の最寄り駅らしい。二人はここで会って、目の前の喫茶店でケーキを食べる予定だったんだという。


「コウくんはかっこいい物がすきなんだけど、実は甘い物も好きでね、なかでもモンブランがいちばん好きなんだよ」


 道中ずっと、柏木はコウくんについて話していた。

 コウくんについて話す柏木は、とても楽しそうで、生き生きとしていた。死んだ人間に生き生きしているというのも、変な話だが。


「誰か、待ち合わせの時にもここにいた人がいればいいんだけどな。そしたら、コウくんについて何か分かるかもしれないし」


「なら、訊いてみようぜ」


 呟く柏木に、俺はくいっと顔である方を指しながら言う。


「あ、そっか」


 俺が指しているのは、交番だった。

 待ち合わせ場所の広場に面している交番には、交番なんだから当然だが、警察官がいる。


 きっと待ち合わせの日も、同じ場所にいたに違いない。

 もしかしたら、コウくんの制服を見ているかもしれない。そうすれば高校が特定できるし、そうでなくても、容姿についてとか、なにがしかのヒントが得られるかもしれない。


「すいません」


 ちょっと緊張しつつ、俺は警官に話しかける。


「はい、どうかしましたか」

「その、一週間前の今日、このくらいの時間、この駅前に、男子高校生がいたはずなんですけど、その人について、なにか覚えてることがあれば教えてくれませんか?」


 俺が訊ねると、警官は顎に手をやって視線だけを上にあげた。

 そして、うーん、としばらく考え込む。


「背が高くて、イケメンの高校生なんですけどっ。年はボクと同じ高校一年生でっ」


 前のめりにそう主張する柏木と、「コウくんがイケメンかどうかなんてわかんねえだろ」「だって、文化祭で王子様役にえらばれたーとか、バレンタインにチョコたくさんもらったーとかいってたし!」みたいなやりとりをしていると、警官が申し訳なさそうに口をひらいた。


「あのう……大変言いにくいんだけど、先週この場所には、男子高校生なんていなかったよ?」

「え……」


 さっきまでの元気はどこへやら、声を失う柏木。

 その瞳は見開かれ、僅かに開いたままの唇は震えていた。


「君たちが自信満々だったから、僕の勘違いかと思って頑張って思い返したんだけど、うん。やっぱり、いなかったよ」


 しかし、そんな柏木の様子は意にも介さず、警官はそう告げる。


「その、おまわりさんが見逃しただけってことは……?」


 うろたえながらもそう訊ねる柏木に、警官はさっぱりとした口調で答えた。


「うん。その可能性もゼロではないよ。でも、その日はちょうどこのくらいの時間に迷子の男の子が飛び込んできてね。その子のお母さんを探すために駅の周りを一周したんだ。少なくとも、そのときには男子高校生なんていなかったよ」


「あの、それって何時頃のことか分かりますか?」


 もしかしたらコウくんが来る前や、帰ってしまったあとだったのかもしれない、そう思って訊ねたのだが。


「十六時五分くらいかなあ。十六時の蛍の光が鳴って、すぐだったから」


 この近辺では、日の長い夏場は十七時、それ以外の期間は十六時になると蛍の光が流れ出す。

 待ち合わせしていた時刻は十六時ちょうどだったはずだ。十六時五分なら、ちょうどコウくんは待ち合わせ場所で待っていた頃のはずである。


「そう、ですか……。ありがとうございました」


 呆然とした様子で、小さく頭を下げると、柏木は交番をあとにする。

 俺は慌ててそれを追いかけるも、やはり脳内には疑問符が浮かんでいた。

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