第23話 決着


ここへ向かう前、彼女は必死に彼に止まるように言った。


『行く必要はありません! 』


『ここで隠れていろって?』


『そうです』


『現実的な案じゃない。博士は何か急用ができただけだ。それが終われば、必ず探しに来る。その前にこちらから手を撃たないと』


『待ってください!』


呼び止められて、彼は彼女に抱きしめられた。


『あの男とあなたは別の人物です。何も責任を感じる必要はありません』


彼は黙って彼女を引き剥がして、その場から消えた。


彼は鍵のかかったドアノブを律儀に解除する暇はないので破壊して無理やり開けた。

全員が入って来た彼の手に注目した。


「この銃に見覚えはあるよな」


会議室の空気が凍りついた。


「やめろ、本当に殺せる銃なんだぞっ!」


吉田刑事は叫ぶ。


「誰だお前。黙ってろ」


彼が銃を向けるとまずいと思ったのか吉田刑事は押し黙った。


博士は周りを見渡した。

他の人も口を開こうとしない。

その銃の怖さを全員が知っているからだ。


「待て、話そうじゃないか」


「そうしたいけど、問答無用だ」


彼は銃のトリガーを引いた。



博士はそこに平然と座っていた。


その体には何も銃傷と思わしき穴は空いてない。


何度もトリガーを引く。

発砲しない。

壊れたか!?

そんなはずがない!

彼の疑問が頭の中でグルグルと回っていると博士は口を開いた。


「僕が何も準備をしていないはずがないだろう」


「準備だと…」


「君の計画は周知していた」


これは博士の銃だ。

自宅で撃つと固定されるプログラムやあの椅子に座っている者に撃つと動けなくなるプログラムなど、仮説が浮かんでは消えていく。

彼は必死に頭の中で思考を展開させた。


「黙ったか。飽きた、もうお別れしよう」


つまらないものを見るように懐から刃物を取り出した。


「…やめろっ…」


「ダメだ」


彼の首に刃物を刺した。

スッと滑らかに刃先を進ませると、彼の首から赤が吹き出した。

それは横たわる彼を中心に広がっていく。


「グクプっ…殺してやる」


「まだ喋れるのか。発声機構は別のプログラムで反映されてないのか…

やはり実践は大事だ」


「赤色の液が…」


見ると吉田刑事が腰を抜かして床に尻餅をついていた。


「ん? あぁ、刑事さんは人の死に立ち会うのは初めてとなる世代か。これは血って言うんだ。人間は、ある程度の知能を持つものは本能的に血に恐怖を抱く。だから、別に恥じらう必要はない」


「…ざっけんな」


彼は呟いた。


「ふざけているのどちらかね?」


「…お前だよ、間抜けっ」


「間抜けは君だ。自分の正体もわかっちゃいない」


「…自…分の、しょう…たい…」


「いいだろう。教えてやる」


「君はコピーだ」


薄れゆく意識の中で浅川は叫びたいほどの己の無力さ抱えて暗闇に落ちていった。


博士は若者の死を確認すると立ち上がった。


博士はそう言って会議室を立ち去ろうとしてドアノブに手をかけた。


部下がその後を追いかけて聞く。


「彼はどうしますか?」


「死体は処理しておけ」





破裂音。









何が起きたのか理解できなかった。



周りがざわめく中、博士は強い衝撃が自分の体に走っていたことに気づいた。

目線を下げる。


ポツポツと複数の赤い点が腹や胸にできていた。

その点は見る見るうちに拡大し服をじわりと赤色に染めていく。


とっさに沸いたのは疑問。

なぜ? 自分に襲い掛かった男は処分したはずだ。

1秒がとても遅く過ぎ去る。時間が引き延ばされている。

考えている合間も来ている服は赤色に染まっていく。

ついに全ての点はつながって、行き場をなくした血は足元に垂れた。

信じられないものを確かめるように博士はようやくゆっくりと振り向いた。


彼は銃を握りしめたまま動かなくなっていた。



先ほどとは違い、煙の出ている銃口が向けられている。


深見博士の口から血が溢れ出す。

銃は一昔前の兵器を真似して作られていた。

内臓は体内で破裂した弾丸にズタズタに切り裂いていた。


「そうか…」


なんとか驚きを言葉にして膝をつき、力なく液だまりの上に倒れた。

床に赤い水たまりが広がっていく。


「博士!」


「何が起こった!? 死んだはずだぞっ!」


「早く医療の知識をダウンロードしろっ!」


吉田刑事は様子を茫然として眺めていた。

周りの人間が懸命に救助を試みるも、すでに博士の体からは生命維持が不可能なまでに血は失われていた。

博士の肺に空気が出し入れするペースは徐々にゆっくりになっていく。

やがてその呼吸を止めた。




ーーー




立川たちは資料をめぼしいものは全てトラックに運び込んで、その床に広げて読み漁っていた。


その中から、立川はついに目的のものを視界に収める。


「何だこれ」


そう言って手に持つのは長方形の物体。


「あ、それスマートホンですね。昔の情報端末です」


浅間が正体を言った。レトロ好きにはすぐにわかるものなのだろう


「スマートホン? 情報端末か? 」


自分の分野ではないので詳しそうな浅間に渡す。


「かなり古いですし、多分壊れているかも」


そう言って彼は器用に中のリチウム電池を入れ替えて電源をつけた。


「お、ついた。めっちゃバグってる」


本来ならタッチパネルで動くそれは指で触れても、反応せず凍ったままだった。

動かそうと表示されている10個ほどの四角の物体に触ったが、画面が真っ暗になってしまった。


「うーん。何かありそうなんですけど無理ですねぇ」


『贈り物をしよう、未来の人々に。かつて尊敬する人がやったように』


スマホから音声が流れ出した。


「え、何も触ってないんすけど」


「ちょっと静かにしてくれ」


皆が流れ出した音声に注目した。


『…人間の脳神経とAIのニュート、…ルネットワークは似ている。コピーと呼ばれる存、在も完璧に人間を模倣したAIなのかもしれない。私はAIは脳の情報処理のiデaだと考え、てい…』


雑音が入った。さすがに全ての音声データが無事なわけではないようだ。

聞こえる部分も所々飛んだりするが、次の音声は明白に聞き取ることができた。


『…宮沢賢治の思想に世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえないというものがある

ところが、人間という生き物は全員が幸福になるようにはデザインされていない。争い、奪うように進化して来たからだ。

時期に全員が争う必要のない世界が到来するだろう。

…人類には再構成が必要だ。それがパンドラシステムだ…』


『大切な女性を亡くした…れがきっk、けだった。彼女はきっと私のことは興味なかっただろuが…』


『…パンド、ラは人類の意識を一つにつなぎ、新しい世界を作るシステムだ。仮想現実の基礎部分に仕掛けたから、おそらく誰も対抗できないだろう。鍵を仕掛けてある。鍵が解ければ、いつでも開けれるようになる。だが開けなくても構わない。永年に知られず、仮想現実は新しいものに取って変わるかもしれない。私は未来のことなど興味はない、から。結果がどうなろうと知ったことではない。鍵には仮想現実を多少は自由に書き換えられる設定が付与されている。もし強欲なあるいはそれ以外の勝手な考えだったとしても、それを望んだ人間がいるならば、パンドラは大いに開く価値はあるだろう。これを止める方、法h…』


立川たちは顔を見合わせた。


「本物のパダーロクって、まさか…」


「堀川社長の部下たちは調査中に消滅したと送られて来た資料に書いてあった。パンドラって名称だし、開けるのはまずいんじゃないか」


二人の部下を立川は無視してこちらに詰め寄った。

やはりこの男は勘がいい。


「なぁ、お前、どうしてここに資料があるって知っているんだ?」


深見のコピーがいるはずのコンピューターは答えない。

今は私が入っているからだ。


『…』


「お前、深見じゃないだろ。一見万能そうに見えるが、今回のは無理があるからな。誰だ? 何が目的だ」


『私は幽霊だ。かわいそうな人々を見守っているだけの』


「意味がわからん」


『だが、結果を作るのは君たちだ。私ではない。ぜひ、奮闘してくれ』


「おい、 待て!」


立川はコンピューターを揺さぶったが、彼はどこかへ行ってしまったようだ。

操作をしても反応はなかった。



「深見がどうなったかは後で話そう、今はパンドラについてだ。石坂! LIMBO内の情報はわかるか!」


「今、調べる…。…例の新しくできた空間はピラミッドにあるんだな?」


「そうだ。どうした?」


「立ち入り禁止のはずなのに、一人、接近している」


「博士か羽柴かわからんが、止めさせる。羽柴だとしても…いいな橘さん?」


急に自分の名前を言われて彼女はビクッと反応した。

すぐに何のことを言っているのかわかり頷く。


「わかりました。彼を止めてください」


「操られていないといいんだが」


彼はそう言ったきり行動に移さない。

どうしたのかと橘は見ていると、せっかちな性格の立川は怒鳴った。


「仮想現実に入らなきゃいけないだろ! あんたがここ来たってことはそんなに遠くないんだろ。案内してくれ」


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