1-1 リトル・ヒーロー 

 クラスの女子が小学生のあとをつけていたら、あなたならどうするだろうか。


 電柱に半身を隠しながら、ピンク色のランドセルを追う。その姿は、どこからどう見ても。


「ストーカー、だよな……」


 事情を知らない人間が見たら、通報されてもおかしくない構図である。

 そして、そう呟く俺も、玉森が隠れているのより一本後ろの電柱に身を隠していた。


 そう、玉森の奇行を見かけた俺がとった行動も、後を追うことだったのだ。


 別に、俺は玉森から隠れる必要はないのだが、俺が声をかけることによって、玉森が小学生に気づかれてしまうことを危惧した結果である。


 このストーキングも、おそらく魂守のお務め関係なのだろうし。

 こんな時に連絡が取れりゃあなぁ。そんなことを思いながら、恨みがましくポケットのスマホに手を伸ばす。


 しばしの間、俺はこっそりと玉森の後を追う。その玉森の少し前には、何も知らずに下校をしている風な女子小学生の姿。


 二重尾行のような奇妙な時間が続いた。

 一体、どうしてこんなことになっているのか。話は、今日の朝に遡る。



 玉森のことを助けると宣言した、その翌日。

 俺が朝起きて一番目にしたことは、頭を抱えることだった。


 別に、気持ちが高ぶって「魂を守る」とか気障な発言をしたことを悔いてる訳ではない。いや、それもなくはないが、メインではない。


 俺が頭を抱えている理由、それは。


「なんで、連絡先交換し忘れるかなぁ」


 という、ことだった。

 昨晩は浜辺を離れてすぐ、そのまま玉森を送るため、魂守神社に向かった。


 「ほんとうに、手伝ってくれるの?」と、その段になってもまだ訊ねてくる玉森に、「明日からめちゃめちゃ手伝ってやるから覚悟しとけ」とか調子いいこと言ったのに、この体たらくである。


 玉森の話だと、朝早くから犬の散歩やらなにやら、忙しくしているらしい。それを手伝いたくても、連絡する手段がないことには、どうしようもない。


 いっそのこと家まで向かおうかと思ったが、もう玉森が家を出ている可能性もあるし、家の人と遭遇でもしたら迷惑かもしれないと思ってやめた。


 結局俺は、教室に着いたらいちばんに連絡先を訊こうと決意して、いつもより少しだけ早い時間に家を出たのだった。


「玉森、おはよう」

「あ、藤久良くん。おはよー」


 教室に着くと、少しだけ目を腫らした玉森がそこにはいた。

 その理由を知っている俺は、昨晩のぼろぼろと大粒の涙を零す玉森のことを思い出した。腫れぼったい目をこする玉森は、少しだけ眠そうに見える。


「あのさ、玉森。俺、きのう連絡先を」

「えっ! もしかして今日、小テストの日?!」


 俺が最後まで言い切るより、早く、クラスの端から悲鳴じみた声が聞こえてきた。

 それを聞いた玉森の顔に、みるみる緊張が走る。


「もしかして、玉森勉強してきてない感じ?」


 まあ、昨日はそれどころじゃなかったもんな。

 問いかける俺に、玉森は先ほどまで眠たそうだった瞳を緊張から見開いて、口をあけた。


「ねえ藤久良くん、今日の小テストの範囲ってどこ……?」


 青い顔でそう訊いてくる玉森に、「そこからかよ!」と内心突っ込みつつ、俺は玉森に小テストの範囲を伝えた。

 

 そんなこんなで、朝は連絡先を訊くことが出来なかった。

 ちなみに、小テストの範囲をきいた玉森は、「広すぎるよ~。っていうか、そもそもこんなとこまで習ってたっけ?」と半泣きになっていた。


 しかし、小テスト終了後、必死の直前勉強が功を奏したのか、玉森は、「藤久良くんのおかげでなんとかなったよ~。やっぱり、協力してくれるひとがいるってありがたいな」と言って、ふにゃりと笑った。


 思わず俺が、「別に小テストの範囲くらい、俺以外のやつにも訊けただろ」と突っ込むと「はっ、確かに……!」と、はっとする。


 もしかして、玉森って天然なのでは? と、思わずにいられない。

 その後も、やれ教室移動だ、やれ体育の着替えだ、とタイミングを逃し続け、ついに玉森の連絡先を入手出来ないまま、放課後を迎えてしまった。


「玉も」

「おーい藤久良あ! 悪いが、このプリントを運んでもらえんか」


 鞄に荷物を詰める玉森に声かけようとした俺を、教師の野太い声が遮る。

 日頃、人から何か頼まれたら断らないようにしているので、教師から雑用を頼まれるのはいつものことだった。


 しかし、今日に限ってはタイミングが悪い。

 俺は玉森を追いかけて、連絡先を交換しなくてはいけないのだ。


「ったく、先生ひとづかい荒いっすよ!」


 それなのに、口から無意識にこぼれたのは、そんな言葉だった。

 そして、俺の手には、クラスメイトたちのプリントが握られている。


 教師に押し付けられたわけではない。いつの間にか、手に取ってしまっていたのだ。


「いつも悪いな。じゃ、いつも通り机の上に置いといてくれ」


 そう言うと、焦る俺をその場に残して、教師はスタスタと教室を出て行ってしまった。



 幸いにも、職員室にプリントを届けに行った俺は、学校を出て割とすぐに玉森の姿を見つけることができた。


 何やら小学生をストーキングしているという謎の場面だったため、とりあえず後をつけてみることにしたのである。


 ちなみに、小回りがきかないので追いかけるには却って徒歩の方がいいだろうと、スクーターは学校の駐輪場に置いてきていた。


 それにしても、この小学生は、どこまで行くのだろうか。

 俺がそんな疑問を抱いたのと、状況が動いたのはほぼ同時だった。


 小学生が、とある一軒家の前で立ち止まったのである。

 そして、鍵を取り出して、家の中に入る。どうやら、そこがその小学生の自室らしい。


 すると、今度は自動販売機の陰に隠れていた玉森が、口を開いた。


「きめた! ねえちゃん、おれ、きょうこくはくする!」


 思わず耳を疑う。

 は? え、なに。コクハク……告白!?


 小学生に告白する、ということは、特殊な場合を除けば、玉森の中にはいま小学生の男の子が入っているのだろう。


 その子はいま、自分の姿形が女子高生だと、分かっているのだろうか。

というかそもそも、小学生って、生死の観念とかどうなっているのだろう。自分がいまどういう状態になっているか、きちんと理解しているのだろうか。


 俺の困惑をよそに、玉森は、正確には玉森の中にいるであろう誰かは、先ほど小学生が入っていた家のインターフォンを鳴らした。


 ピンポーンという軽い音がしたかと思うと、不自然なほど早くドアがガチャリと開く。


 そこから出てきたのは、少年だった。

 体格こそがっしりとしていて、背は玉森よりも大きいが、顔つきはまだあどけない。


「何しにきたバ快翔」


 そして、開口一番険しい顔でそう告げる。


「なにって、こくはくしにきたんだ!」

「だから、優花には会わせないって何度も言ってるだろ! 帰れ!」


 お互いに顔をぶつけんばかりに近づけて怒鳴り合ったかと思うと、激しい音を立てて再びドアが閉められた。 


 それをみた玉森の中に入っている人物は、ちぇっ、っと子どもらしく舌打ちをすると、そのまま玄関前にへたり込んだ。いわゆる、うんこ座りだ。


 先ほどのご近所迷惑も顧みない大声に、通りすがりの人が何事かとちらちら見ている。


 まずい。客観的に見ていまの玉森は、小学生の家で子どもと怒鳴り合いをし、そのまま玄関先に居座る不審な女子高生だ。


 玉森のことを守ると決めた以上、玉森に不名誉な噂が広まるのはいやだった。

 っていうか、仮に玉森のことを守ると決めていなくても、事情を知らなかったとしても、こんな状態のクラスメイトがいたら放っておけないだろう。


 俺は自販機の陰から飛び出し、玉森の手首をつかんで強引に立ち上がらせると、駆け足でその場を立ち去った。

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