2-4 凸凹な彼と彼女は

「もう、私にミスコンなんてむりだよ~!」


 衝撃の告白から数十分後。

 俺たちは桜下高校付近のミスドに来ていた。


 いくら、早くもお祭り状態の校内とはいえ、他校生が騒いでいたらさすがに目立つ。

 俺たちは桜下高校の教師に追い立てられるように学校をあとにした。


 そして、恥ずかしがって引っ込んでしまった柏木の代わりに俺の目の前にいるのは、玉森である。

 わたわたと手を身体の前で振り、全力で拒否の意思を表しているが、なんだか漫画っぽい仕草でかわいらしい。


「それに、ほたるんのこと、女の子と間違えるなんて」


 まあ確かに、私よりほたるんの方が女子力高いけどさぁ。なんて言いながら、今度は口をとがらせてむくれる。


 ちなみに、ほたるんとは、どうやら柏木のことらしい。

 前は、なるべく、亡くなった方のことは知らないようにしていたと言っていたが、ここ最近は、むしろ積極的に仲良くしているようだった。


 そんな玉森の変化に、なんとなくほっこりした気分になっていると、不意にある疑問が浮かんだ。そういえば、と前置きして、俺はさっそく玉森に訊ねる。


 「別の誰か、たとえば柏木とかが玉森の身体をつかってる間って、玉森はどんな感じなんだ?」


 小説や漫画で読む二重人格なんかだと、自分とは別の人格が出ている間のことは、一切関知していなかったりする。


 しかし、玉森は俺と柏木とのやりとりを、完全に把握しているようだ。

ほたるんとか呼んで仲よさげなところを見るに、会話なんかも出来るみたいだが……。


 玉森の手伝いをするようになって早数日。あまりにも今更な質問に、玉森は目をぱちくりさせた。

 そして、視線を上にやりながら、答える。


「うんと……巨大ロボットみたいな?」

「???」


 頭上に無数の疑問符を浮かべる俺の表情を見て、玉森は慌てて言葉を付け加えた。


「つまりね、私っていう身体が巨大ロボットだとするじゃん。それで、その中に何人かの隊員が乗ってる、みたいな」


 いまだ釈然としない俺に、玉森は講義を続けた。


「音とか映像とかは、寝てるときでもなければ入ってくるんだ。中に複数人いるわけだから、会話も出来るよ。でも、操縦席は一つしかないから、その操縦席に乗ってるひとの言動だけが、表に現れる……みたいな」


 あくまで、そんなイメージってだけなんだけどね。と、付け加えて、ふにゃりと笑った。


 しかし、なるほど。巨大ロボットか。


 玉森の説明のおかげで、俺にもおぼろげながら、彼女の身体で何が起きているのか想像がついた。


「玉森は戦隊ものとか好きなのか?」


 俺としてはたいした意味もなく、巨大ロボット=戦隊ヒーローくらいの感じで訊ねたのだが、訊かれた玉森はぽっ、と顔を赤らめる。


「へん、かな。その、ここ数年は忙しいから見れてないんだけど、正義のヒーローとか、かっこいいなって」


「別に変ってことねえんじゃねえか。俺も、小学生の頃とか見てたし」


 ここ数年はなんだか気恥ずかしくて見ていなかったが、そういえば俺も、当時は夢中になって画面の中のヒーローたちの活躍を見守っていたな、と思い出す。

 ほわほわして、いかにも女子らしい感じの玉森が戦隊ヒーロー好きというのは、正直意外だった。


 けれど、自らも正義のヒーローじみたことをやっている彼女だ。同じような境遇のヒーローに憧れるのも、無理のない話だ。


 俺の返答に、玉森は安心したように、へへへ、と笑う。

 そのあと俺たちは、ミスドを出てポチの散歩をし、解散をするまで、子どもの頃に見ていた戦隊ヒーローの話で盛り上がった。



「藤久良クン、おっはよー!」


 次の日、待ち合わせ場所に現れたのは、玉森ではなく柏木だった。

 昨日の時点でかなり可愛らしかったその容姿は、制服を脱ぎ捨て、自分の特長を最大限活かせる私服に身を包むことによって、魅力を何倍にも引き上げていた。


 その、完璧なまでのかわいさに、俺は昨日判明した衝撃の事実を受け入れることが出来ない。

 おはよ、と挨拶をした俺に、柏木は言う。


「昨日はごめんね、なんか、騙すみたいになっちゃってて」


 顔の前で両手を合わせ、謝罪をする柏木に、俺は慌てて言う。


「いやいや、俺の方こそ! 勝手に勘違いして、大きな声だして悪かった」


 確かに、柏木は一度も自分のことを、女だと自称することはなかった。 

 思い返してみれば、一人称も最初から〝ボク〟だったし。


「なあ、言いにくかったら答えなくてもいいんだけど、」

「ボクがオカマやホモなのか、気になってるの?」


 謝罪に続いて、柏木に先手を打たれた俺は、その直接的な物言いと伺うようなまっすぐな視線に、思わずうぐっと喉を詰まらせる。


「あ、ごめん。べつに責めたりとか、そんなつもりはないんだ。慣れてるしね」


 そう言って笑う柏木は、言葉の明るさとは裏腹に、なんだか寂しそうだった。


「ボクはね、ただ、〝かわいい〟がすきなんだ。パステルカラーとか、ちいさいものとか、ふわふわしたものとか、きらきらしたものとか、そういうのが。だから、そのうちに、自分もかわいいになりたいなって、思っただけで」


「でも、」


 それは、女になりたいってことじゃないのか?

 お前はコウくんのことが好きなんだろ?


 でも、のあとに、俺はどちらの問いを口に出そうとしたんだろう。

 結果的に、二つの問いはどちらも言葉になることはなく、静かに霧散した。


「ボクは、ボク、だよ。ボクは柏木ほたる。コウくんのことが好きな、柏木ほたるだよ」


 自信たっぷりに、そう言われて、俺は理解した。

 理屈でなく、一瞬で。


 五月晴れの空の下、そう言ってこちらを見つめる柏木は、とてつもなく強く、美しく、尊い物のように感じた。


「そう、だな。変なこと訊こうとして悪かった」


 本日二度目の謝罪をする俺に、柏木はからっとした笑顔で答える。


「ううん。言っておきたかったから。言えて良かった」


 それじゃ、行こうか、と促され、俺たちは改札をくぐる。

 向かうは桜下高校。ミスコン優勝目指して、俺たちは電車に乗り込んだ。

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