第3話 外界との遮断、侵入者との遭遇


我慢できず息を吸った。草の匂いがする。


「ゲホっ、何だ? どうしたって言うんだ、サクラ?」


「先ほど、ここは開発途中の仮想現実だと言いましたよね?」


急な出来事に僕が聞くと、サクラは焦ったように質問した。


「あぁ、言っていたね確か。アクセス権がどうのこうの…」


僕はそこで歯に繊維でも詰まったような違和感を感じた。


「待ってくれ、遠くにいる人たちは一体何者なんだ… 開発者とかじゃなくても関係者とか」


「いいですか、よく聞いてください。この仮想現実は医療との連携もできるように設計されています。深見さんのように閉じ込め症候群になった方のためにです。ですので、開発段階とは言え、アクセスされる場合は私に情報が入るはずなんです。ですが情報によると開発者を含め関係者は現在アクセスしていません」


僕はサクラの情報に息を吸って、一呼吸して驚いた。


「じゃ、じゃあ、彼らは何者なんだ!?」


「わかりません」


「わかりませんって、例えば、アクセス権が競売に出されたとか」


「β版の配信ですか? 残念ながら、まだその段階には至ってないのです。基礎、フィールドしか実装してないので」


「じゃあ、本当に彼らは何者なんだ!?」


僕の二度目の驚愕に彼女もまた一呼吸置いて


「ですから、…わからないのです、深見さん」


と気まずそうに言った。


「そんな… …僕はどうすれば?」


「ログアウトします」











その一言に僕の思考は一瞬止まった。




「僕、今脳だけの状態だけど…ど、どこに戻るの?」


「すいません、これは強制です。緊急事態プロトコル18を実行します」


視界に光が降り注ぐ。アクセス、ログアウトの時に視神経に僅かに流れる生体電流が原因だ。


「ちょ、ちょっと待って。それだけはやめ」





僕の身体は幽体離脱のように意識がふわふわ浮き出して、上へと空へと細切れに引き裂かれるように糸のように伸びて吸い込まれて嫌だ嫌だ戻りたくないあの地獄はもう味わいたくないやめてやめて僕から体を奪わないで取らないで許さない助けて助けて信じてたのに許さなどうしてこんな絶対に許さ






「あれ?」


「そんな!?」


サクラは僕を見て口を大きく開けていた。

そこから漏れる言葉は悲鳴にも聞こえた。


「本体に接続できない!? まさか緊急プロトコル356番っ!?」


「まさかって?」


「街に移動します!」


景色が変わって街に移動する。

あの赤いレンガ屋根と石畳の街並みだ。さっき見たのにもう懐かしい。

そんな風情ある街の中を彼女に手を引っ張られて走る。


「どこか家に入りますよ!」


彼女が駆け込むまま僕は家に飛び込まされた。


「安全装置が作動したんです。侵入者が出られないように、全てのアクセス、ログアウトを禁止するプログラムなんです」


「何でまた! いや、五体満足のままでいられるのは嬉しいけど、それは聞き捨てならない!」


「本来であれば、このようなことなど絶対に起きないのですが、開発段階なので不備があったのかもしれません」


「それは……まずいね」


僕は胸の底から湧き上がってくる言葉を限界まで抑えた。じゃないと今の状況下では必要のない色々なものが溢れ出てしまいそうだったからだ。そのせいでひどく単純な感想になってしまった。


「まずいです。なぜなら…」


彼女の言葉がそこで止まる。

待ちきれずに聞いてしまった。


「なぜなら?」


「ステルス!」


彼女はそう叫ぶと僕たちの体は半透明になった。


「何これ透けただけ」


言い終わらない内に彼女が手で僕の口を塞ぐ。

彼女は驚く僕の耳に顔を近づけ耳元で囁いた。


<小声で話してください>


<わかった。でもどうして?>


<ステルスはもともと開発者の遊び心みたいなものなんです。私たちには半透明になっただけに見えますが、他の人からは完全に見えなくなります。でも音は消せなくて、普通に話すと聞こえてしまいます。さすがにそれはどうかとの声があったようで40デシベルまでなら消音できるようになりました。つまり小声、囁き声までだったら確実に消音効果があります。>


<えぇ〜、自信ないよ。そもそも隠れる必要はあるの?>


<プログラムが侵入者と判断して、私たちごと閉じ込めたんです。彼らは十中八九ヤバいやつです>


<AIが十中八九って…>


「まだ誰もいないな」


若い男の声がした。

思わず肩が上に飛んだ。


<来ました。じっとしててください>


僕は頷いた。


「当たり前だ。俺たち以外の人がいるはずが無いだろ」


今度は別の男だ。30代ほどの声だ。

声は白色のレンガの壁の向こうから聞こえた。

空気を吸う。肺が満ちて肺胞たちが血液のヘモグロビンに酸素を渡していく。


「しかし、大丈夫なのか。いくら開発段階とは言え、何か備えてそうだが」


「無知な上で臆病だな。対策くらいしてきたじゃないか。配信もされていない仮想空間にそんなプログラムを仕込む金持ちな暇人はいない。」


交換された二酸化炭素を吐いた。

ここの開発者たちは随分と潤沢な資金と贅沢なほどの時間があるらしい。


彼女と目が合う。

気まずそうな顔だ。


もう一人の足音が近づいてくる。


「今の段階で弱音の言葉など論外だ。まだ計画は始まってすらいない。」


壮年の男の声がした。


「あ、リーダー、すんません注意しときます」


「すいません」


どうやら、一番若い男、30代ほどの男の順に壮年の男の手下のようだ。

若い男が話し出す。


「しかし、すごいです。全ての仮想現実も含めた仮想空間をハッキングだなんて。これが計画の第一段階なんですから俺なんてついてけませんよ。」



思わず口を開いて息を吸った。

全ての仮想空間をハッキング!?

仮想空間は今や水、電気に次いだ重要なライフラインと化している。

これが止まれば、政治、経済はもとより、まともな生活すらできない。

現実世界では一体どれほどの混乱が起きているんだ。

僕は耳を傾けた。


「おい」


「でもここは何なんです。重要とは聞いてますけど、開発段階の仮想現実にハッキングなんか仕掛けて、何の目的が?」


「おい気をつけたまえ、油断など禁物だ」


「どうしてっすか」


「馬鹿かお前は。どこで誰に聞かれているかわからないだろう」


彼女と顔を見合わせた。

息を止める。呼吸すら止めないとまずい気がした。


「え、密告ですか、ソ連ですか」


「それが今の世の中だから俺たちが動いてるんだろうが!」


「そうだぞ、俺たちがこの腐った格差社会を帰るんだろうが!」


何となく察していたが、こいつらはテロリストだ。

彼女もこっちを見て頷いた。


まとめよう。

こいつらは格差社会を変えるためにおそらくライフラインとも言える仮想空間の大多数をハッキングしている。この時点でまだその計画の第一段階でこれからの重要な部分をこの開発段階の仮想現実が重要な役目を果たしている?

だめだ。混乱してきた。

取り敢えず戻ったら事態を大人の人たち、野木医師とかに伝えないと。


「深見悠人は見つけ次第殺せ絶対だ。いいな?」


「はい!」


「いい返事だ」


だめだ。殺される。なぜか名前がバレている。

でもここは仮想現実。彼らも僕らに手出しできないはず。


「では始めよう、プログラムを展開」


あ、ものすごく有能そうだ。

仮想現実の中に独自のプログラムを描いて実行できる技能がある時点でまともに働いた方が稼げるはずだ。

若い男はともかく後の二人は厄介かもしれない。


見つかったら、僕はともかくサクラは何らかの方法で消されそうだ。

それぐらいおかしい技能を持ってるこいつらは。


「ん」


「どうした?」


「どうしたんすか?」


<何か表にいる人たち、戸惑っているみたいだけど>


<何でしょうね〜>


彼女はとぼけた。僕も認めたく無い。

二人同時に息を吐いた。


「まずい、罠だここは!」


「何すか!?」


「緊急事態発生退避!…っできない!? どうなってる!?」


「とりあえずスタート地点に戻りましょう!」


テロリストたちは混乱していた。

僕も彼女も頭を抱えて蹲った。



だめだ。


状況の打開策が何も思い浮かばない。



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