1-4 リトル・ヒーロー
優花兄は、百瀬優花の自宅近くにある、公園のベンチに腰掛けていた。
先ほどまで、俺たちがいたあの公園である。どうやら、ここいらの小学生にはこの公園が定番スポットらしい。
「よう」
俯き、ベンチに腰掛ける優花兄に、声をかける。
上げられた顔は俺のことを捉えたが、「ああ、こいつか」とでも言いたげに再び伏せられた。
しかし、これくらいでめげるわけにはいかない。
快翔のためにも、玉森のためにも、こいつがどうして頑なに、快翔の告白を阻止するのかを暴かなければ。
俺は図々しくも、優花兄の隣にどかりと腰掛ける。
さすがに顔を見たことがある程度の他人に、隣に座られるとは思っていなかったらしく、優花兄は驚いた様子で。初めて俺の方をきちんと見た。
「なあ少年、ちょっとお話しないか?」
「なんだよ兄ちゃん。もしかして、あの女子高生のこれか?」
言いながら、親指を立てる目の前の小学生。
「ちげーよ!」
どうしてこう、今時の小学生はすぐにそういう話に持って行こうとするんだ。
っていうか、そういうのほんとどこで覚えてくるんだ。まじで。
「俺は
自分と玉森の関係性をなんと言ったらいいか分からず、結局クラスメイトという無難な単語に逃げる。
さあ、俺は自己紹介したぞ、と目線で促すと、優花兄は、
「
と、渋々呟いた。
「それで、藤久良、さん? は、オレに何の用なの?」
てっきり、自分の彼女にアホな小学生男子の霊が乗り移ったから、早く追い出したくてオレんとこに来たのかと思ったんだけど。
そんなことを呟く武瑠に「宏明でいいよ」と返しつつ、俺は言葉を探した。
「んー、当たらずとも遠からず、だな。率直に言って、俺は、快翔に無事告白してもらって、成仏してもらいたい。でも、それには高い壁が立ちはだかってるんだよなあ」
言いながら武瑠の方を見ると、武瑠はわざとらしく、ふいっと顔を背けた。
「なあ、なんで武瑠は、快翔の告白を阻止するんだ?」
真っ正面から本題に切り込むと、武瑠はしばしの沈黙の後、小さく口を開く。
「宏明さんには、妹はいるか?」
「いや」
姉ならいたけど。そう言いかけて、ここでは不要な情報だなと、飲み込んだ。
「じゃあさ、仮に妹がいたとして、その妹と自分が仲良かったとして。妹に、あのバカが告白しようとしてたらどう思う?」
俺の逡巡には気づかず、武瑠は俺にそう問いかけた。
想像する。俺にかわいい妹がいて、その妹に、いかにも小学生男児って感じの少年が告白をしようと考えている。
「ちょっとやだ」
「だろ?!」
俺の返答に、武瑠は食い気味で同意した。
「なんか、善意でそのへんのカエルとか拾って、優花に見せて泣かせそう」
「あー……分かる」
「相手の誕生日とか平気で忘れて、友達とゲームとかしそうだし」
「まあ、誕生日にプレゼントあげるのは親の役目だと思ってる年頃だよなぁ……」
なんていうか、快翔は良くも悪くも、小学生の男の子なのだ。
そして、小学生男子というのは、十人いれば十人とも例外なくバカである。
そのことを、かつて小学生男子だった俺たちは、身をもって知ってしまっているのだ。
一方、この年頃の女の子は、もうすでに女子なのである。
男女ともに重ねてきた年齢は同じはずなのに、こと精神面において、両者の差はあまりにも大きい。もちろん、個人差はあるが。
だからこそ、俺たちはいまの快翔が優花ちゃんに告白したらどうなるのかある程度想像がつくし、その課程で在りし日のバカな小学生男子だった自分を思い出し、背中のあたりがかゆくなるのだ。
しかし、これはあくまでも、告白した後の話である。
告白したあとの、未来の話だ。
快翔が告白をしたところで、カエルを見て優花ちゃんに泣かれる日も、優花ちゃんの誕生日を忘れてゲームに勤しむ日も、永遠に訪れることはない。
それに、快翔と対面している時の武瑠の、痛いくらいの表情の険しさも気になる。
てっきり、快翔のことが個人的に嫌いで、ああいう態度をとっているのかと思っていたのだが、先ほどの会話中のテンションを見るに、そういうわけでもないらしいし。
「それにさ、死んだやつから告白なんかされたら、優花が困るだろ」
ついでのように呟かれた言葉に、何も言えなくなる。
そうか。こっちが本音か。
思わず武瑠の方を見ると、彼はとても優しい、それでいて、見ているこっちが辛くなるような、目をしていた。
死というのは、呪いだ。
とかく、身近な、大切な人の死というものは。
忘れることなんて到底できなくて、時には、自分が誰かと結ばれて、幸せに過ごすことすら後ろめたく思ってしまう、呪い。
大切な妹にかけられる呪いは、なるほど、軽い方がいいに決まっている。
「お前、いい兄貴だな」
散々迷って、そう言うと、武瑠は、
「いや、わるい兄貴だよ。妹が好きな人から告白されようとしてるのを、阻もうとしてんだから」
とだけ言って、公園をあとにした。
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