第4話 旅の始まり
「もういいですよ。行ったみたいなので」
その一言に僕は閉じ込めていた息を吐いた。
「確かにヤバイ人たちだったね。彼らはテロリストだ。何か外にこれを伝える方法は?」
「関係者なら外からでも状況がわかると思いますが、この未発表の仮想現実に侵入されてる時点で現実においても量子コンピューターの置かれた研究室に侵入されているでしょうから不可能だと思います」
「僕みたいにアクセス権を使用している可能性は?」
「野木医師はLIMBOの開発者、阿藤教授の友人でもあり、更に開発に携わっているということで特別に貸し出されたのです。臨床実験も行う手筈でした。そのアクセス権をハッキングするにしても対量子計算機暗号である格子暗号の解読を行わなければなりませんからほぼ不可能です。」
「この仮想現実を描いているメイン量子コンピュータが置かれた施設そのものがテロリストたちによって占拠されているということか!
お手上げじゃないか」
「いえまだ手はあります。この仮想現実は非常に多様な目的のために作られているのでゲームのような仕様があるのです。まだ開発段階ですから開発者たちが作業しやすいようにプログラムに干渉できるポイントが隠されています。更にそのゲームのゴール地点、これがまだ設計段階なので安全装置も何もなく剥き出しになっており、プログラムへの干渉がそのままできちゃいます。」
「そこを目指すということか。」
彼女は頷いた。立ち上がり、木製のドアを開ける。
光が差し込んできた。
「この街がスタート地点です。体力の限界はないので走り抜けますよ。」
「転移、テレポートはできないのか」
「訪れてない場所はできません。そういうゲームですから」
「わかった。連れていってくれ」
「もちろん」
石畳の上をかけていく。
レンガの屋根は相変わらず陽を浴びて赤色に輝いていた。
街をかけていくと10mはありそうな巨大な門がそびえ立つ広場に出た。
「この門の先がゲーム予定地です。道の先の森が見えますか?」
門の先には土を固めただけの道が続いていた。
その先には微かに森らしきものが見えた。
「ポイントはあそこにあります。森自体は小さいのでポイントはすぐに見つかります」
「あの森にポイントが? 見えるなら結構近いね」
「いえ遠いですよ。森への距離は」
どういうことか疑問に思ったが、黙って彼女に続くことにした。
門を潜ったが、ゲームの始まりを知らせるようなものは何もなかった。
それを設定する前だから当たり前だ。
ーーー
森へ到着するにはかなりの時間がかかった。
土を踏み固めた道を気が遠くなるほど、歩くとこの森に到着した。
鬱蒼とした背の高い森で木々が枝を伸ばし、頭上をどこまでも覆っていた。
足がかくついて転倒しそうになった。
見ると地面のぬかるみにかかとまで足が沈んでいた。
「あとどれくらい歩けばいい」
足を抜き、落ち葉を払いながら僕は尋ねた。
「もう少しです」
「それにしてもすごい再現度だね。靴下が濡れて気持ち悪いよ」
「資金提供者たちの要望ですので」
もう半日以上は歩いている。
現実の僕ならとっくに根を上げているだろう。
この世界の肉体に疲れという概念はない。
そのはずなのだが、
「気のせいかな。お腹がすくんだけど」
現実の僕の脳が無意識下で胃の幻覚でも見ているのだろうか。
門を潜ってから足を動かし続けていると、胃がひもじくなって食べ物を求めている、気がする。そんな仮想現実なんてあるのだろうか。
「気のせいではありません。そういうゲームなので」
「金持ちの考えることはわからないなぁ」
あとで何か食べましょうと言うと彼女は立ち止まった。
視界の3分の1を埋め尽くすほど目の間には巨大な丸太が横たわっていた。
彼女はあっという間に太い丸太をよじ登ったって
彼女が見下ろして言った。
「気づいていると思いますが、この森は現実のものとは異なります」
丸太に近づく。
僕の背の二倍以上はあった。
僕が丸太をよじ登っていると、彼女が手を掴んで引き揚げてくれた。
丸太の上に立って見た景色は地面と頭上の枝葉にやはり100mほども空間が空いていた。
「この森の木はアメリカ、レッドウッド国立・州立公園のセコイア、ヒュペリオンを元に作られています」
「もしやこの森全体が?」
「木々の一つ一つがヒュペリオンほどの背丈、平均して115mほどあります」
「地面に降り注ぐ陽が全て木漏れ日なのも再現?」
「いえ、上部の枝の広がり方はメキシコ南部のオアハカにあるトゥーレの木を参考に作られました。いわば、ヒュペリオンの上部にそのままトゥーレの木が乗っかっているようなものです。この森の木は現実には存在しません。この森はここだけの特別な森です。」
「資金提供者たちの喜ぶ姿が見えるよ」
僕はそう言って硬い幹の窪みに腰掛けた。
意外と座り心地いいねヒュペリオンは。
そんな感想を彼女に赤い実を手渡された。
口に含む。独特な味だ
甘くはないがほのかに酸っぱくて何んだかナスの味がする。
「これも?」
「クコの実です。昼食です。」
そう言って彼女は丸太から下りた。
僕も飛び降りる。
グチャっと音がして地に足が着くと落ち葉ごと地面が沈んだ。
鼻を鳴らして自分に対する呆れを表した。
クコの実を飲み込む。
今度は水が飲みたくなった。
すぐそばを底が見えるほど澄んだ水をたたえた池があった。
サクラに視線を送る。
「飲んでも大丈夫ですよ。さすがに水に潜む微生物なんて再現しません」
ということらしく安全なので飲むことにした。仮想現実なのにどうしてここまで慄然とさせられるのだろう。
「うまいじゃないか」
「飲めば脳に作用して誰でも美味しく感じます」
やっぱり慄然とさせられる。
僕が止まっていると彼女が僕を引っ張って移動し出した。
「見えますか」
彼女が指を向ける先の遠くで一際巨大な木がそびえ立っていた。
根元には家が一軒は入りそうな空洞がある。
「あそこにも何か配置する予定でしたが、今はまだ何もありません」
「すごく、荘厳な何かを感じるよ。立案者はいい趣味してるね」
「先と同じ方ですよ。この池の端にある小川が見えますか」
見ると池に川と呼ぶには小さすぎる水の流れが水を池に運んでいた。
「ポイントを開くにはまずはこの先にある鍵を手に入れる必要があります」
「安全的だね」
彼女は振り向いて笑う。
「ええ」
しばらく歩くと水が湧き出る場所に来た。小さな池がある。
それは木の根本にできた空間であり、先と小さいものの神聖な雰囲気があった。
今までと違って頭上からは葉の隙間を介さずに直接、陽が降り注いでいた。
「同じくレッドウッド国立・州立公園の巨木通りを参考にしました」
彼女はそう言って水溜りに手を突っ込む。
「ここに鍵が?」
「はい、これです」
手を抜いて僕に手を開いて見せるとそこに金属の鍵があった。
輪っかのついた根元から伸びる細長い先に一個だけ歯がついているシンプルなデザイン
昔見たアニメの魔法の世界に出てきそうな形をした鍵らしい鍵だ。
そんなことを考えていると彼女はまた歩き始めた。
「どこまで歩くの?」
「日が暮れるまでに着きます」
その距離を想像すると僕はため息を吐いた。
「テロリストたちも森林浴をすればいいのに」
人々に迷惑をかける前に一度でも自然に帰って、心を洗うべきだ。
「しますよ」
彼女は平然と返した。
「するって?」
「ええ、システムに干渉するにはこの方法しかありません。彼らもいずれゲームに参加するでしょう」
言われてみれば当たり前の話だ。
「もう森林浴を始める気になったかもしれない。わかった少し急ごう」
「ええ」
現実と違って走ってもお腹が空くだけだ。ゆっくりする必要はない。
僕はそう言って歩く速度を早めた。
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