2-3 凸凹な彼と彼女は

 俺には正直、SNSで出会った人間との関係性というのがよく分からない。けれど、柏木とコウくんが、何でも話せる仲だったというのは、どうやら本当らしかった。


「放課後よく行くのがミスドとモス。そんで男女共学で、制服はブレザーだけど女子の夏服だけセーラーで、弓道部があるってえと……やっぱりここだよな」


 すっかり意気消沈してしまった柏木を連れ、俺たちは駅前の喫茶店にきていた。

 そして、どうにか手がかりを見つけようと、柏木からコウくんに関する情報を聞き出すうちに、あることに気がついた。


 あれ、これもしかして、通ってる高校特定できるんじゃね?


 予感は的中した。弓道部がある高校は意外に少なく、また、制服に関する情報が決定打になって、俺たちはコウくんとやらの通う高校の目星をつけることに成功したのだ。


 僅かながらの手がかりを得られて静かにテンションが上がる俺とは裏腹に、柏木は駅前の交番でのやりとりからずっと、静かに俯いている。


「よし、それじゃあ明日の放課後、この桜下高校とやらに行ってみよう。校内に入れないにしても、学校から出てきたやつに話聞くきらいはできんだろ」


「……あの、さ」


 俺の提案をきいた柏木が、遠慮がちに口を開く。


「やっぱり、いいよ。コウくんに会うの」

「は?」


 思わず停止する。いま、こいつはなんと言った? 


「だからさ。コウくんと会わなくていい、って言ったの。だってさ、コウくんは、あの日、そもそも待ち合わせに来てなかったんだよ? それってつまりさ」


 ……ボクには会いたくないってことじゃん。


 口の中で小さく呟いた言葉は、しかし、不思議と俺の耳にはっきりと届いた。


「なんでそう思うんだよ」

「え? だって、さっきおまわりさんが、コウくんはあの日いなかった、って」


 そう答える柏木に、俺は言う。


「そんなの、さっきの警官の勘違いかもしれないだろ。それに、仮にコウくんがあの日待ち合わせ場所に来てなかったとして、お前みたいにやむにやまれぬ事情があったのかもしれないだろ」


「でも……」


 悩むような、考えるような様子の柏木は、けれど、まだ煮え切らない様子だった。

 そんな柏木に、俺はたたみかける。


「それに、お前は会いたいんだろ?」

「……」


「死んでも死にきれないくらいに、そいつに会いたかったんじゃねえのかよ」


 思い出すのは、数時間前の柏木の様子だ。


 交番で呆然とする柏木。

 うきうきと楽しそうにコウくんについて語る柏木。   

 そして、放課後の屋上で、睫を震わせながら、大切なひとに会って謝れなかったことを後悔する、柏木。


 そのどれもこれもが、全身で、コウくんに会いたいと叫んでいた。


「そう、だね。うん。そうだよね」


 何度か咀嚼するように、柏木はひとり頷く。


「ボク、きっと怖かったんだ。今更会いに行っても、コウくんに迷惑なんじゃないか、とか。相手のこと考えてるふりして、本当は、ただ、自分が拒絶されるのが怖かったんだ」


「柏木……」


 でも、と柏木は、少し声を強めて言う。


「ボク、気づいちゃったんだ。ううん、気づかせてくれたんだ、キミが。コウくんの迷惑とか、拒絶される恐怖とか、そんなのどうでもいいくらい、ボクはコウくんに会いたいんだって」


 栗色の瞳が、細められる。

 玉森とは違う、はじけるようなのにやさしい笑顔は、けれど、玉森に負けず劣らず、魅力的だった。


「ようし、善は急げだっ。行こう、藤久良クン!」


 そう言うと、柏木は残っていたアイスミルクティをずずずっと一息に吸い上げ、席を立った。


「行くって、今からか?!」


 二人分の会計を済ませ、俺は柏木のあとを追う形で、桜下高校へと向かった。



 日はすでに傾いて、辺りは薄暗くなってきている。

 部外者である俺たちは、構内に入るのは難しいだろうが、校門で待ってさえいれば、もう少しで部活帰りの生徒たちがやってきて、話が聞けるだろう。

 そんなことを考えていたのだが、しかし。


「おわっと、すみませんっ」


 桜下高校の敷地内は、校内外問わず、様々な服装のたくさんの人で賑わっていた。少しでもきょろきょろしながら歩こうもんなら、すれ違いざまに人にぶつかってしまうほどだ。


 頭に疑問符を浮かべながら、先ほどぶつかってしまったひとに頭を下げる。

 女装した、イケメン……?


 すれ違いざまだったのではっきりとは見えなかったが、先ほど俺がぶつかったのは、女子の制服を着たイケメンだった。


「これは一体……?」


 混雑に乗じて校内に侵入した俺たちだったが、状況が上手くつかめない。思わず首を傾けていると、ふいに、柏木が俺の袖を引いて、


「あ!」


 と、声を上げた。


「そうだ。文化祭だよ! 明日から、文化祭、桜祭りなんだ!」


 柏木の指さす方を見てみると、そこには、第56回桜祭り、と大きく書かれたポスターがあった。

 なるほど、文化祭前日であれば、様々な格好の生徒たちが、遅くまで残っているのも頷ける。


 状況が把握できたところで、早速聞き込み開始、とばかりに、柏木が道行く男子高生に声をかけた。


「あのっ、すいません」


 先ほどまでよりもうるうる度十割増しの上目遣いで、男子高生を見つめる柏木。

 声をかけられてすぐのときは、忙しいのにめんどくさいなという態度が滲んでいた彼も、そんな柏木のかわいらしい仕草を見た途端、顔が引き締まった。


「ボク、お兄ちゃんに頼まれて、お兄ちゃんの友達に差し入れ持ってきたんですけど、場所が分からなくて……。一年生の弓道部員なんですけど、いまどこにいるか分かりませんか?」


 即興でするするとウソをつく柏木に驚きとちょっとした恐怖を覚えつつ、様子を見守る。

 話しかけられた男子は、しかし、心底申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「力になってあげたいのは山々なんだけど、いまはみんな文化祭の準備でいろんなとこに散ってるからなあ……。その、届けなきゃいけない相手のクラスとか分かる?」


「すいません、そこまで聞いてなくて」


 相手から有用な情報が得られないと分かると、柏木はありがとうございました、と頭を下げてまた別の相手に声をかける。

 けれど、弓道部員の一年生、という情報だけでは、居場所を特定することは出来そうになかった。


「学校まで来ちゃえば、もうちょっとだとおもったんだけどなあ……」


 騒がしい校内の中で比較的静かな昇降口付近で、俺はうなだれる柏木と一緒に作戦を練り直していた。

 とはいうものの、手詰まり感が否めない。


 これは、来週出直して、弓道部の部活中に乗り込んだ方が現実的なんじゃないだろうか。

 隣でむくれる柏木をみると、どうにか早く会わせてやりたいとは思うが……。

 と、そんな俺の目に、ある物が目に入った。


「これだ!」


 突然大きな声を上げた俺に、柏木がびくりと肩をはねらせる。

 そして、俺の指さす方をみて、柏木は呟いた。


「桜姫コンテスト……?」


 俺の目に入った物、それは、ミスコンのポスターだった。

 日時は明日の午後。ミスコンの様子は校内放送で常に放送されるらしく、雲のようなポップな吹き出しに「他校生の飛び入り大歓迎!」と書いてある。


「ミスコンなら、優勝したときにスピーチがあるはずだ。その様子は校内に放送されるって書いてあるし、これならコウくんに、直接メッセージを伝えられるんじゃないか?」


 戸惑う様子の柏木に、俺はまくし立てる。


「柏木なら絶対優勝できる! 今日のお前のかわいさは俺が保証する。だから、明日、出場しようぜ」 


 そんな俺とは裏腹に、柏木は戸惑いの色をいっそう濃くする。

 そして、何やら頬をかあっと赤くし、恥ずかしげにもじもじとしながら呟いた。


「でも……。ボク、おとこのこだよ……?」 


 は?


「はあああああああああああ?!?!」


 俺の絶叫は、賑やかなはずの校内の空気を、切り裂くように響き渡った。


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